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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第6章:偽れない本当の気持ち
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第73話:考えた気持ちと心の声(後編)

「お待たせ、高木くん!」

 生徒会室で悶々としていた俺に、その声は突然響いた。

 

「い、一ノ瀬!? どうやって入ってきた? 鈴の音は聞こえなかったぞ!」

 心臓に悪い。少し待ってくれ、今、頭の中がごちゃごちゃなんだ。


「ゆっくり扉を開けて、鈴を手で押さえれば鳴らないんだよ」

「なぜ、そんな手の込んだことをする?」

 あいかわらず、行動の理由が分からない。


「えへへ、ちょっと驚かせようと思って。何か考え事してた?」

「あ、ああ……」

 いつもの無邪気な笑顔だ。可愛いな、即座にそう思った。


 まるで逆らえない自分が悔しい。

 さっきまで考えていたことが吹き飛びそうになっている。

 考えと裏腹に、心が嬉しいと訴えていた。


「生徒会室、寒いねえ……。もう高木くんしか居ないの?」

「ああ、うん、そうだよ。さっきまで奈津季(なつき)さんがいたけど」

 一ノ瀬は身体を両手で擦りながら近寄って来た。 

 距離が縮まるほど、思考よりも感情が強くなる。


「えー! 何で先に帰しちゃうのさ。一緒に帰れば良かったのに」

「それなんだけどな……」


 さっきまでの話をするべきか、しても良いのか、考えた。

 でも、一ノ瀬に話をせずに先に進むなんてあり得ない。


「奈津季さんに告白されたんだ」

「えっ!? そうなんだ……」

 一ノ瀬は一瞬、驚いただけだった。


「そっか、それで高木くん、ちょっと変なんだね」

 取り乱した様子もない。至って冷静な、いつもの彼女だ。


「お前、もしかして知ってたのか?」

「うん、何となく、そうなんじゃないかなって思ってた」

 やはり、一ノ瀬はちゃんと考えているんだな。


「それで、高木くんはどうするの?」

「どうするって……」

 一ノ瀬の表情からは何も読み取れない。

 寂しいとか、思わないのか?

 お前が少しでもそう思ってくれるのなら、俺は……。


「いいんだよ、私は別に。相手はなっちゃんだし、仕方ないって思う」

 一ノ瀬はあっさりとそう答えた。

 このところ、少しは俺のことを大事に思っているのかなって感じてたけど。

 やっぱり勘違いか。そうだよな、お前は別に、俺が居なくなっても……。

 そうやって平気で居られるんだ。


 だから俺は、奈津季さんと付き合うべきだろう。


 そう思い至った瞬間に胸の奥が張り裂けそうになった。

 涙が溢れて止まらなくなる。これは……駄目なヤツだ。

 我慢なんて、できそうにない。


 何でこんなに……思い通りにならないんだろう。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。俺は今、何を考えているんだろう。

 何を思って、何を感じているんだ。何もわからなくなりそうだった。


「ごめん、高木くん、そういう意味じゃないの!」

 その瞬間、全身を暖かいものが覆う。

 これは……抱きしめられている?

 甘くて、優しい香りがした。一ノ瀬の匂いだ。


「私だって、嫌だよ。高木くんが居なくなったら嫌だ」

 一ノ瀬は目一杯の力で抱き着いていた。


「でも、なっちゃんに嫌な思いして欲しくないんだもん。

 だから……高木くんがそうしたいならって思って。

 でも、ごめんね。だから、お願い。そんな顔しないでよ」

 慌てたように話す一ノ瀬の声が耳元で聴こえる。


 俺は一ノ瀬のことを忘れたい。そして、好きじゃなくなりたい。

 そうすれば……、誰も傷つかずに済む。

 自分を責めたり、苦しんだりしなくて済むんだ。


 だから、奈津季さんと付き合って、一ノ瀬のことを忘れる。

 そういう結論になったはずなのに……。


「俺は、お前の事が好きだ」

 心が勝手に言葉を紡いだ。


 その言葉に反応して、一ノ瀬の締め付けが強くなる。

 本当に力いっぱいだ。身体の温もりが伝わってきた。

 死ぬほど寒い生徒会室が、暖かくなった。


 ごちゃごちゃしていた頭の中が、シンプルになる。

 胸の奥の感情はたったひとつになっていた。


「一ノ瀬。これさ……、お前のことしか考えられなくなっちゃうんだけど?」

「いいよ、高木くん。それでいいんだよ」

 一ノ瀬は優しい声でそう言った。


「だから、私のことだけ、考えて」

 耳元で、心地よい声が響く。


 その瞬間、世界が壊れるような錯覚を覚えた。

 地面が割れて、粉々になって一緒に落ちていく。


 そして、心の奥で何かが姿を現した。

 ずっと狭い箱の中に閉じ込めて、見ないようにしてきた想い。

 これはもう、呪いだ。醜く歪んだ、怨念のような願い。

 とても人に向けていい感情じゃない。


 何かがズタズタに引き裂かれて、貼り付けにされている。

 突き刺さっている杭は自ら打ち込んだものだ。

 絶対に解放してはいけない。

 こんなものを受け止めてくれる存在なんか、この世界に無いんだ。

 引き裂いても滅ぼせないのであれば、封じ込める以外にないだろう。


 ……でも、一ノ瀬は「いいよ」って言ってくれた。

 だから俺は、無数に打ちつけられている杭の1本を引き抜く。

 分っている、ほんの少しだけだ。許していいのは全部じゃない。


「んっ!」

 俺は一ノ瀬を抱きしめた。力加減は覚えているつもりだった。


「大丈夫? 苦しくないか?」

 一ノ瀬が漏らした声に少し不安を感じて少しだけ力を緩める。


「高木くん……?」

「ごめんな、一ノ瀬……」

 強く抱きしめたせいでさらに身体が密着する。

 逆に、一ノ瀬は力を緩めて俺の背中を撫でてくれた。


「謝らないで」

 優しい声だった。背中に回された手が俺の頭を撫でる。


「愛してる。俺はお前のこと、そう思っているんだ」

 心の声が溢れだして、止まらない。


「本当は、お前のことだけをずっと好きでいたい」

「うん、いいよ、ずっと好きでいて」

 理性を通さないむき出しの想いを、一ノ瀬は受け止めてくれた。


「お前のことを忘れたくない!」

「うん、私のこと、忘れないで」

 俺の心は、悲鳴を上げているようだった。

 俺自身は未だに肯定できない想いを、一ノ瀬が肯定する。


「好きだよ、一ノ瀬。お前の事が好きなんだ……」

「ありがとう、高木くん。嬉しいよ」

 一ノ瀬の声はひたすらに優しい。


 それからしばらくの間、俺は一ノ瀬を抱きしめていた。

 今日は殊更に寒い日だ。窓の外は今でも雪が降っているだろう。

 けど、とても暖かい。


 一ノ瀬は黙って俺の背中を撫でてくれる。


 やり直しの世界で過ごした日々は俺を確実に癒してくれた。

 凍てついた世界は姿を変えている。

 乾ききっていた胸の奥は暖かいもので満たされていた。


 それでも涙が止まらない。


 この胸の奥にある本当の気持ちは、もう偽れないよ。

 俺はただ、自分の中にあるこの想いを肯定したかっただけだ。

 一ノ瀬のことを、好きでいても良い、と。

 ただ、それだけを許して欲しかった――。



「ごめん、高木くん、ちょっと……」

 一ノ瀬がそう言ったので慌てて力を緩めた。


「あの、ごめんね、ちょっとだけ待ってて!」

 そう言って一ノ瀬は生徒会室を出て行った。


 少し、やりすぎてしまったかもしれない。

 冷たい部屋の空気が冷静さを取り戻してくれる。


 涙を流し過ぎて鼻水が溜まっていた。全く、恰好がつかないな。

 ちり紙で鼻をかんで、帰り支度をする。


 一ノ瀬が一度、距離を取ったのはこういうことだろう。


 そろそろ、冷静になりなさい、と。

 いつまでもああしているわけにはいかないからな。

 何かきっかけが必要だ。


 きつく抱きしめたせいで、身体から一ノ瀬の匂いがした。

 何だか、申し訳ないことをしてしまったな。

 俺はいつもアイツに慰めてもらっている。

 どうすれば、あの優しさにお返し出来るのだろうか。


 それにはきっと、一ノ瀬が俺を好きになってくれるしかない。


 結局、何も出来ない。悔しいな。こんなに優しさを貰っているのに。


 ――バタン!


 鈴の音を打ち消すような大きな音とともに一ノ瀬が帰ってきた。

 何故か息を切らせている。お前、何をやっていたんだ?


「はい、お待たせ!」

 そう言って両腕を開く。


「ん? どうした?」

「さっきの続き!」

 そう言われて、一気に頭の中が熱くなる。


 ああ、俺はお前のそんなところ、本当に好きだよ。

 もう一度抱きしめたら、俺はたぶん……。


「ああ、そうか、花を摘みに行ってきたのか」

「言わないでよ!」


 ――ドスン!


 見事なボディーブローだった。


「で、どうするの?」

 帰り支度を終えた俺のすぐ隣に立ってそう聞いてくる。


「もう一回やったら我慢できなくなるから、帰ろう」

 そう言って、一ノ瀬の頭を撫でた。


「えー、いいの?」

「良くない。けど、俺はお前を大事にしたいんだ」

 こんなことを続けたら、気持ちが抑えられなくなってしまう。

 そして、それはいつかお前を押しつぶすだろう。


「まあ……、いいけど。じゃあ、帰ろうか」

 そう言って、ふたりで生徒会室を後にする。


 鍵を閉めて、靴を履き替えて昇降口を出ると美しい銀世界が待っていた。


「わー、凄い降っているね」

「綺麗だなー」

 しんしんと降り続ける雪はどこまでも世界を白く染め上げていく。

 街灯の灯りに照らされた雪はとても美しく感じた。


「私は寒いし、歩きにくいし濡れるから嫌いだけどね」

「お前は雪国の人か」

 やっぱり価値観が違うようだ。


 傘は1本だけ差すことにした。

 肩を並べて歩くにはこの方が都合が良い。


「ねえねえ、さっきさ。私の匂いがするなーって思ってたでしょ?」

「何故それを知っている?」

 思いっきり見透かされてしまった。


「うわっ、思ってたんだ! 変態! 気持ち悪っ!」

「お前が言ったんだろ」

 まったくもって、酷いヤツだ。

 それにしても、よく気が付いたな。

 ……ん? もしかしてコイツ。


「なあ、一ノ瀬。お前、もしかして。

 自分の身体から俺の匂いがするって思ってたのか?」

「なっ! そんなことあるわけないでしょ!」

 言って、真っ赤になる一ノ瀬。

 お前……、そんな表情をすることもあるんだな。


 結局、同じことを考えていたのかもしれない。

 価値観は違うけど、なんだか思考回路が似てきた気がする。


 一ノ瀬は誤魔化すように、ガシッと俺の右腕を掴んできた。


「えへへー、どう? 嬉しい?」

「嬉しいに決まっているだろ」

 そう答えると、一ノ瀬も嬉しそうに笑った。


「それにしても、男の子って凄いねー。あんなにきつく抱きしめられるんだ。

 私の力じゃ全然足りなかったなあ」

「ごめん、苦しくなかったか?」


「ん! 大丈夫。むしろちょっと好きかも」

 そうだったのか。しかしその発言は問題がある気がする……。


「今度やっくんにやってもらおうかな」

「な!? 誰だそれ!」

 俺の知らない間に彼氏でも作ったのか!?


「うわー、その反応引くわー。弟だよ」

「なんだその姉ハラは。いいよ、俺がいつでも抱きしめてやる」

 むしろ今すぐ抱きしめたい。


「えー、高木くんは下心が丸出しだからなあ……」

「それは否定しないけどな」

 流石に、今は無理だ。一ノ瀬のことで頭がいっぱいになっている。


「うわっ、開き直った。最悪の変態だ!」

「何でも良いよ、俺はお前が大好きだ」

 ついさっきまで、あんなにごちゃごちゃ考えていたのにな。

 ものすごく、馬鹿になっている気がする。


「なっちゃんにはなんて返事するの……?」

「さっき言った通りに言う」

 正直な気持ちを言うしかない。

 それ以外の言葉はただの誤魔化しだ。


 たとえ、誰かを傷つけてしまうとしても。

 俺は、一ノ瀬のことが好きだ。

 好きでいたい、ただそう思う。


「辛かったら、言ってね」

 どうして、一ノ瀬は俺の考えていることがわかるのだろう。

 心配そうに俺を見てくれる一ノ瀬が愛おしい。


 愛してくれなくても構わないんだ。

 ただ、一ノ瀬のことを好きでいたい。

 もう無理にこの気持ちを消そうとするのは止めよう。

 頭で考えたことは心には勝てない。それを思い知った。


 どんなに頑張っても忘れられないというのなら。

 もう開き直るしかないじゃないか。


 俺はどうあっても、目の前にいる一人の人間、一ノ瀬 梨香が好きなんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 高木君に感情移入し過ぎて涙が出た… 好きとも嫌いとも言ってくれない残酷さよ… 振らないところが一ノ瀬のズルいところよね… 果たしてこの恋は報われるのか…
[一言] 一ノ瀬から、私も好き、とは言ってもらえないのですね。 拒絶しないけど、恋人にはなってくれない。ずるい。 キスやそれ以上を求めたら、一ノ瀬は、どうするのでしょうか。
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