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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
最終章:その選択肢の答えは最初から決まっている
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第74話:好きな人がくれたもの

 その日、生徒会室に行くと歪な形のクッキーが振る舞われていた。

 ……これは知っているヤツだ。

 過去の世界で一ノ瀬が中森(なかもり)に作ってきた物の試作品である。


「少し、粉っぽいかな」


 お前、自分で作れないのに人の作ったものに文句を言うなよな!

 などと、昔の俺なら食って掛かっていたところだ。

 でも、中森(なかもり)の言い分は決して間違っているわけではない。


「あああああ!」

 だから、黙ってこめかみを両こぶしでぐりぐりしてやった。


「何をする!?」

「いや、何となく」

 食ってかかる中森に取り合っている暇はない。

 机の上に広げられたクッキーを1枚拾い上げて口に運ぶ。


「ん、美味しい」

 当たり前のように、素直な気持ちでそう言った。


「本当!?」

 一ノ瀬が目を輝かせてこっちを見ている。

 ああ……、可愛いなあ。


「上手く出来てるか心配だったんだけど……」

「ほんのりと甘く、ちゃんとバターの風味も残っている。

 いい匂いもするし、美味しいよ。俺は好きだな、この味」

 そう言って2枚目も頂いた。


 それにしても、時期が大分ズレたな。

 過去の世界では新学期が始まってすぐだったはずだ。


「良かったー、もっと食べて良いよ?」

 胸を撫でおろして、ほっとした様子の一ノ瀬。駄目だ、可愛い。


「んっ……」

 我慢できずに一ノ瀬の頭を撫でてしまった。

 先日の一件以来、俺は少しおかしくなっている。

 気持ちに歯止めが効かないというか……。

 今まで以上に、彼女の事を愛おしく感じる。


梨香(りか)先輩、嬉しそうですね」

 麻美(あさみ)ちゃんの言う通り、一ノ瀬は嬉しそうな顔をしていた。


「高木君も凄く嬉しそうだね」

「それは、まあ……」

 奈津季(なつき)さんに突っ込まれて少したじろいでしまった。

 今では至って普通に話が出来るようになっている。


 あの後、俺は奈津季さんにちゃんと話をした――。



「ごめん、俺、やっぱり一ノ瀬のことが好きだ。

 どうしても自分を変えられないと思う。

 奈津季さんを傷つけたくないから、中途半端なことは出来ない」

 俺は、正直な気持ちを伝えた。


 たとえ一ノ瀬が付き合ってくれなくても、構わない。

 俺は、アイツのことを好きでいたい。


「いいよ、高木君。気にしないで、私はわかってたから。

 ずっと見てたんだよ、ふたりのこと。だから……」

 奈津季さんは俺が思っていた以上に、本気だったのだろう。

 涙を流す彼女を抱きしめた。


 いつだったか、思い切り逆の立場だったことを思い出す。

 あの時は完全に奈津季さんに甘えていた。

 俺も少しは大人になれたのかな。


「ごめん、奈津季さん。こういうの、逆に辛いかもしれない。

 けど、俺はこうしてもらえて嬉しかったから、同じようにするよ」

「うん、しばらくこうしてて。お願い」


 この時、一ノ瀬も一緒だった。本来なら俺ひとりで話すべきだろう。

 でも「私も一緒に行く」と言った。

 アイツはこういう張り詰めた空気が苦手なはずだ。少し驚いた。


「ありがとう、高木君」

「その……、もし嫌だったら俺はもう生徒会室に来ないよ。

 一ノ瀬と離れる以外の出来ることは全部するから何でも言って」

 奈津季さんの頭を撫でながら話をした。一ノ瀬も黙って見ていてくれる。


「止めてよ! 変に気を使われる方が嫌。今まで通りにして欲しい」

 奈津季さんは俺の胸の中で話を続ける。


「わかった、そうするよ。でも辛くなったらいつでも言ってね」

「安心して、高木君。私は君みたいに辛抱強くないから。

 すぐに忘れてあげるよ。その時になって後悔しても遅いからね」

 奈津季さん、意外と芯が強いんだな。素直に格好良いと思った。


「女の子はね、切替早いんだから!」

 そう言って、俺の腕からすり抜ける。


「はい、梨香(りか)ちゃん。返す。大事にしてあげてよ」

 いや、なんか完全に物扱いなんですけど。


「大事にしてるもん!」

 一ノ瀬? お前がそんな風に言うとは思わなかった。


「だそうですよ、高木君?」

「あー……、なんかごめん」

 これでは完全に俺が悪者だ。


「なっちゃああああん!」

 そう言って一ノ瀬は奈津季さんに抱き着いた。

 何でお前が泣きそうになっているんだ。


「あー、はいはい。梨香ちゃん、もういいから」

 そういって一ノ瀬を抱きしめる奈津季さん。

 うーん、尊い絵だ。一ノ瀬なりに奈津季さんを心配していたのかな。


 普通なら、これって三角関係というヤツになるのだろう。

 けど、俺たちは全くと言っていいほど、嫌な感じにはならなかった。


「ごめんね、梨香ちゃん」

「なっちゃんは悪くない! 全部、高木くんのせいだから!」

 あまり、反論は出来ないな。

 結局、俺は奈津季さんに対して中途半端な態度をとってしまったのだから。


「そうだね、高木君が全部悪い!」

「ごめんなさい……」

 俺は謝ることしか出来なかった。


「ふふふ、じゃあ、この話はこれでお終い!」

 奈津季さんは吹っ切れたようにそう言った。


 うん、これはもう、完全に脈がなくなったな。

 そう思えるような、綺麗な笑顔だった――。



 あれから、俺たちは本当に今まで通りだ。

 何も無かったかのように振る舞う奈津季さんのことが時々心配になる。

 けど、きっとそれは余計なお世話なのだろう。


 俺が奈津季さんの立場だったら、同情のようなものは要らない。

 変に気を使われる方が、かえって辛いと思う。

 現に、俺は一ノ瀬にそれを望み続けているのだ。


「じゃあ、部活に行ってきます」

 そう言って生徒会室を後にする。


 日々はすっかりと平穏を取り戻していた。

 俺は昨日と変わらない今日が好きだ。

 それが明日も続いていくと思えるのはとても幸せなことだと思う。

 

 これを退屈と呼ぶ人もいるだろう。

 その感性を否定するつもりはない。

 でも、俺は悲しまないで済む日々がそんなに長く続かないことを知っている。


 ボールが見えなくなるまでコートを走り回ったら、俺は生徒会室に向かった。

 今日は一ノ瀬と待ち合わせをしている。こんなに嬉しい事はない。


「お待たせー」

「あ、おかえりー、高木くん」

 一ノ瀬は椅子に座って漫画本を読んでいた。


 しかし……、その挨拶はどうなんだ? 

 まるでお前の傍にいるのが当たり前みたいじゃないか。

 ちょっとドキドキするから止めてくれ。


「他の皆はもう帰っちゃったの?」

「うん、この時期はそんなに忙しくないしね」

 確かに、今はイベントが無いのでゆとりがある時期だ。


「待たせてごめんな」

「うん、いーよ、気にしないで」

 一ノ瀬は優しく笑ってくれた。やっぱり可愛いな……。


 本当は部活を休むつもりだった。

 でも、一ノ瀬は終わるまで待つと言ってくれたんだ。

 やはり以前よりも優しくなったように思う。

 最近は俺もその優しさに素直に甘えるようになっていた。


「はい、これ」

 漫画本を閉じた一ノ瀬は鞄から紙袋を取り出す。

 ……見覚えがある。過去に貰ったのと同じだ。

 予想通り、中身はチョコチップクッキーだった。


「高木くんの為にわざわざ作ってあげたんだからね!」

「あ、ありがとう」

 俺の為に作った、だと? その言葉に動揺した。嬉しすぎる。


 ただ、ひとつ気になる点があった。包んであった袋も中身も過去と同じ。

 あの時、一ノ瀬は「失敗作」と言っていた。


 ……そうじゃなかったんだな。きっと中森に渡せなかったのだろう。

 美味しいと言ってもらえないかも知れない。

 そう思って引っ込めてしまった。

 そして、それを捨てるぐらいならと俺にくれたのだろう。


 俺と接している時の一ノ瀬は傍若無人で我儘放題だ。

 でも、意外と健気な一面があることは知っていた。


 だから包みを開けてすぐに食べる。味はきっと、あの頃と変わらないだろう。

 けれど、凄く甘く感じた。


「凄く美味しいよ、ありがとう、一ノ瀬」

「えへへー、感謝してよね!」

 嬉しそうに笑う姿がたまらなく愛おしい。


「じゃあ、これはお返し」

 そう言って俺は鞄からチョコレートを出す。

「わー! 生チョコだ! どうしたの?」

 嬉しそうな反応にほっとする。


 一ノ瀬好みのビターなヤツをお取り寄せしたのだ。

 出会ってから、かなりの時間が経った。

 少しぐらい高価なものを贈っても大丈夫だろう。


「今日はバレンタインデーだからな」

「いや、だから何で高木くんが用意してるのよ?」

 俺はいつだって一ノ瀬を喜ばせたい。

 だから、理由があればいつだって贈り物をするのだ。


「一ノ瀬が喜んでくれるかなーって思って……」

「いや、嬉しいけどさ、普通はホワイトデーじゃない?」

 バレンタインデーに何か貰えるなんて思ってなかったんだよ。

 これを言ったら何故か怒られそうな気がした。


「なあ、一ノ瀬。俺の事、少しは好きか?」

「知らないよ!」

 即座に否定された。軽く泣きそうになる。


「そっか、でも俺は、お前のことが好きだよ」

「うん、それは知ってる!」

 何でそんなにそっけないかなあ。せっかく、心を込めて言っているのに。


「だからね、高木くんに作ってあげたんだよ。嬉しい?」

 そんな顔でこっちを見ないで欲しい。答えはわかっているんだろ。

「嬉しいよ、ありがとう、一ノ瀬」

 こう言うと笑うんだな、お前は。


「よし、じゃあ帰るか」

「そうだね!」

 すでに外は真っ暗だった。生徒会室の電気を消して施錠する。


 昇降口の手前で手を出した。そこに一ノ瀬の鞄がかかる。

 俺はそれを左手に持つ。靴を履き替えている間は隣に立った。

 俺の肩に掴まって靴を履き替える一ノ瀬を黙って見守る。

 一ノ瀬がマフラーを巻いて手袋をつける間に、俺は自分の靴を履き替えた。


 そうして、ふたり一緒に昇降口から外に出る。


「寒ーい!」

 外に出ると相変わらず、寒い。完全に真冬の空気だ。

 口元まですっぽり覆っているマフラー姿の一ノ瀬がたまらない。


 寒さに悲鳴を上げる彼女の前に右腕を差し出した。

 当たり前のようにその腕を抱きしめる一ノ瀬。

 ゆっくりと歩きだして、隣を見ると笑顔が返ってくる。

 ああ、やっぱり可愛い……。


 一ノ瀬がくれたチョコチップクッキーは本当に嬉しかった。

 中森の為に作られたクッキーと俺の為に作られたクッキー。

 味はきっと変わらない。

 けれど、俺の為に作ってくれた物は、凄く特別なもので……。

 涙が出る程、嬉しい気持ちになった。


 それに加えて、この笑顔だ。俺はいつも、彼女にたくさんのものを貰っている。

 笑って隣に居てくれる、この時間もそのひとつ。

 彼女がくれる、とても優しくて嬉しい贈り物だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに最終章! 終わりが見えてきた寂しさと最後までちゃんと読める安心感が同居しています 奈津季さんやっぱり可愛くてかっこいい人だなぁ フラれてもこれまで通りにしてほしいって言えるのがすごく…
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