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4.華になった少女たち事件

がっつり事件内容に関するお話(警察サイド)ですので、少し長めです。




 【捜査ファイル1. 華になった少女たち事件 概要】

2038年4月より 連続少女誘拐殺人事件が北陸二県をまたぐ形で発生。いずれも少女たちの頭部が花に置き換えられていることから、通称「華になった少女たち事件」。いずれの遺体も高校生と思しき制服を着用。ただし、被害者は必ずしも高校生というわけではなく、10代から20代の女性がターゲットであると思われる。そばには、切断された手足が花のように土に植えられていた。その事件の猟奇性から、一部報道を規制するもSNSにて拡散。世間では事件現場の様相がアートだとして、熱狂的なファンが現れる。県警では模倣犯の出現も危惧し、パトロール等の強化を実施。なお、事件の早急な解決が求められる。



「はぁぁぁ〜〜〜〜」


 誰もいなくなった事務所で一人、天沢あまさわ りつは大きなため息をついた。三缶目のブラックコーヒーが底をついてしまった。


(今日はいつ帰れんのかなー)


 使い古された椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰ぎ見ながら何連勤目なのか数えそうになる思考を止める。正気になったら終わりだ。


「元気ないなー、新人!」


 ドン!

 やたらと強い力で肩を叩かれる。力加減を知らないのか、この人はーー。

そう思いつつも上司である彼女に口答えなど出来るわけもなく、小さな声での抗議に止める。


「……あなたが元気すぎなんですよ、鬼原さん。それに僕ももう三年目なので、いい加減新人はやめて下さい」

「お、そういえばもう三年も経ってるのか、そりゃあの子ももう大きいわけだわ」

「――お知り合いでもいるんですか?」

「いや……」

「――?」

 

 首を傾げていると、他人の机の上に座りながら、これまた他人のデスクの上のお菓子を、勝手に食べていたーーどうかと思うが、なにを言っても聞かないので諦めたーー鬼原さんがこちらを向かないまま呟いた。


「そういや、天沢はキャリア組だろ?それなのになんでわざわざ地方の、それも巡査からスタートしたいだなんて思ったんだ?」

「また、急ですね……」


 他人ひと――口煩い上司で鬼原さんは嫌っている――のデスクの上にあったいかにも高そうな焼き菓子の外側のビニールを外し一口齧りながら聞いてきた。

 そのお菓子、課長補佐が楽しみにしてたやつ……。


 上層部のご機嫌取りに必死な課長補佐が、お礼でいただいたと言っていた銀座の高級果物店の焼き菓子を、ガツガツと食べているのを眺める。

 あ、食べカスが課長補佐のデスクに落ちた。


「そんなに深い理由はないですよ。ちゃんと現場を経験しておきたい、という思いがあったので。一箇所にいると思考が固まっちゃうじゃないですか。

……口ばかりで動かない上層部にはなりたくないので」

「おお、言うねえ」

「はぁ。それに、一人でも多くの犯罪者を捕まえたいので。そのためには、現場にいるのが一番だと思っただけです」


 キッパリと言い放つ律に、鬼原が目を向ける。


「ほんと、天沢は犯罪者が嫌いだよな」

「嫌いじゃない人間がいます?他人に対して害しか与えない」

「彼ら、彼女らだって色々あるのかもしれないぞ」


 擁護するかのような鬼原の言葉に、自分でも口調が強くなるのがわかる。


「色々あるのは誰だって同じです。それを他者に対してぶつけるのは間違っています。犯罪者は絶対悪です。僕は許せません」

「――そうか」


 鬼原はそれ以上深掘りすることはなく、ただ何か物言いたげな目で口をつぐんでいた。

 すっかり空になったビニールをゴミ箱へ放ると、切り替えるように鬼原が声を出した。



「天沢、今回の事件どう思う?」

「華になった少女達事件、ですか……」

「そうだ。現状の報告書の作成、してたんだろ?」


 鬼原さんがにやり、と不敵に笑う。

 連続少女誘拐殺人事件である今回の事件は、その特性ゆえ華になった少女達事件と呼ばれる、凶悪な猟奇殺人事件だ。捜査一課である鬼原と天沢も捜査に加わっている。通常二人一組で捜査を行い、ノンキャリアで暴走しがちだが捜査員として優秀な鬼原と、キャリアで現場主義だがまだ経験の浅い天沢はペアとして行動を共にしていた。


 まあ、鬼原さんの暴走に振り回されることが多いんですけど……。


 律は現時点で揃っている情報を、整理しつつ口に出す。


「ご存知の通り『華になった少女達事件』は今年の四月より発生した連続少女誘拐殺人事件です。いずれも対象は十代から二十代の若い女性で、石川県・富山県の二県に跨り犯行が行われています。殺人の方法は絞殺、体内からは多量の睡眠薬が検出されていることから、一度眠らせてから首を絞めて殺害したものと思われます。そして、特筆すべきは事件の名前の由来ともなった事件現場の様相です」


 現場を思い出して顔をしかめる律に、鬼原が先を促す。


「被害者は皆一様に頭部を切り落とされており、遺体には頭部の代わりに花が生けられていました。また、頭部だけでなく四肢も切り落とされており、四肢は遺体の周囲に飾り付けられるように配置された形で発見。ただ、頭部だけは離れた場所に埋められており、発見するのに時間がかかるため、身元の判明に時間を要しています。

……被害者の共通点は確認できておらず、また事件現場の異様な惨状に関しても不可解な点が多く、捜査進捗が芳しくないのが現状です」

「そうだな」

「どこから聞き取るのか、今回の件はワイドショーでも取り上げられてしまっており、アートだとか言う人間まで出てきている始末です」

「……そうだな」

「――人の生死をアートだと揶揄する神経が考えられません。報道もあんなふうに悪戯に取り上げるなんて」

「報道は仕方がないだろう、彼等も仕事なんだ。ただ、報道の仕方に関しては確かに思うところはあるけどね」


 二つ目の焼き菓子を手に取りながら、鬼原がお前もどうだ?と指ししめすのに首を振る。着実に課長補佐のお菓子が減っていく。


「ふぃふぇんふぁいほうにふぁんしてはほれでいいな・・・もぐもぐ」

「鬼原さん一言も聞き取れませんでした。お菓子頬張りながら話さないでください」

「ふぃつれい……。んんっ、失礼。事件の概要に関してはそれでいいな」


口の端に焼き菓子のカスをつけたままの鬼原が腰に手を当て頷いている。仕方がないのでデスク上のティッシュを一枚手渡す。ありがとう、と言って鬼原さんがゴシゴシと自分の口を拭った。

 そんなに強く擦って跡にならないのかと思いつつ、事件の内容に考えを巡らせる。

 思考をまとめる際の癖で、腕を組みつつ感じたことを呟いた。


「やはり怨恨、なのでしょうか?」

「ほう、なぜそう思う?」

「だって、遺体の凄惨さを思えばそれが一番考えられます。頭部と四肢を切り取るなんて異常です。怨恨でもなければ現場の惨状に関して理解ができません」

「怨恨にしても、被害者に共通点はないぞ。まだ年若い彼女等に対して、誰がそれほどの怨恨を抱く?」

「それは……わかりませんが。鬼原さんは別の意図があると考えているんですか?」

「そうだな。ーー四件とも場所は違えどモチーフは同様のものに思える」

「モチーフ?ですか??」

「ああ、動機というか、表現しようとしているものはどれも同じなんだと思う」

「犯人は、一体なにを考えているのか……。僕には全くわかりません」

「天沢はそれでいいよ。……犯人の考えがわかると言われたら、それはそれで問題だからな」


 問題だという鬼原に律は首をかしげる。犯人の考えを読み、対策できるならそれに越したことはないんじゃないか。


「ほら、彼の有名なドイツの哲学者ニーチェの言葉にもあるだろう?


『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』


ってね。なにも自分から進んで怪物になることはない」


 そう言って笑う鬼原さんの顔が妙に翳っていることが気になったが、それは一瞬のことで、すぐにいつもの溌剌とした表情になる。


「ただ、深淵のその先にあるものに触れられる者ならば、

怪物になることなく真相を見つけられるかもしれないな」

「――?」


 それは具体的な誰かを思い浮かべての発言なのだろうか。

長い濡烏のような黒髪を手で払い、鬼原さんの目は鋭く獲物を狩る目をしていた。



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