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39.邂逅



 清人は先程彼女を引き留めた自分の手を見つめていた。

どうしてそんなことをしたのか、自分でもわからない。


(面白いものを、自分は見たいはずだ……)


 それならば、あのまま累と小賀野椿を対峙させた方が、よほど面白いことになる。

それはわかっていたはずなのにーー。


清人は自分の行動の理由がわからず、一人、手のひらを見つめていた。


(彼女はきっと僕を追ってくるだろう。

もう一度彼女を見ればなにかわかるだろうか)


孤独な世界に残されたままの彼は、自分が孤独だということにも気づかないまま、

痛いほど澄んでいる青い空を眺めた。


+++++++++++++++++++++++++++++++



「――っ」


 朝の日の光が目に入り、思わず目を瞑る。

暗い倉庫の中にいたせいか、その光に目が眩んだ。


日の光の下、一人の青年が空を見上げていた。

目を眇めて、人々が日々の営みを始める街がある方角を眺めている。その姿は、自分だけが世界から弾き出されているかのように見えた。


きっと、世界は彼を拒絶するーー。

彼もまた、世界を拒絶している。

私はーー?


(あんなことをしたんだ。見放されて当然……。

私も、道言さんのことなんて、もう……)



「僕を追ってきたんですか?

糸川 累さんーー」


 無表情な清人が、累に顔を向ける。

初めて、道言 清人という人間と話している気がした。


小さく息を吐いて覚悟を決める。

体の横で拳を強く握りしめ、累は道言清人を睨んだ。


「ええ……。

道言さん、あなたが『華になった少女達事件』を起こしたんですよね?」


「――……」


 累の問いかけに、清人はひっそりと微笑む。

サプライズのプレゼントを相手が見つけてくれた、といった嬉しげな表情だった。

この時初めて累の背中が粟立つ。


「どうしてこんな……。こんな恐ろしいことをしたんですか!

椿さんだってあんなに傷付いて……。一度失った相手が、そこに存在していると思わせて、結局それは幻だ、なんてーー。

そんなの、辛すぎますーー」


 累の叫びに、清人は首をかしげる。


「幻でも、大切に想う相手がそこにいれば、人は嬉しいものじゃないの?」

「え……」

「それにーー」


 全く違う考え方に、累は呆然とする。先程の椿の様子が見えていなかったのだろうか。

清人は伸びをするように両手を空へと広げて笑った。


「僕はただ、その人の心を解放しているだけ」

「……かい、ほう?」

「今の世の中の人間達は、本当の気持ちを、心を抑圧されているとは思わない?

――それはどんな感情もしかり。狂気、猟奇性、凶暴性、そういったものを無理に閉じ込めているといつか綻びが生じる。その綻びのしわ寄せが、君のような人間にくるんじゃないの?」

「………」


 君のような人間とはつまり、累の特性のことを指しているのだろう。実際、彼の言っていることはわかる気もする。抑圧された感情が膨らむことで、その気持ちのエネルギーが大きくなり、仕草や表情として現れる。そういったものを、累のような特性を持つ人は感じ取りやすいし、捌け口にされることも往々にしてある。


「人々は上っ面だけの感情で日々を過ごし、生涯を終える。

――僕は見たいんだ。本当の人間の感情、というものを」


 彼の澄み切った瞳が、綺麗だが底の見えない、昏い水底を思い起こさせて不安になった。


「……そんな、ことのために」


 そんなことのために、何人もの犠牲者を出した『華になった少女達事件』を起こしたのだろうか。そんなことのために、傷付いた椿さんを犯罪者に仕立てあげたのか。


「もう終わりにしましょう、道言さん。

あなたは捕まります」


 累の「捕まる」という言葉を聞いて、目を丸くした後、清人は笑い出した。


「ははははっ。

どうして僕が捕まるの?」


 お腹を抱えて笑う清人にムッとする。


「だって、『華になった少女達事件』を起こしたのは……」


 言葉にしてハッとする。清人はニンマリと意地の悪い笑みを浮かべていた。


「気がついた?

――僕は、なにもしていない」

「……」


 陽光が彼の顔を照らす。累は言葉を紡げなかった。


「僕は落ち込んでいる小賀野 椿に声をかけただけで、なにもしていない。

むしろ僕は無能な警察にこの場所を教えた挙句、誘拐された君を助けた功労者だ」

「――っっ」


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