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1.反抗と懐古



 「――……うわ、ちょ。やめろよ!」


 玄関の方から楓ともう二人の声がする。聞き慣れた声に急いでそちらへ向かうと、やはり幼馴染の大林おおばやし 春香はるかと、大学時からの友人である一ノいちのせ れいの姿があった。

 赤茶の緩やかにカーブする髪を肩甲骨の辺りまで伸ばし、168cmと女性にしては長身の春香が、そう背丈の変わらない楓の頭を撫で回していた。


「お!珍しい楓じゃん!帰ってくんの早かったんだ〜」

「うっせぇな!せっかくセットしてんだから髪触んな!!」

「あは、一丁前にオシャレしてんね!」


 笑いながら指摘する春香に鬱陶しそうにしつつも、そこまで邪険にしていないのがなんとなくわかって羨ましくなる。


「春香、やりすぎ」


 いい加減に楓がキレ出す前に、怜が止めに入った。怜はふざけることの多い春香の止め役に回ることが多い。楓と対照的に怜はストンと落ち着いた髪型をしている。以前、ストレートの髪質故かアレンジしようとしてもその型にならないとため息をついていた。


 怜がふと真顔になり楓に向き直る。

 平均的な身長の怜だが、それでも成長途中の楓と比べると大きく、見下ろす形になる。


「楓、高校生だからって羽目を外しすぎるな。――累が心配する」


 怜の言葉に、楓のまなじりが上がった。


「は?他人が口挟むなよ」


 一気に剣呑になる空気に、慌てて累は割って入る。


「怜、いいの」

「なにがいいんだ?こういうことはちゃんと言っておかないと。――楓、お姉ちゃんはいつもお前のことを心配しているんだ。あまり迷惑をかけるな」

「ちょ、怜!私迷惑だなんて……」


――ドンっ。


「ウゼェんだよ!!」

「ーーっ」


 拳を壁に打ち付ける大きな音が響いた。

楓は拳を壁に当てたまま、怜と、私を睨んでいた。


「オレのことに構うなよ。他人のクセに……」

「あ、楓!!」


春香が制しするも、楓は飛び出して行ってしまう。春香が不安気な顔で累を見た。


「累、大丈夫?――楓は、追いかけなくていいの?」

「……ありがとう、大丈夫。楓も、多分いつものお友達の家に遊びに行ってるんだと思う。その友達から楓が家にいることいつも連絡くれるから。私が行くと余計こじれそうだし……」

「――ごめん。たぶん俺が火つけた」


しゅん、と項垂れる怜に笑顔を向ける。


「ううん。私の代わりに怒ってくれたんだよね、ありがとう。

――本当は、私がちゃんと叱ってあげないといけないのに。早くにお父さんとお母さんが死んじゃって、私もどうやって楓に接していたのかわからなくなっちゃって……。お父さんとお母さんの分まで私が頑張らないといけないのに……」


 俯く累の頭を大きく温かな手が撫でる。


「気負いすぎんなよ」

「そーだよ!累には、あたしと怜がいるんだから」


 片腕に春香が抱きつく。春香は怜の腕も引き寄せると、三人で腕を組みあう形になった。


 「なんたって、我ら無敵のマブダチトリオ3人組!」


 拳を突き上げ宣言する春香に、怜が苦言を呈した。


「……マブダチっていつの言葉だよ」

「え、言わない?」

「全然聞かない。それに、トリオと3人組だと意味被っちゃってるから」

「あ、マジだ」


 コントのような春香と怜のやりとりに累は笑いが抑えられなくなる。


「あはははっ。ほんとだ、無敵だーー」

「だしょ?」

「調子、乗りすぎんなよ」


 笑いつつも釘をさすことを忘れない怜に、春香が舌を出している。

 いつも通りに接してくれる二人の存在がありがたい。楓とのやりとりで沈んでいた心が少し軽くなった気がした。



(楓とも、始めからこんな風だった訳じゃないんだけどな……)


 ーーもう十年程前になる。昔の記憶が累の脳内に広がった。


 それは累の父と、楓の母が再婚をしたばかりのころ。私たちはお互い連れ子同士だった。家族と呼ぶには妙に遠慮のあった微妙な時期。新しい家族に慣れず楓が姿をくらましたことがあった。父とできたばかりの新しい母とで楓を探した。両親がなかなか見つけられずにいた時に、土地勘がありまだ子供でもあった累は、隠れられそうな場所に心当たりがあった。


 広い倉庫が立ち並ぶ一角、人一人の出入りができるほどのフェンスに開いた穴。潜った先には古びた倉庫の扉がある。ノブをゆっくりと回すとギシっと錆びた音がする。中に入り、子供が隠れられそうな場所のあたりをつける。

 

 体の小さな子供が隠れられるところ。それに隠れたいとは思っていてもまだ子供なんだ、これだけ暗い倉庫の中は怖いはず。となればーー。


 高い位置に取り付けられた窓によって日が入り、倉庫の中でもほのかに明るい一角を見つける。その場所の置物のそばに、三角座りをして膝に顔を埋めている小柄な少年を見つけた。


「楓くんーー?」

「――っ」


 小さな少年の肩がビクリと震えた。しかし、顔をあげようとはしない。

 頑ななその様子に、拾ったばかりの子猫の姿が重なった。以前飼っていた猫、名前は、なんだっけ。だいぶ昔にいたような気がする。


 小さな姿に累はゆっくりと驚かせないように手を伸ばした。


「帰ろう?」

「――だ」

「ん?」


 消え入りそうな声に聞き返す。

 初めて少年が顔を上げた。


「――いやだ。あそこは家じゃない。オレの家族じゃ、ない」


 そこにあったのは、不信感だった。

 小さな声なのに、はっきりと累の耳に届いた。刃物のような斬れ味の言葉に、声を失いそうになる。しかし、ここで彼に答えなければ、本当に家族にはなれない気がした。


 上手くなくていい、下手な言葉でも構わない、この小さな少年に届けたい。


「楓くん、ううん、楓はもう家族だよ。私の弟。

 ーー誰がなんと言おうと、私はあなたのお姉ちゃんだから」


 再び少年に手を差し伸ばす。

 そんな累の目を、楓がしっかりと捉えた。眩しそうに目を細め、その大きな目いっぱいに涙をためながら言葉をこぼした。


「ごめん、なさい。家族じゃないなんて言って、ごめんなさい。………オレ、家族になりたい。

 オレだって、本当は、家族になりたいっっ」


 今度こそ溢れる涙を拭うことをせず、楓が叫ぶように口にした。その言葉に、累は笑う。

 どうやら私の弟は少し面倒くさそうだ。


 家族になりたい、って。

 ――さっきも言ったのに。


「もう、家族だから」


 笑顔で言う累の手を、幼い楓の手が握った。

 


 「――い?累?」

 「……あ、春香」


 肩に手を置かれる感覚で意識が浮上する。


「どうかした?」

「ううん、なんでもない」


 心配そうに覗き込んでくる春香に笑顔で応じる。

 懐かしい思い出。良い思い出なのに、侘しかった。それは多分、現状と乖離しているから。


(楓とまたあの頃のような関係に戻りたい……)


 


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