30.君だけのヒーローに……
それでなにをしようというのか、加藤の遺体を写真で見ていた累はわかった。
加藤の遺体にあった、歪にボコボコした切断面――。
「やめて!!!」
横倒れになったまま、首だけを國枝に向け叫ぶ。
今累が声を出さなければ、すぐにでも國枝が処刑を始めそうだった。
彩芽の首がかくんと俯く。ノコギリの刃を片手に自分に迫り来る國枝を見て、どうやら意識を失ったようだった。
一方、國枝は累の方から声をかけてくれたのが嬉しいのか、満面の笑みでそれに応える。
「どうして?
これも全て君のためにやっているんだよ?」
凄絶な笑みに背筋が凍る。本当にそう思っているのだろう。
理解なんてできるはずもなく、ただただ國枝を恐ろしく感じる。
「私はそんなことを望んでいない!」
「どうして、君も賛成してくれたじゃないか」
「なにを、言っているの?」
國枝の言葉に首をかしげる。
デジャブを感じる。先ほども「愛していると言ったじゃないか」という問答があった。先ほどは國枝の妄想だと軽く流したが、さすがに違和感を感じる。累と國枝との間でおこるこのすれ違いはなんなのだろうかーー。
「……どうして嘘をつくんだ?」
悲しそうに顔を歪める國枝の声に、思考を止められる。
彩芽の目前にいた國枝は、気を失ってしまった彩芽を捨て置き、累の方に体の向きを変える。ノコギリが手からこぼれ落ち、金属が地面にぶつかる嫌な音が響いた。
「どうして笑っていない?
あれだけ俺の背中を押してくれたのに、助けを求めたのは累なのにーー。
俺は累のヒーローだからやっただけだ」
自分の行いを正当化しようとする発言に、思わず口を出す。
「たしかに、國枝さんが話しかけてくれたことは嬉しかった。助けになりたい、と言ってくれたことは嬉しかったです。
けど、私はこんなことをして欲しかったわけじゃない!こんなふうに助けて欲しかったわけじゃない!!」
「累……」
「こんな恐ろしいことをする國枝さんは、私の知っている國枝さんじゃないです。
こんなことをする人を、好きになるわけがない!!!」
「――っっ!!」
國枝が目を見開き、息をのむ。
累からの完全な拒絶に、國枝は踏鞴を踏んだ。
「…………」
「―――――」
とても長い時間に感じられた。痛いくらいの静けさの後、國枝の肩が震えだす。
「っふふ、ふふふふふ。ふはっ、ははははははっははっ!!!」
体をくの字におり笑い、次いで抑えきれないというように國枝がこめかみに手を当てて笑う。
発作のように続く笑い声に狂気が混じる。
「俺はただ、累のために……」
國枝の視線がまっすぐに、目の前にいる累に向かう。不思議なことに、先ほどから会話をしているはずなのに、今初めて目が合った気がした。その瞳が一瞬切なげに揺れた。
しかし、すぐに國枝の様子が豹変する。
「累のためを思って。おれ、は、オレは、俺はオレは俺は俺は俺は!!!!!」
壊れたように叫び、掻き毟るように頭を抱えた。いつも丁寧にセットされた髪が見る影もなく、乱れ狂っている。散々唸った後、ストンっと國枝の体から力が抜ける。
「――國枝、さん?」
様子の変わった國枝に、伺うように声をかける。
「―――っっ」
悪寒が全身を駆け抜けた。先ほどまでの切なげに揺れる瞳が消えている。
顔を上げた彼の瞳は濁り、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。こちらを見ているようで、見ていない。宙にぶら下がったままの瞳で累を見る。
独り言のように、國枝が呟いた。
「そうだ、はじめからこうしていれば良かったんじゃないかーー。
そうすれば、累はオレのものになる……」