10.事情聴取
「んっ、んんーー」
鬼原さんの隣にいる、まだ年若いーーおそらく累達と似た年齢のーー男性の刑事さんが喉を鳴らした。
会話に集中していて、存在を忘れていたことに気づく。
鬼原さんが「ああ、そうだ」と思い出したかのように机を叩いた。
「こっちはわたしのパートナーで新人の天沢 律。真面目でいい奴だよ。
ーーただ少し頭が固すぎるところはあるけどね」
「……鬼原さん。だからもう新人じゃありませんって言っているじゃないですか!」
「まぁまぁ」
「――まぁまぁ、って。なに自分が譲ってあげるみたいな……」
「――……」
二人の会話を、仲がいいんだなと黙って聞いている累に気づいたのか、天沢の顔が赤くなる。
誤魔化すように、一つ小さな咳をした。
「――コホンっ。
鬼原さんのパートナーで後輩の天沢 律といいます。よろしくお願いします」
「えっと。――鬼原さんにお世話になっている糸川累と言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
律儀な挨拶に、思わずこちらも頭を下げる。
すると意外なものでも見るような顔をされた。
「……鬼原さんが面倒を見ている方だと聞いていたので、どんな方だろうと思っていたんですけど。……意外と普通な感じですね」
「――天沢」
天沢の発言に、どういう意味だと鬼原が声をかける。天沢は再度小さく咳払いをした。
それ以上は追求せず、鬼原は「さて」と本題に入った。
「まだ混乱しているだろうが、先ほど見たことを話してもらってもいいかな?」
「……はい」
累はぎこちなく頷いた。
一通り話し終えると、天沢がメモをしていた手を止める。鬼原は一つ頷いた。
「……辛い思いをさせたね。話してくれてありがとう」
「いえ……」
「ほかに、なにか疑問を持ったり、おかしいと思ったことはなかったかな?」
「ほか、ですか……」
なぜか先ほど出会った青年の姿が脳裏に浮かんだ。
道言清人と名乗った不思議な青年。
「なにか、あったのか?」
「いえ。――なにも、なかったです」
食いつく鬼原に首を横に振る。ここで名前を出せば、彼を疑っているみたいだ。初対面でハンカチを拾ってくれた相手に、そんなことはできない。
――それに。
彼は初めて私の特性を理解してくれた。
そんな相手を疑いたくないーー。
累の言葉に鬼原は頷いた。
「そうか、わかった。
またなにか思い出したことや気付いたことがあれば、いつでも連絡を入れてくれ。
――人の機微に敏感な君の特性を期待しているんだ」
「そんな、私はただの一般人ですよ」
手を横に振る累に、鬼原はにっこりと微笑んだ。
「本当は君にも他の目撃者の事情聴取に参加してほしいくらいなんだがな」
「き、鬼原さん!?」
鬼原の言葉に今度は天沢が慌てて声を発した。
「一般人を捜査に加えようとするなんて、そんなのダメですよ」
「はははーー」
鬼原はただ笑って累を見ていた。
この特性を持っていてよかったことより、大変なことの方が多かった。
だから今更この力を使いたいとは思わない。この力で他人も自分も嫌な思いをして終わることがあるのを私は知っている。この力が嫌いだ。だからーー。
「ごめんなさい、できません」
きっぱりと断る累に鬼原は物言いたげな目をして、微笑んだ。
「そっか。残念。
――けれどね、これだけは覚えておいてほしい。
君の力に救われる人が絶対にいるんだってことを、ね」
「……」
鬼原の言葉に素直に頷くことができず、下を向いた。
今までこの性質ゆえに傷ついてきたことばかりだったから。
鬼原さんやっぱり私は、この力が嫌いですーー。
声には出さず、ただただ胸のうちに呟いた。