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37.哀しい現実

椿さんパートは書いてると、彼女の想いが溢れてきて、きつかったです。。



『あなたの前にはダレが、居ますか?』


 清人に促され、椿はノロノロとゆっくりとした動きで累を見る。

その瞳には先程まではなかった光が戻っており、いけばな教室で初めて出会った時の椿だった。正気に戻った椿の目から、一筋の涙が流れ、地面に小さな染みを作る。



「あっーー」


 椿は、霧の中に居るかのような輪郭のボヤけた世界から、現実の世界に戻ってきた感覚がした。

途端に意識が鮮明になる。

頭がはっきりしてくると同時に、思い出した。


「いや、いや、嫌嫌嫌嫌っ。嘘よ、うそっっ!あの子は居るわ!

だってさっきだってそこで笑っーー」


 先ほどまで娘が立っていた場所に、あの子の姿はなかった。

あるのは、生きていれば娘と似た年代の少女だけ。



 そうだ、娘は2年前に、殺されたんだった。


「―――――っっっっ!!!!!!」


 娘は笑っていた。さっきまで、そこで。

道言清人と名乗る不思議な青年と出会ってから、娘はずっとそばに居て、笑ってくれていた。

――()()()()()()()姿()()()()



 音にならない叫びが聞こえた。

 聞こえないはずなのに、耳を塞ぎたくなった。


「――――っ」


 彼女の、小賀野 椿の声にならない感情が入ってきて苦しさすら覚えた。


 一度亡くした者が還ってきたと思った。

しかし、それが本当はただのマヤカシで、戻ってきてなんていなかった。

それは、二度失うのと同じことではないか。


 止め処なく流れる涙を拭いもせず、椿は両手で頭を掻き抱きながら慟哭する。


「あの子はいる、あの子はいる、あの子はいる、あの子は……」



『お母さん、行ってきます!』


 チェック柄のスカートの裾が翻るのが見えた気がした。

椿の感情を通して、桜の声が聞こえた。


「……行かないで」


 小さく椿が呟く。

正気に戻った椿が、カタカタと震える手で華道用の先の尖った花鋏を構えた。


「椿さん!?」

「興味深い……」


 椿の凶行に累は叫び、清人は面白いというように声を漏らした。

そんな二人の様子を気にする余裕のない椿は、金切り声で叫んだ。


「あの子の居ない世界なんていらない。

あの子が居ないのに、回る世界なんていらない!

……そんなものは壊してやる。

みんな、殺してやる!!」


 敵意むき出しで椿は叫ぶ。

しかし、その声は震えていた。椿の強い感情が累の中に入ってくる。



行かないで、どこにも行かないで。

一人にしないで。そばにいて。

お母さんを、一人にしないで。

あなたのいない世界じゃダメなの。


あんな風に死んでいい子じゃない。桜は幸せにならないといけない子なのに。

もう笑顔も、笑う声も、聞くことが叶わないなんて、そんなのないじゃない。

ちゃんと生きてたあの子が、あんな死に方して言い訳がないじゃない。


お母さんは、無理なの。

あなたのいない世界は、耐えられない……。



 累の目から涙がこぼれた。


「……寂しい、ですよね」


 椿が目を瞬かせ、清人が目を見開いている。

自分たちを殺そうとしている相手に対して、そう声をかける累に驚いているようだった。

累はまっすぐに椿を見つめる。


「ずっとそばにいた人が居なくなったら、心にぽっかりと空洞ができて。

それでも進んでいく世界が歪に見えて、自分以外のみんなが遠い人のように感じちゃいますよね」


 昔、警察官であった父が殉職した時のことを思い出す。

昨日まで普通に笑っていた父は、学校からの呼び出しで駆けつけた頃にはもう息をしていなかった。

今まで居た人が突然居なくなる、それも永遠に会えなくなるという事実は心に大きな穴を開けた。父がいないのに、世界は当たり前のように進んでいく。置き去りにされたような気持ちになる。

 その時のことを思い出して、累は椿を見放すことはできなかった。


「……」


 累の言葉に、椿は答えられず俯く。

なにも答えられない椿のそばへ、歩みを進めようとした。その累の腕を、力強い手が引き止める。

細身の見た目の割に力の強い清人の手だった。


「累――」

「…………」


 名前、初めて呼ばれたーー。


 清人の顔を見る。妙に聞き覚えのあるその呼び方に、不思議な気持ちになった。


 道言さんに下の名前を呼ばれるのは初めてのはずなのに、どうして懐かしい気持ちになるんだろうーー。


 清人が累を引き留めたままの自分の手を、不思議そうに見つめている。自分自身、予想外の反応だったのだろう、訝しげな顔をしていた。

 彼には椿さんのことで問い詰めたいことが色々あるが、今はーー。


「道言さん、手を離してください」

「糸川さん……」


 もとの呼び方に変わる清人を、累は見つめる。


「私は、大丈夫ですから」

「……――」


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