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9.思わぬ再会


「鬼原さん、あとは鑑識の人に任せて、

そろそろ目撃者の話を聞きに行きましょう」

「あ、ああ……」


 天沢の言葉に鬼原が曖昧に頷く。

歯切れの悪い鬼原に、天沢が首を傾げた。


「どうしたんですか?

ここに来る車内でも思ったんですけど、なんかおかしいですよ?

――いつも事件のときはもっと猪突猛進じゃないですか。目撃者への聞き込みだって現場見たら直行って感じの勢いなのに」


 今日はなんか腰が重いっていうかーー。と言いながら鬼原を伺う天沢に、苦笑する。

妙に鋭いところのある天沢に笑ってしまう。

――よく見ているな。

 警察官としては身につけといて損はない能力だ。後輩の成長への喜びとともに、今は苦々しいものを感じた。

 

「なにかあるんですか?」

「はぁーーー」


――しようがない、どうせバレるんだ。さきに軽く言っておくか。


 プライベートに関することは職場でも一切話さない鬼原は、重い口を開いた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++



「大丈夫か?ほら、飲みもんもらってきた」


 差し出された水滴が滴るペットボトルを手に取る。

冷たくて気持ちがいい。


「……ありがとう」


 自分も大丈夫ではないはずなのに、こちらを気遣ってくれる怜に感謝する。


「春香は?」

「あっちで警察の人に話聞かれてる。

あとで俺たちにも聞きに来ると思う」

「そっか……」


 先ほどまで取り乱していた春香だが、今は警察の人に対して話ができているらしい。

落ち着いたようでよかった、というのも変かもしれないけどーー。


 私達は本当に『華になった少女達事件』の現場を見てしまったのだ。

 今さら手が震えてくる。

 警察官が集まったことで、ようやくこれは現実に起こったことなのだという気がしてくる。今までは所詮TVの中だけの話で、自分たちの生活からはかけ離れている別世界の話だと思っていた。それがこんなに近くで事件が起きて、挙句目撃者になって初めて現実に起こっている事件なのだと認識する。

 これまでは知識として知っていただけだった。しかし今はその事件の渦中にいる。


 ぐっしょりと濡れた額が気持ち悪い。

冷たいペットボトルを握りしめる。カシャっ、と軽くプラスチックが潰れる音がした。



「糸川さんはいらっしゃいますか?」


 恰幅の良い中年体型の男性警察官が、神社の社務所にある広間に入ってくる。現在、社務所内には目撃者が集められていた。といっても、目撃者は第一発見者の中年男性と、神主、巫女、そして累等を入れた数人だ。

 怜が気遣うようにこちらを見てくる。「大丈夫」と怜に返して、持っていたペットボトルを椅子に置き立ち上がる。


「はい、私です」

「あなたが、糸川さんでお間違えないですか?」

「はい」

「では、こちらへお願いします」


 男性警察官が社務所の奥の一室を指し示す。その言葉に従い、扉の前に立つ。妙な緊張感に駆られた。扉のノブを掴み、躊躇する。

 その様子を見ていた中年の男性警察官が声をかけた。


「どうぞ、お入り下さい」

「は、はいーー」


 覚悟をきめてドアノブを回す。

中に入り扉を閉めて、やっと前方を見ると、そこには見知った顔があった。


「――き、鬼原さん!?」

「……やぁ」


 微妙な笑みを浮かべた鬼原さんが手を振っていた。


「鬼原さん、華になった少女達事件の担当だったんですね」

「まぁね。まさか仕事で君に会うとは思わなかったけれどね」


 そう言って鬼原が笑う。

とりあえず座るように促され、累は大人しく椅子に腰を下ろした。

 社務所内の簡素な一室で聞き取りが行われていた。室内には必要最低限のものしか置かれておらず、壁時計とデスク、椅子、他書類を入れるためのキャビネットが用意されているくらいだった。普段は倉庫代わりに使われているようだ。外の様子がわかる窓が一つ設けられており、境内の木々が見えた。

 デスクを挟み鬼原と累は向かい合うように腰を落ち着けている。


「――変わりないかな?」


 唐突に切り出された言葉に、自分達の生活に関してのことだと理解する。

 鬼原が保護者代わりになってくれた数年は一緒に暮らしていたが、累が社会人になるタイミングで楓とともに別の場所に引っ越したため現在の生活環境を鬼原は知らない。一緒に居てもいいと言われたが、負担になりたくなく引っ越したのだ。たまに連絡はとっているが、鬼原も仕事が忙しく詳しいことは話せていない。


「そうですね。――とくには。こっちは大丈夫です」


 楓とのことやストーカーのことが浮かんだが、すぐに頭の片隅に追いやる。


(負担をかけない、って決めたんだから)


 心細さに話してしまいそうになる自分を叱咤する。


「なにかあったらすぐに言いなさい。

――君達は先輩の大切な忘れ形見なんだから」

「はい。――ありがとう、鬼原さん」


 先輩とは累の父を指している。本当に、鬼原さんは先輩である父のことを慕っていたからーー。

 父のお葬式の時だって、家族を除けば一番泣いていたのは鬼原さんだった。


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