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#1「時は流れて」

 ステンドグラスを透かした晩秋の陽光が、聖ルヴァニア修道院の《聖者の間》の床に落ちる。

 色鮮やかなガラス絵に描かれているのは、初代勇者とエルフの治癒術師ルヴァニアの姿だった。

 円形の部屋の中央の聖遺物台の傍らに立ち、修道院長は天井を見上げる。《聖者の間》に窓はなく、ドーム型の天井全体がステンドグラスになっている。修道院長になったばかりのその男の視線の先には、魔王に敗れて落命する初代勇者が描かれている。彼の死こそ、現在の社会の基盤となる勇者信仰の始まりだった。神の祝福を受けたルミナスブレイドの使い手を失い、エルフと人間の連合軍は全滅の危機に追いやられた。グレイヴフォート城塞は落ち、魔王軍が首都に迫る。世界は魔王の手中に落ちると誰もが思いかけたとき、死んだはずの勇者が神の軍勢を引き連れて現れ、魔王を討ち取ったという。役目を終えた勇者は神の国に帰り、彼を支えたルヴァニアはこの修道院で余生を過ごした。

(復活と神の軍勢、か……)

 修道院長は目を細めた。壁の向こうの小部屋から、孤児たちのはしゃぎ声が聞こえる。《灯火の復誕祭》の準備に勤しむ子供たちの無邪気な声。しかしその中に『彼女』の声はない。年中行事を楽しむような無邪気な子供にはなれなかったか。いいことだ。征服欲と劣等感が満たされるのを感じながら、修道院長はほくそ笑んだ。しかし充足感は続かない。『彼女』の父親に関する記憶が彼に敗北を突きつける──

『次の勇者はベリアスだろうな』

『剣の腕といい、容姿といい、人格といい、彼は人々の望む勇者そのものだ』

 勇者養成機関で耳にした聖職者たちの会話。実際に勇者に選ばれたのはベリアスの従妹のルシエラだったが、彼女の死後に勇者になったのはベリアスだった。そして魔王を倒したのも。しかしそのベリアスも、人々の祝福を受ける前にこの世を去った。

 勇者ベリアスは魔王軍の残党に討たれた──それが魔王討伐軍の最高司令官であり、勇者暗殺の首謀者でもあった王女シルヴェリカの公式発表だった。魔王軍の残党がグレイヴフォート城塞に潜伏していた、卑劣な魔族がベリアスを殺した、そんな作り話の真偽を疑う者はいなかった。ベリアスの死を悼み、リヴェランディア王国は盛大な国葬を行った。葬儀を取り仕切ったのは王家直属の騎士であり、ベリアスの旧友でもあるエグラント・ヴェルドール、ベリアス暗殺実行犯だった。

 シルヴェリカは悼辞の最後に自身がベリアスの子を身ごもっていることを民に告げた。

「ベリアスはわたくしたちに平和な時代を遺してくれました。わたくしは彼に敬意を表し、彼との間に授かった子供を修道院に預けます。彼の遺児が政治的な争いの火種にならないように……」──その言葉通り、シルヴェリカは産まれたばかりの娘を聖ルヴァニア修道院に幽閉した。

 一方、エグラントは旧友ベリアスを追悼するためと称して出家し、聖ルヴァニア修道院の修道士になった。修道院内部での彼の出世は早かった。王女の信用もさることながら、有力宗派として知られる《ラザリスの門》の家系に生まれたことが後ろ盾となった。そして彼は『運が良かった』。修道院長やその候補者が立て続けに病死したことが追い風となり、異例の早さで修道院長に就任した。

 しかし彼の鬱屈した心が晴れることはなかった。

 ……あいつ、いつの間に王女とそんな関係に。知っていればあんな生易しい殺し方では済ませなかった。もう一度殺らせろ。何度でも殺らせろ。

 だが、ベリアスはこの世にいない。他ならぬ自分自身が手に掛けたのだから。勝ち逃げだ。あいつは勝ち逃げしやがった。その決定打となったのが、自分の妬み、憎しみ、劣等感。晴らすことのできない恨みをエグラントはベリアスの娘に向けた。彼女、オリアネッタは勇者の娘として修道院の内部で崇拝の対象になっていたが、エグラントは彼女を後ろ暗い欲望のはけ口にした。自分のされていることの意味を理解しているのか、彼女は他の孤児と距離を置くようになった。そんな彼女を子供たちは、勇者の娘だから、特別な存在だから、自分たちとは仲良くしてくれない、嫌な子だ、と避けるようになっていった。オリアネッタの孤立は、エグラントにとって都合が良かった。

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