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24.不信感と心配



 駆け込むようにアパートの部屋の扉を開ける。先ほどから鳴り止まない動悸に、胸に手を当てて、肩で息をする。走っただけではない理由で、心臓が叫んでいた。

 夏にも関わらず、体がガタガタと震える。

心を許した相手だったのに、道言さんのことがわからなくなった。


――彼は一体、ダレなのだろうか。


 先ほどの発言。


『――僕から逃げるの?』

『君は覚えていないの?』


 私は、道言さんに会ったことがあるの?

でも、一体いつどこでーー?


 それにーー。


「事件と加藤さんのこと、知っていたーー?」


 そう捉えられる発言を彼はしていた。

事件があったという事実は、早いところだと報道されているのかもしれないが、被害者の名前は別だ。事件の特異性もあり、今のところ確定されるまで公表は控えられている。特に、『華になった少女たち事件』の場合、頭部が切り取られ別の場所に遺棄されているため、特定には時間がかかる。しっかりと検証した上での公表となれば、こんなに早く情報が出回ることの方が不自然だ。

それではなぜ、清人が知っていたのかーー。


 恩人であり、唯一累の特性を見抜いた人であり心を開いた相手でもあった清人を疑いたくなどないのに……。思考は一連の事件を、清人に結びつけてしまう。


 「いやだ……」


 肩で息をしたまま、体を丸めるように上体を屈める。額の滝のような汗に、髪が絡む。

気持ち、悪いーー。



 俯いていると、家の奥、リビングのある方から足音が近づいてきた。


「――どうかしたのかよ?

顔、真っ青……」


 玄関からなかなか入ってこないことを不審に思った楓が顔を出した。

累の状態を見て訝しげに顔を歪める。

隠しきれず心配そうな声で尋ねられる。


「……なんでも、ないよ」


 そんな楓に累は笑みを返した。もっとも、しっかりと笑えている自信はないのだが……。

無理に笑みを浮かべる累に、楓は苦い顔をする。


「――そういう、自分のことを後回しにしようとする所が嫌なんだよ」

「え?」


 他所を向きながら溢した言葉は小さくて、累の耳までは届かない。聞き返す累に、思わずといったように楓は口を開いた。


「……たまには、頼ってくれたっていいんだからな」


 思わぬ発言に目を点にする。楓自身も自分の発言に驚いているのか目を見開いている。

そんなことを思っていたなんて、と後から嬉しい気持ちがやってきて頬が緩む。まじまじと見てくる累の視線に耐えかねたのか、真っ赤な顔をした楓が横を通りすぎる。


「〜〜っ。コンビニ!」


 そう捨て台詞を置いて、楓が玄関にあるシューズを履いて外へ出て行く。累はそれをぼんやりと見送った。

 数秒たってからはっとする。


 あんな感じの楓、久しぶりーー。


 昔はそれこそ今の普通の姉弟のように、気楽なやりとりをしていた。しかし、楓が大きくなり、いつからか二人の間に距離ができていた。それが少し縮まった気がして、累は嬉しくなった。



――がちゃっ。


 玄関のドアの方から音が聞こえて顔を向ける。


(忘れ物でもしたのかな。あの子意外と抜けてる所があるからーー)


 小さく笑い、玄関へと足を向ける。


「楓、どうかした……。――?」


 言いかけた言葉が止まる。玄関に楓の姿はない。

首を傾げて前まで行くと、どうやら郵便受けになにか配達されたようだった。


「……なにか注文でもしていたっけ?」


 身に覚えがなくて首をひねる。

 配達物を取り出すと、茶色の封筒だった。

 宛名は糸川累様、となっているが差出人の名前がない。


 不思議に思いながらも、封を開くために、ノリのついた口部分を引き剥がした。



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