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#21「アーデルハイド、或いは存在を消された王女」

「……勇者クラヴィスは死んだようね」

 鏡の前でエルフの少女は淡々と呟いた。

 聖域の外周を巡る《天鏡の回廊》の鏡には、少女の姿は映っていない。神聖術によって映し出された鏡の中の光景は、壁の向こうの《聖域アルス=ルクス》の様子だった。純白の神聖鉱石で作られた円形の台座、その中心に、光輝く一振りの剣が突き立っている。それは剣の使い手たる勇者の不在を示していた。

 エルフの少女アーデルハイドは赤い目を細め、微笑んだ。

「わたしのベリアスが勇者なんかに殺されるはずがないわ」

 聖剣ルミナスブレイドを抜くことができるのは、神に選ばれた勇者のみ。そして聖剣を抜いた勇者が死ぬと、ルミナスブレイドはひとりでに台座へと戻ってくる。アーデルハイドは鏡の中の聖剣を白い指でなぞり、囁くように呟いた。

「ベリアスを殺していいのは、わたしだけだもの……」

「アーデルハイド様、そのようなことを無闇におっしゃってはなりませんよ」

 アーデルハイドの傍らに立つ男が穏やかにたしなめた。豪奢な法衣が彼の地位の高さを示している。彼、ガブリエル・ヴォルサリウスは《聖光教会》の枢機卿の一人だった。ガブリエルは柔和な笑みをたたえながら、アーデルハイドに小声で言った。

「誰がどこで聞き耳を立てているか、分かったものではありませんからね」

「ガブリエルは心配性ね。こんなことを誰彼構わず話しているわけではないわ。母のようにはなりたくないもの」

 アーデルハイドは鏡を見つめたまま、物憂げに呟いた。

 彼女の母親は、異端者として処刑された《堕ちた白薔薇》レオノーラだった。彼女に仕え、共に暮らした《虚ろの古城》の住人も皆、処刑人に抹殺されたが、幼いアーデルハイドだけは《聖光教会》に引き取られ、洗脳教育を受けた。しかしアーデルハイドの記憶から、レオノーラの最期の言葉が消えることはなかった。処刑場でレオノーラは人々を見回し、言い放った。「わたしは魔に堕ちたのではない。おまえたちこそが闇の深淵に沈んでいるのだ」──

 そうね。わたしはもっとうまくやるわ。

 アーデルハイドは淡く微笑み、ガブリエルを見上げた。

「わたしがあんな話をするのは、貴方だけよ」

「光栄です、王女殿下」

「わたしは王女ではないわ。わたしの名前は王家の戸籍から抹消された。存在しなかったことになっているの。知っているでしょう?」

「存じておりますが、それでも貴方に対する敬意が変わることはございません」

 ガブリエルは恭しく頭を下げる。

 とんだ茶番だ。アーデルハイドは冷ややかに思った。戸籍の抹消は、彼が生まれる何十年も前の話だ。王族に対する敬意など、彼は持ち合わせていないだろう。神に対する信仰心すらあるかどうか怪しいものだ。カブリエル・ヴォルサリウスは《聖光教会》内部の異端派のトップだった。『人の手による神の奇跡』を実現しようとする彼は、孤児や修道士を犠牲にした魔術実験に関与しており、聖ルヴァニア修道院とも密接な関わりを持っている。彼にとって他人は等しくただの道具に過ぎないのだろう。

 アーデルハイドはガブリエルの冷めた目を覗き込む。

(……少女のような見た目だから、見くびっているのかしら。顔だけ老けた若造の猿芝居に騙されるほどわたしは若くも愚かでもないのよ)

 アーデルハイドはガブリエルに近づき、小声で囁いた。

「貴方の研究に協力するわ。わたしは人造勇者になりたい」

 ガブリエルの優しげな顔が喜色に大きく歪む。

「……ここは神聖な場。その話は移動してからゆっくりといたしましょう」

 二人は連れだって《聖光教会》の総本山たる大聖堂ルミナリスを後にした。大聖堂のある聖峯ルクス・アウリスからは、下界の様子が一望できる。今日は復誕祭の五日目《再生の光》の日だった。最終日にもあたるこの日の夜は、星を模した《星灯》が夜空に向かって打ち上げられる。きらめく下界を眺めながら、アーデルハイドは赤い目を細めた。凍てつくような冬の風が白銀色の髪を乱す。そばにいるのがこんな男ではなくベリアスだったなら、などとは微塵も思わなかった。アーデルハイドはベリアスの恋人になりたいわけでもなければ愛を交わしたいわけでもない。ただ、ベリアスを殺したかった。彼を殺すことによって自分のものにしたかった。

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