白色の魔法使い
「──白い色は、お好きですか?」
突然発された一言は、なんの前触れもなく、暗がりに佇む少年へと投げ掛けられた。
バケツに入った黒い絵の具をぶちまけたような闇の中、綻び、ボロボロになった布を頭から被る少年は、僅かばかりに顔をあげる。共に、チカチカと点滅するのは、お洒落な街灯だ。丁度少年の真横に聳え立っていたそれは、淡い水の色を広げると、やがて小さな範囲を照らし出した。
薄汚れた少年と、真っ白な魔法使い。その二人がいる、範囲だけを。
「……だれ?」
少年が問うた。水を求めるように干からびた声を発した彼に、魔法使いのアイデンティティであるとんがり帽子を被った少女は、両の手で大切そうに握った白い杖を一度見下ろすと、にこりと微笑む。
「白い色は、お好きですか?」
問いかけに、問いかけが返された。
先と同じ質問に、少年は首を傾けると、曖昧な表情に。「……別に」と、困ったように口を開けた。
「白は、好きでも……嫌いでもない……」
「なぜですか?」
「なぜ、って……色の好みなんて人それぞれだし、別にどうでもいいだろ……」
「ええ、そうです。そうですとも。人の数だけ好みが違う。合うものもあれば合わないものもある。それは当然のこと。しかし、ええ、ですが……」
少女はすいっ、と杖先を振るった。
闇の中に絵を描くような動きに呼応し、背景となっていた黒色の中にポツリポツリと明かりが灯りはじめる。それは一見、子供がらくがいた家の窓、そこから溢れる明かりのよう。カクカクと不規則な動きで光を揺らすそれは、一つ、二つと、伝染するようにその数を増やしていく。
「白は黒を照らす色。夜空に浮かぶ星々の輝きの如く、その存在を主張する。きらきら、きらきら……」
歌うように紡いでから、少女は一歩、足を前へ。底の厚いブーツの踵をカツカツと鳴らし、少年の近くへと寄っていく。
「私は白。黒いあなたを照らすモノ」
にこりと、美しく微笑した彼女は、どんな絵画や芸術的作品よりも綺麗だった。だが、直後に変化した彼女の姿は、美しさの欠片もない、醜いもの。きっと少年が生きていたならば、その恐ろしき姿を今でも忘れないはずである。
──ごくり。
大きく喉を揺らし、開けていた牙を閉ざした怪物。予想外の食事に満足したのか、一度げぷりと息を吐いてから、怪物は元の姿へ。真っ白な少女へと戻りゆく。
「ああ、悲しい……」
この悲しみはきっと、これから先も忘れられずに彼女の中に巣くうのだろう。なんと哀れで、残酷なことか……。
ふわふわのフリルの下から細い手を覗かせ、杖を一撫でした少女は視線を下へ。張り付けたような薄い笑みをそのままに、黒い涙を一滴こぼし、踵を返す。
「白い色は、お好きですか……?」
告げる少女の背後、蝋燭の火を吹き消したように、揺らめいていた街灯の明かりが焼失。また一つ、街に黒色が増加した。