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41.過去編:はじまりと出逢い



ーーミンミンミーン。


 アブラゼミが煩い。

夏の鋭い日の光を肌で感じながらも、六歳になったばかりの累は暑さなど意に介していなかった。蝉の鳴き声が響き渡る昼間の公園に足を踏み入れる。虫カゴを肩にかけ、虫取り網を上に掲げて幼い累は宣誓した。


「5匹捕まえる!!」


 高らかに声をあげ大股で足を踏み鳴らす。

今年の夏は異常な暑さだとニュースで言っていた。そのためか、昼間であるにも関わらず公園の人影はほとんどない。


(これは!大量ゲットの予感!!)


 ……幼い累はラッキーだと思うだけだった。

今日は双子の兄と、どちらが多く虫を捕まえることができるのか競争をしていた。フンッと鼻を勢いよく鳴らして前に進む。

数歩進んですぐに、累の小さな足が止まった。

公園の暗がりという予想外の場所に、自分よりも二、三歳上くらいの少年を見つけたのだ。


「もしや、せん客!?」


 それならば、一匹くらいお裾分けしてくれないだろうか。


 当時はまだ物怖じしない性格だった累は、ズカズカと、暗がりにしゃがみ込んでいる少年に近づいた。


「たのもーー……」


 武士のように声をかけたところで、不自然に累の言葉が止まる。

しゃがんで俯いていた少年がゆったりとした動作で累を振り返る。元々色素が薄いのか、やや茶色がかった猫毛の髪に、白い肌、精巧に作られた人形のように整った顔立ちの少年がいた。


「…………?」


 綺麗な少年が、突然話しかけてきた累の方を見て首を傾げる。次に続く言葉を待っているのだろうが、累は口を開けないでいた。体が固まってしまっていた。


(なんで……)


 少年の虚空を映す、昏い瞳が累の方を向いている。

しかし、累は少年の手元から視線をそらすことができないでいた。


(虫さんが……)


 少年の手元には、バラバラにされた虫たちがいた。

蝉の羽と脚は根元からもぎ取られ、蝶々もまた羽を失い、切り取られた羽や脚は公園内に落ちている木の枝で標本のように地面に縫い付けられていた。

 それだけでも十分恐ろしいのに、少年は小鳥を掴み、抱える程の瓶の中に入れようとしていた。瓶の中には累の腕くらいの長さの蛇が入っている。


「だめ!!」

「――!?」


 思わず、少年の手から小鳥を奪い取る。

少年はいきなりの累の行動に面食らった顔をしていた。


「なんでこんなことするの!?小鳥さんかわいそうだよ!!」

「――かわいそう?」


 すぐに冷静な顔に戻った少年が、累の言葉を反芻する。

キョトンとした顔をしている少年に真正面に立ち諭すように累は続けた。


「そうだよ。命は大切にしなきゃいけないの。

小鳥さんだって、ちゃんと生きてるんだもん。こんなことしちゃかわいそうだよ!」

「大切――?」


 はじめた聞いた言葉であるかのように繰り返す少年を、少し不思議な面持ちで見つめながら累は続ける。


「みんな大切な命なんだ、ってお父さんが言ってた!

お父さんは正義の味方だから、なんでも知ってるの。わたしのお父さんは世界一なんだから!」

「そう……」


 しっかりと父の自慢も忘れずに胸を張る累を、静かな眼差しで少年が見つめた。

数秒後、その視線に耐えられなくなった累が少年を見返す。


「そういえば、なにをしていたの?」


 小鳥を小瓶に入れようとしていたのはわかったが、なぜそうしたのかわからず聞くと、少年が累の抱えている小鳥を見つめながら言った。


「………危ないよ」

「――?」


 (危ない?なにが??)


 少年の言葉の意味がわからず首を傾げる。


「―――っっ」


 答えはすぐにわかった。

 指先に感じる痛みに、目を瞑る。鋭い痛みに涙が出そうになるのを耐えて、痛みの正体を探る。手元に視線をやって、その原因がわかった。


(小鳥、さんーー?)


 包み込むように抱える累の指を、小鳥が噛みついていた。小さいが鋭いくちばしに(ついば)まれたせいで累の指に細かい傷ができていた。

 なにやら、小鳥の様子がおかしい。

そういえば、少年の手の中にいたときから小鳥の様子がおかしかったことを思い出す。蛇の入った瓶を前に怖がるでもなく、ただ燃える殺気だった目をしていた。



「……だから危ないって言ったのにーー」


 無感情に少年が漏らす。

初めからそうなることを予期していたかのような発言に累は首をかしげた。


「どうして危ない、なんてわかったの?」

「――……」


 少年はほんの一瞬黙ってから、声を発した。


「そいつの親鳥がこの蛇に食われるのを見た。

その小鳥は自分の親を殺した蛇に対して殺気立ってる。

生きるために捕食した蛇と、親を食われた鳥、その二匹を同じケースの中に入れたらどんな反応を示すのか……。

興味が沸かない?」

「……」


(答えに、なっていないようなーー?)


 少年の言っている言葉の意味がわからず、幼い頭の累はさらに首をかしげた。


(変な子!

……だけど、お父さんはどんな子とも分け隔てなく接しなさい、って言ってた)


 父の教えを思い出して、累は奮起した。少年に近づき、その隣に腰を下ろす。

まさかこんな話をした後に近づいてくる子がいるとは思わなかったのか、少年は目を丸くしてまじまじと累を見た。

 女の子をそんなに凝視するなんて無礼な奴だ、と思いつつも少年をまっすぐに見つめて言葉をかける。


「めっ!だよ」

「――!!」


 人差し指を立てて、少年に顔を近づける。

想定外な距離の近さに、少年が狼狽えるのがわかった。




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