状況を確認しよう!
重そうな樫の木のドアを閉めて閂を内側から掛ける。
瞬間、急に脚の力が抜けてその場にへたり込んだ。
酸素が足りていなくて肩で大きく息をする。
冷えた汗が背中を伝ってようやく少し冷静になった気がする。
私、すごくまずいんじゃ…
おもいっきり第一王子にラリアットを決めてしまった。しかも気絶するくらい…
普通に考えたら女の力で男が気絶するくらいの力で殴れるとは思えないんだけど、この体は普通では無かった。
この世界は貴族であれば大なり小なり魔法が使えるという設定である。
魔法は光・闇・火・風・水・土の6種の属性があり、そのどれかの属性の魔法しか使えない。
この中で光魔法と闇魔法は王族か王族の血を引く者にしか現れず、直系の王族だからといって必ずしも現れるわけではなく非常に希少性が高く、重宝される。
因みに第一王子は光属性、第二王子と悪役令嬢は闇属性の魔力を持っている。
ほとんどの貴族は火・風・水・土のどれかの属性である。
この体、ヒロインミモザは平民ながら風属性の魔法が使えたため特例として魔法の使い方を学ぶ王立学園に入学できた。
まれに平民でも魔法が使えるものが生まれるが、貴族の落胤でもない限り1世代に1〜2人といったところである。
ミモザは両親とも健在で生粋の平民であるため非常に珍しい存在である。
ただし、ヒロインらしく、ミモザには隠された能力があることが入学後判明する。
入学後の魔力のチェックで、第二の属性として聖魔法が使えることが分かったのだ。
聖魔法の持ち主は100年に1人しか生まれず、然るべき修行を終えた後、教会から聖者・聖女と認定される。
魔法を使える者は貴族からしか出ないが、この聖魔法だけは平民からしか持ち主が現れないとされている。
聖魔法が特別視される理由は2つあり、1つは特定の誰かの魔力や自然治癒力、体力といったものを爆発的に高めることができることだ。ライターの火程度の火力をダイナマイトレベルにしたり、傷をあっという間に治したりすることができる。
もう1つは光魔法の使える王族に対しても発動できることである。
光魔法は他の魔法を無効化することができる。歴代の王に光属性の者が多いのはそのためだ。
しかし、聖魔法だけは光属性の相手にも発動させることができる。
過去にも王に聖者・聖女が従い、王に補助魔法をかけ力を増幅させ、国を発展させたという。
話を戻すと、混乱を極めていたあの一瞬に私は自分の体に聖魔法をかけてしまい、小娘の体力ながら大の男を一発で気絶させるようなラリアットをかましてしまったわけだ。
さらにその後も重たいドレスで、いくら隣といっても王城から5キロはある学園の寮まで全力失踪できたのもそれが理由だ。
悪役令嬢転生ものなのに、変なところでヒロインチートあるのやめてほしい…使い所が分からないじゃないか…
ただし、悪役令嬢転生ものらしく、実はこのヒロインは聖魔法属性があるのにも関わらず未だ聖女認定されていない。
第一王子とのイチャラブや、全然ヒロインに興味を示さない他の攻略対象にコナをかけるのに必死で、教会が求める修練をサボりまくった結果、教会から見捨てられ、どんなに第一王子が教会に圧力をかけても聖女認定はおりていない。
もちろん訓練していないので本来の聖女よりも使える聖魔法は小さい。
その結果、元ネタとされるゲームでは卒業前に聖女認定されているのにも関わらず、この悪役令嬢転生小説の中のヒロインはダメヒロインまっしぐらだったのである。
本来聖女であれば王族に継ぐ地位が保障され、公爵令嬢なんて目じゃないはずなのだ。
まあ、逆にちゃんと修練をして聖魔法を鍛えていたら、ラリアットをくらった王子の首と胴体が繋がってなかった可能性もあるけど。
息が整ってきて部屋全体を見回す。
8畳位の広さに、焦茶色の木に簡単な花の彫刻が施してあるカントリー調のベッドや机が置いてある。壁紙はベージュ地にピンクの小花柄で、エンジ色のカーペットが全体に敷かれている。
ミモザにとって見慣れた景色ではあるが、奇抜ではなく清潔感もあって、元日本人の感覚からも違和感のない広さとインテリアにほっとする。
立ち上がって机に近寄り、机上のランプに手をかざして光を灯す。
この世界の家電的なものは全て魔石を動力としている魔道具である。魔石は鉱山から取ることができ、魔力のない平民でも使うことができる。
とりあえず、記憶をまとめて、状況を整理しよう。
机の一番上の引き出しから使っていないノートと鉛筆を取り出した。
机にセットされているウィンザー調の椅子の背を引き、腰掛けて一息つく。
今の私の中には佐々木小春としての15才までの記憶と、平民ヒロインミモザとしての今までの記憶両方がある。
今のメンタリティとしては佐々木小春の方が強いように感じる。
もちろん、ミモザとしての思い出もあり、その時々にどのように感じたり考えてたりしたかも思い出せるのだが、超絶美人の公爵令嬢にマウントをとったり、イケメンにボディタッチをはかりながらアプローチしたりと、なぜその時にそんな行動がとれたのか、その行動力が今では信じられない。
陰キャオタクとして彼氏も作らず、クラスの一軍とも関わらず、清く慎ましく生きてきた身としては、そんな心臓に剛毛がもさもさ生えたような行動が今では全くできる気がしない。
ため息をついて、ノートの一枚目をめくり、鉛筆を手にとった。