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7.事件発生


 他者の感情に対して累は敏感だ。それこそ、勝手に相手の感情が入り込んできたりする。

だが、青年からはなに一つ感じない。青年の表情も仕草も何もかもが作り物のように思える。


(どうして……)


 こんなこと、今まで一度だってなかった。

わけがわからず青年を凝視する。その遠慮のない視線にも青年は軽やかに笑って、衝撃的な言葉を落とす。



「僕の感情が見えない、ですか?」

「え……?」

「他人の感情を感じとり過ぎてしまう、というのも大変ですね」

「――っ」


(なんで……)


 鼓動が早まる。この性質を指摘されたのは初めてだった。

動揺で手渡たされたハンカチを落としてしまう。

 青年はハンカチを拾い、その綺麗な顔にいっぱいの笑みを浮かべた。


「また落としてしまいましたよ。

……本当に、あなたはそそっかしいんですから」

「……?」


 言い回しに違和感を覚えた。

どこかで会ったことがあるだろうか。


 そんな様子の累に、青年は一瞬目に影を落とす。

しかしそれは一瞬のことで、再び笑顔になった。

 感情が伝わる前に、笑顔で蓋をされた気分だ。


「いったい……」


――あなたは誰ですか?


 そう聞こうとしたところで、遠くからした自分の名を呼ぶ声に振り返る。春香が大きく手を振りながら自分の名前を呼んでいた。どうやら、お詣りが終わったらしい。


道言どうげん 清人きよと

「え?」


 小さくこぼす声がして青年の方に向き直ると、真剣な顔をした彼がいた。


「僕の名前。……覚えておいてくれると、嬉しいです」

「道言、さん?」


 呼んでみると、道言さんは笑みを深めた。

感情は伝わってこないけれど、それは作り物ではない笑みに思えた。



「る〜い〜!!!」


先程より大きなボリュームで春香の声がする。あまりの声の大きさに、他の参拝客が思わず振り返っている。

 

 ――あんな大きな声で呼ばなくても……。


 羞恥心にかられてそちらを向くと、同じことを思ったらしい怜が春香に小言を言っている姿が見えた。

 しようがない、これは急いで行かないと怜が怒り出しそうだ。


「あの、私はこれで……。あれ?」


 道言さんにお別れの挨拶をしようと振り返る。すると彼の姿はもうどこにも見えなくなっていた。

 彼が出てきた奥社の方や、神社の正面の方を見渡しても彼の姿は見つからない。


「夢を見てたわけじゃない、よね……??」


 狐につままれた気分の累は、一人立ち尽していた。



「累〜。遅い〜。めっちゃ呼んだのに」

「ごめん、春香」

「いや、呼びすぎ……。つーか、声でか過ぎ」


 累が二人の元へ着くと、むくれる春香に、怜がツッコミを入れていた。

そんな二人に思わず笑ってしまう。


「そうだ、累。一人で大丈夫だったか?」


 怜の質問に一瞬答えを詰まらせる。

何か問題があったわけではないが、いまだ狐につままれた状態だった累は先程の情報を処理しきれずにいた。

しかし、別に二人に言うことではないか。そう思い、怜の言葉に頷く。


「うん、なんともなかったよ」


 その答えに怜がほっと息をつくのがわかった。





 しばらく三人で話をしていると、いつの間にか周囲がざわついていることに気づく。


「ねぇ、それ本当?やばくない??」

「見た人いるって、神社の裏の方林みたいになってるじゃんそこでーーだって」

「え、怖いよ」

「いいじゃん!いってみよーよ」


 女子高生が何やらヒソヒソと会話しながら通り過ぎていく。神社の奥の方に向かっていくようだ。


「――なんだろ?」

「さぁな」


 累が首をかしげると、怜は興味ないというように返事をした。


「さ、そろそろ帰ろう。もう十分お詣りはしたろ」


 さっさと帰ろうと促す怜。対照的に春香の目はらんらんと輝いていた。ミーハー心がくすぐられているのだろう、わかりやすい。野次馬よろしく春香が鼻息を荒くする。


「いってみよ!」

「え……」

「なにがあるか、気になるじゃん!!!」

「あ、待って!春香!」

「ちょ、おい!」


 勇み足で、先程の女子高生達が向かった場所へ春香が駆けていく。その後を累が追い、嫌々といった感じの怜がそれに続いた。

 

 神社の裏は雑木林のようになっていた。多数の大きな木々が立っているため、生い茂った葉により日が差さず暗い。夏でも寒さを感じて、累は半袖から出ている腕をさすった。落ちた葉が、一歩進む度に足の下で音を鳴らす。やけに不気味なその雰囲気に前を歩く春香に声をかけた。


「ねえ春香、もう帰ろうよ。なにもないよ。さっきの高校生も居なくなっちゃったし」


 先程までいた女子高生達は雑木林に足を踏み入れ少し行っただけで、「なにもないじゃん」と興味を失ったのか去っていってしまった。

 しかし、一度火がついたら中々収まらない春香はなおも進むのをやめない。


「もう、ちょっとだけ」


 木々の間の狭い道――道と言えるかわからない、整備されていない道――を歩く。しばらく春香について歩くと、前方に明かりが指している場所があるのがぼんやりと見える。おそらく雑木林の切れ目なのだろう。

 三人分の足音が響く。軽く息が上がっている。会社と家の往復でロクに運動のしていない体が悲鳴をあげていた。明かりの場所が近づく、もう一歩だーー。


「よし、ついた!――神社の裏はこのあたりだけど一体なにが…………」


 四方を雑木林に囲まれ、一箇所だけ台風の目のように開けた場所だった。到着した解放感から伸びをし、首を巡らせた春香が不自然に動きを止めた。


「どうしたの、春香?」


春香の後方から覗くように、視線の先を見る。


「――っっ!!!」


ソレを見た瞬間、体が凍りついた。喉になにかが纏わり付いたように声が出ない。


 そこにあったのは、おそらく人間であったのだろうナニカだった。

セーラー服を纏った胴体が、アンティークチェアに座している。胴体に手足はなく、胴体の周囲の土に手先足先が上にされた状態で植えられていた。指が開かれ、ソレはまるで花弁を象っているようだった。周囲には手足だけでなく、複数の百合の花が見られる。白地に黄色い筋が入り、えんじ色の細かい斑点が散った百合の花びらが毒々しく花開いている。その斑点が、血しぶきを連想させる。強い百合の香りにむせ返りそうになった。

 そして、胴体に頭はなく、代わりにそこには20cm程の大きな白百合が植えられていた。


「なんだよ、あれ……。まさか、嘘だろ」

「………きゃーーーーーーー!!!!」


 怜の声と春香の叫び声が、やけに遠く感じる。

この日私たちは、世間で騒がれている『華になった少女達事件』の5件目の目撃者になったのだった。



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