26.迫る危険
事情聴取の際に天沢が携帯で見ていた画像と同じく、胴体の首部分にバラの花が活けられている写真だった。
指がカタカタと震える。
封筒の中にはまだなにかあった。逆さまにし、中身を取り出す。一枚の白い紙が折りたたまれていた。
「……てがみ?」
覚束ない手元で、手紙を開く。
文面の内容を目で追う。
『親愛なる累へ。
累と俺を引き裂く邪魔な虫どものせいで、最近は逢瀬を交わすことができなかったね。
でも、その間も俺はずっとずっとずっと、累のことだけを考えていたよ。
写真は見てくれた?
累のことをいじめる奴らを成敗すれば、累はもっと俺のことを好きになってくれるんじゃないかと思って、奴らを殺すことに決めたんだ。
加藤は累に手酷い嫌がらせをしていたから、コレくらいの罰が当たって当然だよね。
だって俺は、累のヒーローなんだから。
――喜んでくれたかな?』
腰を抜かしてしゃがみこむ。持っていた手紙を握りしめる。紙がひしゃげる音がした。
私のストーカーが、嫌がらせをしてきた加藤次長を殺したーー。
(次長が死んだのは、私のせいーー?)
恐怖と懺悔の気持ちがないまぜになる。
目から涙が滑り落ちた。
(――望んでない!
私はこんなこと、望んでいない!!)
下を向き唇を噛みしめる。すぐそばにあった携帯の着信がなった。
――コテコテ。コテコテ。
「――っっ」
いつも聞いている着信音が、今は不気味に聞こえる。
リビングに木霊するその音に体を強張らせた。
さっきのいまなので、どうしてもストーカーの姿がチラついてしまう。それを振り払うように累は首を振った。
――他の、別の誰かからかもしれない。それに、メールのアドレスまではさすがに知らないはず……。
ノロノロとした動きで携帯を手に取る。
無機質な機械の感触。累はメールを開いた。
――知らない、アドレス。
期待を裏切るように、まったく見に覚えのないメールアドレスだった。通知のあったその1件のアドレスを見つめる。
件名はない。
そのメールをタップした。
本文を読み進めるにつれ、累の顔が青ざめる。
「そんな……」
小さく呟く。
文面には短く、こう記されていた。
『累を苦しめるものは全て消してあげる』
その文面とともに、一枚の画像が添付されていた。
そこには、縛られ、口を塞がれて眠っている木下彩芽の姿があったーー。
体が震える。
犯人は私のためにこんなことをしている?
確かに加藤次長同様、彩芽からも嫌がらせを受けてはいたが、死んで欲しいわけはもちろんない。
自分のせいでこれ以上誰かが犠牲になるのは嫌だーー。
彩芽が写っている写真を見つめる。
どこかの倉庫のようで、薄暗い場所の椅子の上に彩芽が縛られている。背後には古びた木枠の空き箱や木材がある。高い位置の小窓からは申し訳程度の灯りが差していた。
「ここって……」
写真の背後に映る景色に累は見覚えがあった。
(昔、まだ新しい家族になれていなかった楓がよく隠れていた倉庫――)
なんども楓を迎えに行き、見つけていた累はすぐにどこなのかピンときた。
持つものもとりあえず、すぐに脱いだばかりの靴を履き直す。アパートの階段を降り、走り出す。
恐怖で足がもつれそうになるも、必死で足を動かした。
これ以上犠牲者が出る前にーー。私のせいで誰かが死ぬなんてそんなことあっちゃいけない。
携帯の画面と走ることに集中していたせいで、前方の人影に気付くのに遅れた。
「わっ!――ご、ごめんなさい!!」
「いえ、こちらこそーー」
ぶつかるが、相手に支えられる形でなんとか転ばずに済んだ。
相手も申し訳なさそうに謝る。その声を聞いて、累は顔を上げた。
「あれ、怜――?」
「累――?」
暗がりでよく見えていなかった顔を覗き込むと、そこには馴染みの怜の顔が見えた。怜も目を丸くしてこちらを見ている。
それからため息をついて説教を始めた。
「累、お前は前に注意して動かなきゃダメだってなんども……」
「ご、ごめん。それは後で!」
急いだ調子で言う累に、怜は首をかしげる。
「どうした?そんな血相変えてーー」
「……」
(怜に話した方がいいのかなーー)
一瞬全て話してしまおうか悩む。しかし、ただでさえストーカーの件でお世話になっているし、今回の件はそれの比ではないくらい危険だ。
ストーカーからの手紙に、怜と春香のことを『邪魔者』だと表現している文面があった。そこに怜を連れて行ったりしたらどうなるかしれない。
(これ以上は、巻き込めないーー)
本当は吐き出したい。その気持ちを押し込めるように、累は拳を握った。
「……なんでもない!じゃ、またね。おやすみ!」
あえて明るい声を出して怜に手を振る。
「ちょ、累!?」
困惑している怜の声を振り切って走り出す。
(ごめん、怜――)
走りながら、心の中で怜に謝った。
いまはそれよりも、急がないとーー。