14.食事のお誘い
今回は比較的平和な一幕です!
オフィス内に居づらくて、早々にお昼休みに入る。
コンビニで買ったサンドイッチを持って、食堂の片隅で一人プラスチックの袋を破る。俯いて一人で食べていると、目の前のテーブルに影ができた。その正体を追い、顔を上げると、そこには國枝さんの姿があった。
どうして、社内にいるのだろう。
今日は外回りのはずじゃーー。
オフィス内のホワイトボードに書かれていた内容を頭に思い浮かべていると、國枝は眉尻を下げ、気遣うように声を発した。
「糸川さん大丈夫?」
「――。大丈夫、です」
すぐになにを指しているのか察し、曖昧にうなづく。その場にいなかった彼がなぜあのことを知っているのだろう。疑問に思ったのもつかの間、すぐに彼の人脈が広いことに思い至る。仕事のできるイケメン、爽やか、心優しい、社交的と三拍子も四拍子もそろっている彼だ。交流関係はもちろん広い。その中の誰かから聞いたのだろう。
なぜか國枝が申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんね。
俺がいれば、次長にとりなしてあげることもできたかもしれないのに……」
自分を責めるような発言に、累は大きく頭を振った。
「そんな、謝らないでください!
國枝さんはなにも悪くないのに。たぶん、私が悪いんですーー」
もともとは、木下さんに嫌われる原因を作ってしまった自分が悪いのだろうーー。
そう思うと余計に下がる頭に、國枝はためらうように小さく声を上げた。
「糸川さんさえよければ、でいいんだけど。今日の夕食、一緒に食べに行かない?」
「――へ!?」
サンドイッチのパン屑が間抜けに転がった。
予想だにしなかった言葉に目を点にしていると、國枝が照れたように笑みを浮かべる。
「相談にのらせて。
俺は君の助けになりたいんだ」
真剣な眼差しに、心を動かされた。先ほどまで味方がいないと思っていただけに、余計に國枝の言葉は嬉しかった。
コクン、と小さく累が頷くと、國枝は満面の笑みを浮かべた。
「よし!じゃ、帰り会社近くのコーヒーショップで待ち合わせよう。
お店は俺が押さえとくから」
「はい」
片手を上げ去る國枝に手を振り返す。
やっぱり爽やかだなー。
落ち込んでいた気分が少しだけ軽くなり、國枝のその様子に累は小さく笑みを浮かべた。
++++
少しばかり業務が伸びてしまった。
待ち合わせのコーヒーショップへ累は急いでいた。会社から待ち合わせ場所までは徒歩五分ほどで着く。
必要最低限のものだけ入れてあるショルダーバッグが軽快に揺れた。
ショップの目の前まで行くと、クールビズのために、シックな青のシャツを着ている國枝の姿を見つけた。累に気がつくと國枝は笑顔で手を振る。
「お待たせしましたっ。
業務が少しのびてしまって」
謝る累に、國枝は軽やかに笑った。
「仕事なんだ、仕様がないよ。
それに、俺もさっき来たばかりだから、そんなに待っていないよ」
気にしないでくれ、という國枝はいつにも増して爽やかに見えた。
外はこんなに暑いのに。
向こうの方で、どこかの会社のOLが國枝を見てきゃあきゃあと顔を赤くしているのが見える。そして、累を見て苦い顔をした。
視線に耐えられず目をそらす。
「どうかした?」
國枝はそのOLの姿が見えていないのか、累の様子に首をかしげる。
誘ってくれた相手を困らせるわけにはいかない。累は首を横に振った。
「いえ、なんでも」
「そう?じゃあ、行こうか」
國枝に促されるまま、二人で通りを歩く。
その間取り留めもない会話をし、目的のお店へ着いた。
「あ、いいお店――」
思わずそう呟く累に、國枝は「そうでしょ?」と笑った。
國枝のイメージ的に高級なホテルのレストランのような場所を想像していたけれど、そのお店はこじんまりとした落ち着いた雰囲気のお店だった。華やかさを見せびらかすのではなく、小さくても良いものを、そういった感じのお店だった。
木そのものの質感を大切にした、様々な木材で作られた内装。お店の隅には大きな本棚。優しいオレンジ色の照明が店内を照らしていた。オーガニック食品を扱うお店のようだ。
その店内の、窓際、角の席に案内される。
國枝がオススメだというメニューを二人で食べる。
温野菜と能登牛の料理だった。柔らかく甘みのある能登牛に、自然の野菜の甘さが調和する。
その旨味が、口の中いっぱいに広がった。
「おいしい、です!」
「それなら、良かった」
國枝は一つ笑みを浮かべてから、真剣な目で累を捉える。
「糸川さん、今日のこと聞いてもいいかな?」