断罪劇を回避しよう!
どうしよう。
まずい、やばい。
自分の心臓の音がやけに大きく響く。
「私、リエト…
どうしよう、王子、喋り始めちゃった!
「ユーグラシアは…
むりむり、意味わかんない。
何とか断罪を回避しないと!!
今から無かったことにできる?
「公爵令嬢、ローザス…
どうしよう、とにかく止めないと!
「アインベルトとの婚約を…
「ちょっとストーップ!!!!」
思わず力の限り叫んでしまった。
何とか止まったけど、何も考えてなかった。
隣の第一王子も、正面の悪役令嬢も、シスコン弟も鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてこちらを見ている。
3人ともカラフルな色の澄んだ瞳で、さすが2次元の世界はビジュアルがきれいだなーと関係のない事を考えてしまった。
水を打ったように静まり返るフロアのなか、第一王子がハッとした顔をして沈黙を破った。
「すまなかった、ミモザ。」
「は?」
突然王子が謝ってきて混乱する。
「ミモザはローザスをとても怖がっていただろう?」
「えっ、いや…」
何言ってんのこの王子?
急に第一王子が私の頬にするりと手を添えてきて、ぞわっと首すじを冷たいものが走る。
「ひっ」
私、3Dの男性への免疫ないんですけど!
「こんなに顔を青ざめさせて…ローザスの前に連れてくるなどと、無理をさせてしまったようだ。」
いえ、あなたの方が無理です。
第一王子の手から離れたくて一歩後ずさる。
「私の配慮が足りなくて済まなかったな、ミモザ。」
それよりも人の顔を勝手に触らないよう配慮して下さい。
「こんなにミモザがおびえるなんて。ローザス、おまえはどれだけ悪虐非道な行いをしてきたというのだ!」
王子は私から目線を外して悪役令嬢を睨みつける。
いや、勘違いですよ!王子!
「え、待って、ちがっ…」
「改めてここに宣言する!私、リエト・ユーグラシアは…
「ちょっと、待ってください!」
どうしよう、せっかく止まったのにまた断罪が再開しちゃった…
「公爵令嬢、
「待って!!」
「ローザス・アインベルトとの
「だから待ってって!」
「婚約を…
「待てって言ってんでしょー!!!!!!」
『バキィ』
上半身を右に捻らせながら、フックにした左腕を王子の首元めがけて振り抜いた。
この世界の人は知らんかも知れないけど、まあ、いわゆるラリアットだ。
いい音がした瞬間王子の体が1メートルほど後ろに飛び、そのまま仰向けに落ちていく。落ちる様がひどくスローモーションのように感じた。
左腕が王子に当たる瞬間に一瞬湖畔のような澄んだ瞳と目があったような気がしなくもない…
同時に、「小春はひとりっ子だからか焦ると口よりも手が出るタイプだから、学校では気をつけなさい」と母の言っていた言葉が耳に蘇る。
お母さん、私、学校では手を出さなかったよ…学校ではね…
ばったーんと、景気のいい音がして王子が仰向けに床に倒れた。
相変わらずホールは静まり返り、誰も身動きできない。
倒れた王子は起き上がる様子もなく、口の端に泡が見えている。
あ、これはこれであかんやつでは?転生ものでは不敬罪とか定番だったよね?
もう、これはにげるしかない!!
「あの!私!お腹が痛いので!トイレに行ってきます!」
こんなときでも、いつも先生に怒られそうになった時に逃げる時の言葉しか出てこない。JCの語彙力の少なさなめんな!
走りにくそうなハイヒールを脱ぎ捨て、両手でやたらボリューミーなスカートを持ち上げて出入り口目指して猛ダッシュする。
みんな呆気に取られた顔をしてこちらを見るだけで、誰も止めてこない。
会場を出ると、私の脚は一目散に王城の隣にある学園の敷地を目指して駆けていく。平民のミモザは学園の敷地内にある寮に住んでいるのだ。
とりあえず逃げたい、そして1人で頭を整理したい。
その想いだけで月明かりと王城から漏れる光を頼りに暗い道の中、懸命に両足を動かし続けた。