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6.サイコパス青年との出会い


「ほら、累も早く!!」

「あ……。ーーごめん、春香」


 先を行きかけていた春香が立ち止まり、動いていない累を促す。

累は申し訳なく思いながらも小さく謝り、春香の進行方向―ー多くの人がお詣りをしている場所を見つめる。

 ここからでも多くの人の表情や仕草、声、音が入り込んできて酔ってしまいそうだった。春香や怜がいるためまだ気が紛れているが、あの人の中に入るのは気が引ける。なにかあるわけじゃない。ただただ、だめなのだ。他者の視線の先にあるものを追ってしまう、他者の話声を聞いてしまう、他者の仕草や表情を見てしまう。見たくないのに、聞いてしまう、見てしまう。気にしてはダメだ、ダメだ、と思うほど気になって仕様がなくなり、息苦しさに押しつぶされそうになってしまう。

 なんでもないことなのに、こんな風になってしまう自分が嫌いだ。楽しい場所で楽しめず、一緒にいる人にまでつまらない思いをさせてしまうのではないか、と怯えてしまう。この性質も、こんな風に悩んでしまう自分も大嫌いだ。


「……」


 しばらくの沈黙の後、下を向いていた顔を恐る恐る上げる。

ーー優しい目をした春香がいた。累が顔を上げたのを確認すると、両腕で大きな丸を作り、ニカッと弾けるような笑顔を浮かべた。


「了解!じゃあ、累は自由に動いてて。

 お詣り終わったら呼びいくね!」

「……ありがとう」


 春香は真面目な顔を作り、グッジョブといった手の形をする。

その表情に思わず笑ってしまうと、累が笑顔になったことを確認して春香も破顔した。


「もし来たくなったら、いつでも来て良いからね〜!!!」

「ーーおい、春香!」


 駆け出しながら春香が手を振るのに、累もこたえる。

追いかけようとしていた怜は一度足を止め、累を振り返った。


「一人で、大丈夫か?

 俺も残ろう……」

「ほら、早く行って」


 怜の言葉を遮る。優しすぎる彼等に甘えたままは嫌だ。

せっかく遊びに来たんだから、楽しんでほしい。私の都合で思うように行動できず我慢させる方が耐えられない。


「春香を一人にさせる方が、やばいんじゃない?」

「……」


 笑い混じりに返すと、怜は真剣な顔でこちらを見ていた。


「なにかあったらラインして。

 すぐ見られるようにしとくからーー」

「了解です!」


 大げさに声に出して、敬礼のポーズをする。

わざと茶化すように返事をする累を見て、怜はその頭を一度撫でると春香を追いかけて行った。

 静かになった場所で、累は一人立ち尽くした。

 鼻の奥がツンとするーー。


「ほんと、二人とも優しいな」


 語尾が震えた。この場に二人がいないことに累は心底ホッとしたのだった。



+++


『受かりますように、受かりますように』

『不安だよ〜。怖いよー』

『受験ダリィー』


 参拝客がお参りを終えて帰るのにすれ違う。

 二人がいなくなったことで周りの情報がダイレクトに入ってくるのを感じた。

ひとの感情の濁流に飲まれそうになって慌てて場所を移動する。自由に動いて良いからと言ってくれた言葉に甘えることにした。


 人の多い参道、拝殿、お守りを買う授与所等には近づかないように、境内の離れにある大きな一本の木が立っている側へ避難する。


「わ、すごい」


 それはそれは大きな木が一本そびえ立っていた。幹は累が三人いても手を回せない程太く、天に向かって高く高く伸びていた。

 生い茂る木の葉は揺れ、まるで歌を歌っているようだった。清涼な風が吹き、木漏れ日が顔を照らす。

 大樹を首が痛くなるほど見上げていた。




 ――ザクっ。


 思ったよりも近くで響いた足音にどきりとする。

他人の気配に敏感な累は、誰かがいればすぐに気がつく。

少なくともこんなに近づかれるまで気づかない、なんてことは今までなかった。


 ばっと音がした方向を向く。

鬱蒼と木々が立ち並び、そのせいで薄暗くなっている神社の奥社から一人の青年が現れた。

夏は陽の光が強いため、影もまた濃く深くなる。木々で阻まれ生まれた影は強く、そこに立つ彼は闇をまとっているように見えた。


 つむじ風が吹く。

濃い緑色の葉が激しく舞い、二人の間を駆け抜けて行った。

強い風に思わず目を瞑り、開くと青年は先程よりも近い位置にいた。

 近づいて初めて青年の姿をしっかりと確認する。猫毛なのか少しウェーブがかったダークブラウンの髪の毛が風に揺れる。優しげな目元は少しタレ目で、唇は薄く、整った顔立ちをしている。服は襟の開いた黒いTシャツにズボンといった、一般的な青年と同じラフな格好だ。

笑みを浮かべる姿はまさしく好青年、なのだがーー。


 思わず後退る。


 なにかが、違うーー。

妙なとっかかりの正体を考え、すぐにその答えを見つけた。


「先程、ハンカチを落とされていましたよ」

「あ、ありがーーっ」


 ゾクッ。

悪寒を感じ、言葉が途中で途切れる。笑顔でハンカチを差し出してくれているのに、笑い返すことができない。


(――なにも、感じない)


 そうだ、彼からはなんの感情も感じられないのだ。

やっと出会ってくれましたね〜。

ようやくお話の序盤といった感じですが、面白いと思っていただければ幸いです。

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