#3「ハロウ・マルモン、或いは真実を嗤う者【1】」
(もう《灯火の復誕祭》のお祝いに来たの? 随分と早いのね)
来訪者を一目見て、オリアネッタはクスリと笑った。魔法陣から現れた二人の人影は、いずれも仮面を付けていて、その素顔は分からない。ただ、うち一人の顔を覆い隠しているものが《灯火の復誕祭》で見かけた南瓜の仮面に似ていたから、てっきり復誕祭にかこつけて誰かが遊びに来たのだとオリアネッタは早合点した。しかし周囲の大人たち、とりわけ修道院長のエグラントの様子を見ると、どうやらそういうわけではなさそうだった。
エグラントは聖遺物台の聖杖を手に取ると、来訪者に向かって深く頭を下げた。どこからともなく澄んだ鐘の音が聞こえる。杖に祈りを捧げていた修道士や修道女は、魔法陣の前に一列に並び、床に跪いて頭を垂れた。彼らの動きに乱れはなく、厳粛な空気が辺りに満ちる。しかしオリアネッタの心は冷めていた。酷薄で横柄なエグラントが誰かに敬意を表するなど、そして清廉な修道者がエグラントに倣うなど、滑稽以外の何物でもない。来訪者の顔を覆う南瓜の仮面に刻まれた三角形の二つの目と三日月型のつり上がった口が、《聖者の間》で行われる茶番を嘲笑しているかのようだ。まるで自分の内心を見透かされているような気がして、オリアネッタは慌ててエグラントに倣った。頭を下げれば顔を見られずに済む。……この子は従順ないい子だと、エグラントに思ってほしかった。自分の本心を見抜いた誰かに告げ口されたくなかった。いつかこいつを殺してやる。この手でエグラントを殺してやる。裏切って、絶望させて、嘲笑いながら殺してやる。それが本心なのだから。
衣擦れの音がして、エグラントが頭を上げる気配がした。オリアネッタは目だけを動かし、周囲の様子を観察する。修道士や修道女は、床に跪いたまま頭を垂れている。オリアネッタはそのままの体勢を保った。壁際の湧き水の音とエグラントの足音だけが静寂の中に響いている。足音が止まり、再び衣擦れの音がした。エグラントが来訪者に礼をしたのだろう。
「我が聖ルヴァニア修道院は、大いなる《ラザリスの門》を率い、生と死の深遠を司る《永遠なる導師》ハロウ・マルモン殿を歓迎いたします」
来訪者は答えない。エグラントの挨拶が続く。
「貴方がこの場に立たれること、その存在がいかに偉大なる導きであるか……我らは深く理解しております」
「それは頼もしい」
重々しくも嘲るような声が答えた。若者のようにも老人のようにも聞こえる不思議な声だった。
「この聖ルヴァニア修道院に、《ラザリスの門》の守護者の末裔ベリアス・アルカントの娘が幽閉されていると聞いた。勇者ベリアスの娘、と言った方が通りがいいか。噂が真実であるのなら、彼女に面会したいのだが」
【注釈】
ハロウ・マルモンの仮面はジャック・オ・ランタンに酷似しています。この世界にはジャック・オ・ランタンという呼び名は存在しませんが、南瓜をくり抜いて作るランプや仮面は存在します。