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5.そうだ、神社へ行こう


「ちぇ、京都に行きたかったのに」

「急すぎ。休み取れないだろ」

「あはは……」


 春香が京都に行きたいと言っていた次の週、私たちは京都ではなく金沢市内の神社に来ていた。百合野天満宮と呼ばれるその神社は鬱蒼とした大樹に囲まれるように社を構えており、本殿へ行くためには何段もある石階段を登らなくてはならない。また神社の傍らには天神坂という如何にもご利益のありそうな坂がある。ただこの坂がかなりの傾斜で、7月に入って本格的に夏を迎えるというこの時期はあまり登りたいものとは言えない。汗だくになって日焼け止めが落ちるのが目に見えている。


 この神社に来ている時点で答えは出ているのだが、先日言っていた『京都へ行こう』という春香の急な提案はもちろんすぐさま却下された。

 

 うなだれる春香に、腰に手を当てて怜が呆れた声を出す。


「PCさえあればどこでも仕事できる俺と違って、累と春香は会社があるだろ。土日だけならまだ可能かもしれないけど、お前の言う行こうは一泊二日じゃ無理なやつだろ」

「そうだね〜。京都名所巡り一通りはしたいかなー」

「たしかに、それだと一泊じゃ厳しそう……」

「いや、頑張ればいけるよ!」

「次の日、仕事行けなくなるやつ……」

「――ふぅ。みんながみんな、お前と同じく体力無尽蔵なわけじゃないからな。

 とりあえず、今回は金沢市内にある神社で満足しとけ」

「いや、まぁ好きだけどさ〜近場じゃん。遠出したかったな〜」


 むくれる春香を置いて怜がスタスタと先に行ってしまう。累と春香は慌てて怜の後を追った。


「それにしても、どうして京都って言ったんだ?」

「あー、ほらあたしらまだ若人の二十代じゃん?それなのに、三人揃って寂しい独り身じゃん?そりゃ恋人の一人でも欲しいわけ!

 だから、神様どうかイケメンの恋人を派遣してくださいって祈ろうと」

「京都まで行って、それか。行かなくて正解だった」

「……派遣」


 行きたがっていた理由にため息をつく怜の横で、累は春香の放った派遣、という言葉の方に引っかかっていた。

 派遣、かぁ〜。

 気に入らなかったら切られるんだろうか。

 春香なら切るんだろうな、世知辛い……。


「そりゃ欲しいじゃん恋人。あ、でもそうか。

 ――怜は、必要ないか」

「お、おい!」

「――?」


 春香がちらりとこちらを向く。なんだろうと首をかしげると、怜が慌てて私のまえに立ちふさがる。おかげで、春香の顔が見えず、見えるのは怜の広い背中だけになった。


「他人のことはいいんだよ!

 ……それよりも、お前は恋愛成就目的で神社に来たがったって認識でいいんだよな?」

「うん?だからさっきから、イケメンの彼氏が欲しいって言ってんじゃん」


 怜がなにを言いたいのかがわからず訝しげに答える春香に、怜がなおも続ける。


「この神社が良いって言ったのはーー」

「あたしだよ!会社で営業回りしてた時に、あ、ここ雰囲気良さげ!って思ったんだよね〜」


 春香のいう通り、確かに百合野天満宮の風は他とは違っていた。生い茂る木々のせいか、通常よりもぐっと涼しい。清涼な風が吹いている、といった感じだ。木々の背丈も高く見上げるほどの高さがある。ただ、鬱蒼と木々が生えているためやや薄暗く感じる。


 言いながら伸びをする春香に、「だよな……」と怜がいう。

神社の石碑を確認しながら、怜はきっぱりと口にした。


「ここの主祭神、菅原道真だぞ」

「――へ?」


 春香が素っ頓狂な声を上げる。聞き馴染みのありすぎる神様の名前に、怜がなにを言いたいのかがわかった。


「まだ先だけど、楓の合格祈願でもしておこうかなー」


 独り言ちる累の言葉に、春香が頭を抱えた。


「学問の!神様じゃん!!!!」



「……まぁまぁ。もしかしたら、道真公もイケメン派遣してくれるかもしれないし」

「うぅぅ」


 周りは合格祈願に訪れたと思しき、学生の姿ばかり見かけるけど。


 神社を訪れている人々の姿に目を移す。休日というだけあって学生の姿が目立つ。高校生くらいだろうか、両サイドで結んだ髪を垂らし、拝殿の前でお祈りをしていた。他にも親子連れや、羨ましいことにカップルでお参りに来ている者もいた。カップルの姿は春香が見えないように、そっと移動する。


 うなだれる春香の背中をさする。

初めに目的を聞いておけばよかった。そしたら事前に調べられたのに。


 密かに反省をしていると、春香が隣でブツブツと呟いている声が耳に入る。

先ほどの累の言葉を反芻しているようだった。


「――そうだよね。神様は気まぐれだって聞いたことある気がするし、真剣にお祈りすればご利益的には変わらないんじゃないかと思うっていうか……」

「春香?」

「ご利益じゃない!願いの強さが大事なんだよ!!」


 ばっとこちらを向き、目をらんらんと輝かせて熱弁する。

 累の後方にいた怜が嘆息するのが聞こえた。


「……それならお詣りしなくてもいいんじゃーー」

「怜!」


 全てを言い切る前にその口を塞ぐ。せっかく、春香が元気になりかけているのに水をさしたくない。


「そうと決まれば!あたしお祈りしてくるね!!」

「おい、前しっかり見て走れよ。他の参拝者の方もいるからな」


 春香の声の後を追うように怜の言葉が続く。


 怜、注意がもはやお父さんだよ……。




もうちょっとで出会いのシーン。


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