28.鬼原side
「おい!累!!
――クソッ!!!!」
車のサイドを思わず叩く。
通話が切られた携帯を睨みつけた。
これと決めたら突き進んで行ってしまうところなんか、彼女の父親そっくりだ。
「鬼原さん?なにがーー」
車を運転しながら、遠慮がちに天沢が問いかけてくる。
冷静になろうと、助手席に座る鬼原は大きく息を吐いた。
「――犯人……模倣犯の方な、が累に接触してきたらしい」
「……はぁ!?!?」
危うくハンドル操作ミスしそうなほど、天沢が声を張り上げる。次いで、横目で鬼原を伺った。
「どうして、糸川さんに……」
「犯人は、累のストーカーだそうだ」
「……」
天沢が驚愕で黙り込む。
イヤガラセしていた奴らを懲らしめて、累が喜ぶとでも思ったんだろう。事情聴取のときにストーカーが危ない感じの奴だということは聞いていたが、ここまでとは……。
「――そんなの、好きな相手を追い詰めているだけじゃないですか……」
「そうだな」
愕然と呟く天沢に頷く。
犯罪者の考えることは理解に苦しむ、とでも思っているのだろう、天沢の眉間にシワが寄っている。
鬼原は持っていた携帯で、すぐに警察本部にかけた。
「長谷部か。
すぐに追跡してほしい携帯がある。華になった少女たち事件関連だ。また犠牲者が出る可能性がある、至急頼む。
――それから、一人行方不明者が出ているはずだ。その確認も頼む」
必要事項を述べて電話を切る。
長谷部ならすぐに動いてくれるだろう。
情けなくも震える手で携帯を握る。
「――行方不明者って」
訝しげに首を捻る天沢に言葉を続ける。
「累に嫌がらせをしていたのはなにも加藤慎二だけではないだろう。会社での様子、木下彩芽が嫌がらせの首謀者である可能性が高い」
「……じゃあ、次のターゲットは」
「恐らく、木下彩芽だろうな」
木下彩芽が捉えられている画像か何かでも見て、累は現場へ行ったのだろう。あの子は、たとえどんな相手だろうと、困っている人は放っておけないからーー。
今はその性質が恨めしいーー。
どうか、無事でいてくれーー。
今までが大変だった分、あの子たちには幸せになってほしいんだ。頼む、神様――。
自分の力でなんでも乗り越えてきた鬼原は普段神様を信じないが、この時ばかりは神に祈った。
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『るいちゃん、ボクはただーー』
『いやっーー!』
これは、夢だーー。
思い通りに体を動かすことができない。それどころか随分と低い目線であることの事実が、これが夢であるということを裏付けた。
否定の声をあげて、幼い自分が手を振り払う。振り払う感触はあるが、やはり自分の思う通りには動かせない。振り払われた方の少年は酷く傷ついた顔をしていた。
『離れないって言ったくせに。
ボクをこんな風にしたのはるいちゃんだからーー』
俯き、次に顔を上げた少年の瞳に映っていたのは、憎しみとも悲しみとも恋情ともしれない感情だった・
『ボクはるいちゃんにむしろ感謝をしているんだよ。
君が、君だけがボクの心を解放してくれた。解放する術を教えてくれた。
――親も教師も、他の誰もボクに気がつかなかったのに。君だけがボクを見てくれた。君だけがボクを認めてくれた。この気持ちが君にわかる?』
一歩ずつ近づく少年に、夢の中の私は後ずさる。少年の得体のしれなさが、恐怖の感情を捕らえて離さない。
空虚な瞳には、るいだけが映っていた。少年の整った口元が、三日月のように妖しく弧を描く。
『るいちゃんはボクの、唯一なんだからーー』