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16.危ないところ



――今日は、國枝さんと食事に行ってよかった。


会社の中にも味方がいるという事実に励まされる。

一人じゃない、というのは大きい。


帰りに國枝さんにもらったミックスナッツやスイーツの入った紙袋を、抱きしめるように両手で抱える。ワインなどのお酒にも合うからぜひ食べてみて、と勧められたのだ。


 顔がにやけるのを止められない。軽い足取りで累は帰路についた。

 

 大通りから家のある方向へと続く道。

信号が赤く灯っている。累は紙袋を抱えなおして青になるのを待っていた。

なかなか変わらない信号に、何の気なしに道路の様子を伺う。大きなトラックの光が近づいていた。



――ドンっ。


「えーー??」


背中を押される感触。思いもがけぬ衝撃になんの抵抗もできない。

國枝さんからもらったナッツやスイーツが入った紙袋が地面に落ち、中身がバラバラと散らばる。

自分の口から出た声が、まるで自分のものではないかのように遠くに感じた。


前のめりになる体。迫り来るトラック。

全てがスローモーションのようにゆっくりと感じる。


(ーー私、死ぬの?)


他人事のように、その言葉が浮かんだ。


(こんなところで、こんなふうに?)


会社では誤解されたまま、春香や怜には心配かけてばかり、楓とも仲直りできていない。

それにーー。


初めて感情をよむことができなかった彼、道言清人。彼のこともまだよくわかっていないのに。


『僕の名前。……覚えておいてくれると、嬉しいです』


そう言った声を忘れられない。


忘れてはいけないなにかがあった気がするのにーー。

それ以上は考えられなくなり、累は強く目を閉じ、来たる衝撃に備えた。




「――っ」


しかし、そんな累を誰かが後ろから抱きとめた。

後方に引っ張られる感覚に、累は閉じていた目を開く。


「……道言、さん?」


「――こんばんは」


そこには、先ほどまで累が思い浮かべていた道言清人の姿があった。

清人は人好きのする柔らかな笑みを浮かべると、目を丸くしている累に話しかける。


「危ないところでしたね。

大丈夫ですか?」

「あ、はい……」


咄嗟のことで反応できず頷いてから、自分が恥ずかしい体勢でいることに気づく。

体を支えるために、清人の手が累の腰に回されている。厚い胸板をすぐそこに感じて、慌てて累は姿勢を立て直した。


「す、すみません!」


距離を置く累に清人は少し残念そうに苦笑する。


「――大事はなさそうで、よかったです」


温かなその言葉を聞いて、ハッと累は顔を上げた。

優しいその笑みに、なぜだろう、涙が一筋累の頬を流れた。

清人が驚きに目を瞬かせている。


「あ、あれ、どうしてだろう。おか、しいなーーっ」


トラックに踏まれ、グチャグチャになった紙袋が視界の隅にいた。

一雫溢れた涙は止まらなくなる。

次々と溢れる涙に、今度こそ顔を上げられなくなった。


今まで、泣かなかったのにーー。


会社でも、國枝さんの前でも、春香や怜、鬼原さんの前でだって我慢できていたのに……。


顔を両手で覆う累の肩に、そっと清人が触れた。


「どこか……。そうだな、あのベンチに座って落ち着きましょうか?」


気遣わしげな声にうなづく。

二人は人のいない夜の公園のベンチに腰を下ろした。


 無理に聞き出すことはなく、ただ黙って隣にいてくれる清人にホッとする。

街灯の明かりに照らされ、だれもいない公園に二人の影だけが浮かび上がる。

しばらく俯いていた顔を上げて、清人の顔色を伺うと、公園の虚空の一点を見ていた視線が累を捉えた。

累が見ていたことに気づくと、静かな笑みを浮かべる。

累は視線が交差したことに驚いて目をそらし、膝に置いていた手をぎゅっと握って拳をつくった。



「さっき、誰かに背中を押された気がしたんです」

「押された……?」

「はい……」

「心当たりが、あるのかな?」


 累は俯いて、小さく首を振る。


「……心当たり、というか。最近色々な事件が身近で起きていて。

自分でも、なんでこんなことが起こるのか、わけがわからなくて……」


 また溢れてきそうになる涙を抑える。

まとまりのない会話でも、耳を傾けてくれる清人に感謝する。


 それから累はポツポツと今まで自分の身に降りかかった出来事を清人に話した。自分でもなぜ、彼にここまで話してしまうのかはわからない。

けれど、彼ならきっとわかってくれる、なぜかそんな気がした。


 累は会社で起こったこと、彩芽や次長とのこと、ストーカーをされていることなどを全て話した。

 清人は気遣うように、静かに話を聞いてくれた。話を聞いてもらっている時、なぜか安らいでいる自分がいた。自分の話を誰かが聞いてくれる、というのはこんなにも心が落ち着くものなのだと知る。それが他の誰にも漏らせない弱音ならば尚更。春香や怜のことは信頼しているし大事な友ではあるが、元来他人に弱音を吐くことが苦手な累は、より弱い部分に関しては弱音を吐けずにいた。そのため、適度な距離感で話を聞いてくれる清人には、他の誰にも話せないことを話せる空気があった。

 しかし、気がつけば、鬼原に心配や負担をかけたくなくてストーカーの件を警察に話せていない、ということまで清人に話していたのには自分でも驚いた。

彼には、話をするつもりではなかったことまで話してしまう。


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