表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/51

35.シンクロ



 椿の強い感情が入ってきた。


 その思いの強さの分、彼女の体験したことが鮮やかに自分の中に入ってくる。こんなにも強い感情を感じることは初めてであったため、この時起こった体験も初めてだった。

 累の意識と椿の意識が重なったーー。


+++++



 ここは、椿さんの家――?


 いつの間にか、見覚えのある家の前に立っていた。

以前春香とともに訪れた、ガーデニングが見事な一軒家。


 私、倉庫にいた、よねーー?


 「お母さん!行ってきます!!」


 明るく元気な声に振り返る。髪を一つに括り、飛び跳ねるようにこちらに手を振る女子高生がいた。チェックの入ったセーラー服のスカートを風に靡かせて、陽光の下少女の笑顔が弾けていた。


「行ってらっしゃい。気をつけるのよ!」


 自分の口から勝手に出た言葉に驚く。


 私の声じゃない。


 口に手を当てようとして、それもできないことに気づく。家の窓に映る自分の姿を視界に捉えた。


 ――椿、さん?


 映っていたのは自分ではなく、お淑やかに佇む椿の姿だった。


 まさかとは思うけど、私、椿さんの過去を追体験してるーー?


 そんなわけがないとは思うけれど、一度考え始めるとそうとしか思えなくなる。実際に私は今、椿の目を通して世界を見ていて、娘のことが愛しいのだという彼女の気持ちを感じている。いくら感情が伝わってくるとはいえ、こんなことは初めてだった。

 ヒマワリのような少女が再びこちらを向く。


「はーい!」


 元気に応じる少女の姿を、累は見たことがあった。


 椿さんの家にあった写真の女の子?


 それでは、彼女が桜ちゃんなのだろうか。

走っていく少女の後ろ姿を、累は呆然と眺めた。


 以前春香から聞いた、椿は随分昔に旦那とは別れ、娘と二人暮らしであるということを思い出した。二人の時間がどれだけ幸福なものだったのか、椿の意識とシンクロしている累は温かくなる心にそれを感じた。


 累、否、椿は、娘を送り出した後、家の中にいた。生徒さんに教えるための花を揃えていたところだった。視線を上げ、カレンダー、それからある箱に目を向ける。

 綺麗に包装された箱へ、椿が手を添える。


「喜んで、くれるかしら」


 カレンダーには桜の誕生日という文字が大きく書かれていた。娘への誕生日プレゼントを大事に抱えた椿は、幸せそうに笑みを浮かべた。


「あの子も、明日で18歳になるのねーー」




 場面が切り替わる。

約束をしていた場所に、娘は帰って来なかったーー。

次に彼女が見た娘は、もう娘の形はしていなかったから。


 「――っっ」


 桜はバラバラ遺体になっていた。いくつかの肉の塊になった変わり果てた娘の姿に、椿の心が崩れる音がした。

 怒涛のように彼女の感情が流れてくる。

まるで本当に自分がそう思っているかのような感覚に囚われた。




 どうしてあの娘が死ななきゃいけないの?

 どうしてあんなにも優しい桜が、あんな風に殺されなきゃいけないの?


 離婚をして家計が厳しくて、実家だから家はあるけど欲しいものを買ってあげることなんてほとんどできなくて。

自分も欲しいものがあるはずなのに、毎年母の日にはバイト代で貯めたお金で贈り物を買ってきてくれるような子だった。そんなに高価なものじゃないんだけどって申し訳なさそうに……。

 高価じゃなくたっていい、あの子にもらったものは全部私にとって宝物だった。


 もうすぐあの子の誕生日だから、奮発してちょっといいカバンを買ったの。清楚だけど、生地のいい、あの子に似合いそうなカバン。中学生の頃からずっと変わらないバッグだったから。まだ使えると言っていたけれど角はほつれて、黒ずんでいる箇所もあったし、買ってあげたかったから。少し大人っぽいけれど、あの子に似合いそうなバッグ。

お財布の中はさみしくなってしまったけれど、心は満たされていた。


 けれど、約束の場所に行っても娘は居なくて。

あとで見たあの子は……遺体で発見された。四肢をバラバラにされた状態で。

細く華奢な手足に、ほっそりとした見覚えのある胴部分、最後に頭部が発見された。

 見開かれたままの娘の瞳――。

いつもはキラキラと輝いていたその瞳からは、永遠に光が失われていた。

 

 自分がとてつもない濁流に心を持っていかれる感覚がした。

吐き気がするほど、汚れた澱が心に溜まっていく。



桜、痛かったよね。苦しかったよね。辛かったよね。

……生きたかったよね。



「うぅぅぅっ」



 噛み締めた唇から血が流れ、口の中に鉄の味が広がった。

しかし、痛みなんて全く感じなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ