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3.恩人と不穏


 警察はダメだ、と言う累の顔を二人が見つめる。

 春香と怜が自分を心から心配しているのがわかるだけに、申し訳なくなる。ただ、これに関しては私にも譲れない理由がある。

 

「――鬼原きはらさんがいるから?」


 ボソッと呟いた怜の言葉に頷く。


「うん。迷惑、かけたくないの」

「あっちは迷惑だなんて思わないと思うけど」

「それでも、ダメ。私が嫌なの。ただでさえお世話になっているのに、これ以上、負担になるようなことしたくない。両親を亡くした私たちの面倒を見てくれたのは鬼原さんだけなの。

……だから、お願い」


 鬼原さんこと鬼原きはら 真澄ますみは、警察官だった父の後輩の刑事さんだ。家にもよく遊びにきてくれていて、お姉ちゃんのように慕っていた。そして、肉親でもないのに、両親が亡くなり親戚からもなぜか疎まれていた私たちの保護者代わりになってくれた。

 当時高校三年生で、大学進学を諦め就職しようとしていた私に、大学への道を指し示してくれた人だ。その時に学費はいいと言われたけれど、必ず返すと約束した。保護者になってくれただけでも、十分ありがたかったから。

 今は楓と二人分の生活費に給料が消えてしまい、思うように返済は進んでいないけれど……。それでも、いずれ必ず返すと決めている。


 刑事の仕事は本当に忙しい。学生時はお金がなかったこともあり鬼原さんと一緒に暮らしていたので、いつも忙しく働いているのを見ていた。深夜でも、電話が入れば仕事に出て行くことだってあった。ただでさえそんな大変な職業だ。血の繋がりのない子供二人を、急に引き取ることになって大変じゃないわけがない。負担じゃないわけがなかった。

 だから、学費の返済はまだまだだけど、生活として自立している今は、鬼原さんの負担になることは絶対にしたくはない。


「ーーお願いします」


「………」

「………」


 累が頭を下げると二人は黙り込んだ。短くはない時間が流れたあと、怜がふっと一息ついて肩をすくめた。


「はぁぁぁ、了解。こうなった累はテコでも引かないんだ。俺たちが折れるほかない。

――な、春香」

「……うん」


 返事をしつつも納得いかない顔をしている春香の肩を怜が叩く。

それから、ビシッと累に指を突きつけた。


「そのかわり、少しでも変だと思うことがあったら俺たちを呼ぶこと。

 それが最低条件。OK?」

「わ、わかった」


 返事をするとふっと怜が笑った。


「無理すんなよ」


 頭を撫でる怜に妙に安心する。

 和んでいると隣からタックルする勢いで抱きつかれた。


「……やっぱ心配〜」

「あはは、春香。大丈夫だって」


 心配してくれているのに笑って申し訳ないが、嬉しくなってしまうんだから仕様がないよね。

 ーー本当に私は恵まれてるな。




 カチカチと壁にかけた時計の音が聞こえる。

 

 あれから十分くらい経っているのだが、春香はタックルした状態のままだ。変わったところといえば、立ちから座りになったことくらい。累の腰に回された手は今尚しっかりとホールドされ、顔は膝に沈められたままだった。

 抱きついたままの春香を受け止めながら、番組の変わったテレビをしばらく眺めていると春香が急に顔を上げた。ガバッと効果音が聞こえてきそうな勢いだ。


「なんか、しんみりしちゃった。こんなのダメダメ!

あたしらしくない!」

「わ、びっくりした……」

「――相変わらず急だよな」


 反動で長めの茶髪の一束が、顔にかかってしまっている。そんなことは意に介さず、春香は目を輝かせ身を乗り出して、口を開いた。


「よし、京都へ行こう!」


「「は?」」


 二人分の声が間抜けに重なった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 


 薄暗く、静かな一室。

 その室内で部屋にある観葉植物に水をあげながら、男は考えていた。


――彼女はなにをしたら喜ぶだろうか。


 特に何かあった訳でもないのに、パッと彼女の顔を思い浮かべてしまう自分に自分で感動する。

彼女のことを考えることはもう習慣になってしまっていた。

習慣になってしまっているという事実だけで幸福に包まれる。


 以前部屋にセットした、ワインセラーを開ける。


――今日は赤かな。彼女も赤が好きだから。

 赤なら、そうだな、彼女はヴェーバーの赤ワインなんかが好きそうだ。


 そんなことを口ずさみながら、ボトルとワイングラスを手に取る。

お気に入りのワインを片手に、彼女の待つ部屋で過ごす。その時間が男にとっては至福の時だった。


 今度はなんの贈り物をしたら喜んでくれるだろう。

 しかし彼女のことだから、なにをあげても喜んでくれるんだろうな、そう思うとまた愛しさが溢れて止まらなくなった。


 秘密の部屋の扉を開き足を踏み入れる。男は大きく息を吸い込んだ。鬱屈した現実から解放されるかのような、幸福な気持ちに包まれる。焚いておいたアロマが幻想的に輝いていて、幸福な気持ちを助長させた。


 今日の戦利品を丁寧に壁に取り付け、グラスに真っ赤なワインを注ぐ。


――乾杯。


 壁に取り付けられた無数の写真にグラスをかざす。


 彼の中の彼女はいつも、笑って彼を迎え入れていた。



ストーカー、ダメ、絶対!

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