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#10「深淵に至る螺旋」

 エグラントは上機嫌だった。《聖者の間》で見せた怒りが嘘のようだ。ハロウ・マルモンとの密談がよほど楽しかったのか。「人間、切り替えが肝心だ。起きたことは変えられない。手元に残ったものをどう活用していけば良いかを考えねばな」などと言い、一人で勝手に納得している。

 その日の夜もエグラントはオリアネッタを《灯火の祭壇》に呼び出した。

「ふむ。今日は少し趣向を変えてみるか」

 エグラントは幅広の黒いリボンを取り出すと、オリアネッタの顔に巻き付け、目隠しをした。

 時刻はすでに就寝時間を過ぎている。人の立てる音はなく、聞こえてくるのは虫の声、そして湖を隔てた獣の声。空は暗く、ガラスを透かす光もなく、唯一の光源となっている《永遠の灯火》で照らし出されたステンドグラスは黒く冷たく、まるで死んだ絵画のようだった。

 視界を奪われたオリアネッタの耳に、エグラントの唱える奇妙な呪文が流れ込む。衣擦れ、足音、軽い物音のあと、重い石が動くような音が聞こえた。エグラントの気配が近づき、彼の力強い手が衣服越しに二の腕を掴んた。「このまままっすぐ歩け」と間近で声がして、腕を掴まれたままオリアネッタは慎重に歩く。このまま進み続ければ、祭壇にぶつかるのではないか。そんな不安を抱いたとき、漂う空気ががらりと変わった。肌にまとわりつくような不穏な魔力を感じる。「ここから一歩も動くな」とエグラントが小声で言い、彼の手が二の腕から離れた。背後で再び重い石が動くような音がする。やがて静寂が戻ると、エグラントはオリアネッタの目隠しを外した。

 オリアネッタは息を飲んだ。《灯火の祭壇》にいるはずの自分が立っていたのは、暗く狭い場所だった。黒曜石でできた小部屋で、足下に視線を落とすと、地の底まで通じているかのような急な螺旋階段が見えた。エグラントはオリアネッタの肩に背後から手を置いた。片手だけで済んだのは、もう一方の手でカンテラを持っているからだった。オリアネッタは振り返らずに尋ねる。

「ここは……」

「地下祭壇の入り口だ」

「地下祭壇……?」

「この修道院の真の役割が存在する場所だよ。いやはや、修道院長に就任したときは後悔したものさ。こんな不気味な場所を管理しなければならないのだからね。しかし君のお陰で少しは楽しめそうだよ」

 エグラントは笑ったが、その口調はいつもより早口だった。彼の嘘と緊張と隠し切れない支配欲が、不穏な空気の影響で漏れ出しているようだった。オリアネッタはうっすらと笑った。エグラントの口にした『この修道院の真の役割』という言葉。《ラザリスの門》の女司祭が言っていた《深淵の欠片》に関係があるのだろう。場所も女司祭の言葉通りだ。どうやって探せばいいか全く分からなかったけど、まさかエグラントの方から案内してくれるなんて。

 エグラントに促されるまま、オリアネッタは螺旋階段を降りる。下に行くほどに空気は重くなっていき、視界が悪くなる。地下室に漂う魔力が霧のように光を遮り、カンテラの明かりの届く範囲が狭まっているからだった。

 階段を下まで降りると、長い通路が伸びていた。

 地下通路をまっすぐ進むと、門のような石の扉が現れた。ちょうど《聖者の間》と《灯火の祭壇》を繋ぐあの回廊と同じくらいの距離を歩いたところだっただろうか。やっぱりそう。オリアネッタは確信した。《深淵の欠片》は《聖者の間》の真下に封じられている。そして杖に対する祈りが封印を強化している。

 オリアネッタは立ち止まり、エグラントがこの巨大な石扉を開けるのを待った。

「……オリアネッタ、手を」

 オリアネッタが応じる前に、エグラントは彼女の手首を掴んだ。

「魔王の血なら問題あるまい。誓約の執行を強行する」

 言うや否や、エグラントはオリアネッタの手のひらを強引に扉に押し当てる。

 全身に激痛が走り、オリアネッタは耐えきれず鋭く短い悲鳴を漏らした。体の芯を侵食されるようなおぞましい感覚から逃れるべく、オリアネッタは身をよじり、石の扉から手を離そうとした。しかしエグラントの腕力は圧倒的で、扉に押し当てられた手はびくともしなかった。これ以上はやめてほしいとエグラントに懇願しようにも、うまくろれつが回らない。自分の中から何かが抜けていくような気がする。その感覚と入れ替わるように、オリアネッタの手の甲に黒い刻印が現れた。

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