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42.過去編:穏やかな期待



 構わず累は続ける。


「小鳥さんも蛇さんも、自分の生を生きているの。

そこに無理矢理かいにゅうして命を踏みつけるのは、めっ、だよ!」


 鼻先が触れんばかりの距離に、少年が後退る。

なにも写さない空虚な瞳に、初めて累が写り込んだ。


「……」


 呆然と固まっている少年を置いて、累は立ち上がりスカートについた土をぽんぽんと払った。

手の上の小鳥の頭を撫でる。


「悲しかったね、怖かったねー。

でも、もう大丈夫だから、ね」

「ぴ、ピピっーー」


 累が優しい声色で小鳥に話しかける。

正気に返ったような、毒気を抜かれた顔をした小鳥が累の手の中に収まっていた。

親鳥に甘えるように、手に擦り寄る小鳥を撫でる。

可愛さに思わず頬が緩んだ。


「よしよし」

「……解け、た」


 愕然とした少年の声はあまりにも小さなもので、累の耳には届かない。

しばらく小鳥を撫でていた累は、ハッとしたように少年を振り向く。


「この子、このままじゃ、他の動物におそわれちゃうよね。

わたしがもらっていってもいい?おとうさんとおかあさんに飼ってもいいか聞いてみる」

「あ、うん……」

「やった!」


少年が大きく目を見開いて見つめていることには気付かず、小鳥に微笑みかける。

ガッツをして喜んだあとで、そういえばと累は少年を振り返った。

地面に座り込んだままの華奢な猫毛の少年に、目線を合わせる。


「自己紹介がまだだったね。わたしは、糸川 累。

あなたの名前は?」

「……――」


 ミーンミーンとアブラゼミが存在を主張するように鳴いている。

木々の深い緑色の葉が、風に音を鳴らした。

外の喧騒とは反対に、二人の間には短くない沈黙がよぎる。

掠れた声で少年が自分の名前を口にした。


「……どうげん、きよと」


 少年が累の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「ぼくの名前は、道言 清人」


 

+++++



 翌日も、そのまた翌日も糸川 累と名乗る女の子は僕の元へ訪れた。


「ほら、前よりも大きくなったと思わない?」

「……わからない」

「もー。ちゃんと見て!」


 数日前に引き取った小鳥の写真を片手に、累が清人に迫る。

数日ではそこまで変わるわけもなく、先日見た姿となんら変わりない小鳥の写真を清人は見た。


「ほら!この小さな目!かわいいよね!?」

「…………」


 特になにも思わない……。


 しかし、はしゃいでいる累にそんなことを言えるわけもなく、清人は沈黙を貫いた。


 小鳥に対しては、なにも思わないけれど……。


 清人の目線に合わせるように、隣にしゃがんでいる累の顔を盗み見る。

初めて出会ったあの日から、清人の心はこれまでにない音を奏でていた。

今まで人間らしい感情を持たなかった自分が、心乱されている。その現実が不思議でたまらない。


 今まで僕に近づいてくるやつなんて、いなかったのに……。


 他者が自分に向けてきた視線の数々を、清人は思い出していた。

気味の悪いものを見るような、化け物を見るような目。ある者は恐怖の表情で、またある者は初めからなにも見ていないというように目を塞ぐ。面倒ごとには関わらないように、そうやってみんな清人の存在を無視してきた。


 父さんと母さんだって、理解できないって。

僕をいない者のように扱うのにーー。


 病気なのだと、父が言った。自分の子ではないと、母が言った。

身体はどこも悪くない、心だって病と呼べるほど落ち込むわけでもない、むしろ毎日が実験のようで楽しい。それでも、彼等は自分を異常なのだと言う。本当の清人を、見もしない。

バラバラになった生き物の死骸を見ても、逃げるか、目を瞑るかの二択だけ。


それなのに……。


 あの時初めて、清人はまっすぐな視線が自分に向けられるのを感じた。

それも、他の人達が自分を無視する原因になった、清人の性質を見た上で、彼女は目をそらさなかった。同じ視線に立った。バラバラになった虫たちや、瓶に入れた蛇、そこに小鳥を入れようとしていたそんな清人を見ても、累は逃げなかった。そんな人は初めてだった。


 みんな気味悪がって逃げたから、彼女もきっとそうなのだと思っていたのに……。

彼女はその場から立ち去ることはせず、あろうことか「命は大切なのだ」と、真正面から清人を諭した。


 命は大切、かーー。


 小鳥の写真を嬉しそうに胸に抱き、話す累の顔を見つめる。


 善良である彼女が言うのであれば、そうなのかなーー。


 理解はできずとも、彼女のことは信じられる気がした。

累の笑顔に、思わず目を眇める。


 彼女といれば、こんな自分もーー。



 普通に、なれるのかもしれない。



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