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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第6章:偽れない本当の気持ち
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第71話:テーブルマナーは難しくない

 2学期の球技大会が終わった後。

 俺はいつものように一ノ瀬にお願いをしていた。

 冬休みに一度も会えないのは寂しいのだ。


「クリスマス、一緒に過ごしたいんだけど……」

 これは流石に無理な相談かな。家族でのパーティーもあるかもしれない。


「えー、なんか嫌だ!」

「なんかって何だよ……?」

 もはや断るのに理由はないのか?

 でもまあ、普通に彼氏でもない男と一緒に過ごしたくないというのはわかる。


「ごめんな、嫌なら仕方ない……」

 毎回毎回、強引に誘うのも悪い気がした。たまには大人しく引き下がるか。

 クリスマス、やはり俺には縁がないイベントだったか。


「もう、嘘だよ。急に潔くならないで!」

 そう言って俺の袖を掴む。良かった……。

 でも、そんな嘘は誰も得をしない。出来れば言わないで欲しいところだ。

 相変わらず、一ノ瀬の考えていることはよくわからない。


「24日と25日、どっちが良い?」

「じゃあ、24日かな!」

 ……クリスマスイブ、だと? これは凄く嬉しいぞ。

 一緒に過ごすなんて恋人同士みたいじゃないか。

 自ら誘ったのに夢のようなシチュエーションを想像して胸が高鳴る。


 何せ、俺は過去、一度もまともにクリスマスを過ごしたことが無い。

 せいぜいコンビニでチキンの唐揚げを買って安いワインを飲むぐらいだ。

 一緒に暮らしていた時も、アイツは大学のパーティーに行っていた。

 好きな人と過ごすクリスマス……、人生で初めての経験だ。


「何する予定なの?」

「ちゃんとした夕飯を一緒に食べたいんだけど、どう?」

 一度、やってみたかったんだ。

 しかし、今の一ノ瀬が受け入れてくれるかどうか……。


「別にいいけど……もしかして、高いお店とか?」

「いや、高くはない。ただ、お洒落はしてきて欲しいかな」

 嘘は言っていない。考えているお店はそこまで高くはないのだ。

 ただし、それは社会人の感覚では、だけど。


 実際にはゲームソフトが買えるぐらいの金額が必要だ。

 高校生からすれば間違いなく、高いお店である。

 でも、黙って奢ればわからないだろう。


「お洒落ってどれぐらい?」

「ドレスコードは無いから、ジーパンじゃなきゃ大丈夫!」

 これは本当の話だ。

 俺はハーフパンツでフルコースを食べているおじさんを見たことがある。


「高木くん、それ参考にならないよ?」

 一ノ瀬はジト目だった。すまない、確かにその通りだ。


「ワンピースあたりがいいと思う。化粧もヒールも無しでいいよ」

「んー、分かった。それぐらいなら大丈夫」

 応じてくれてほっとした。うん、これは本当に楽しみだ。


「お店とかコースは俺が選んでいい? 一緒に決めたい?」

「高木くんに任せた! 私、よくわかんないもん」

 一応、信頼されているようで安心した。


「テーブルマナーとかも気にしなくていいからね。

 そういうの、大丈夫なところを選ぶから」

「うん、よろしく!」

 そう言って笑う一ノ瀬は相変わらず可愛かった。 


 ――そして当日。


 待ち合わせ場所はいつも通り、一ノ瀬の最寄駅だ。

 時間は夕飯に合わせているので、すでに外は暗くなっていた。


「高木くーん」

 手を振る一ノ瀬の服装は桜色のワンピースに茶色のロングカーディガン。

 いつもの白いコートにマフラーだった。うん、とても似合っている。

 ……あんな可愛い子と一緒にご飯を食べるとか、明日死なないだろうか。


「こんな感じで大丈夫?」

「うん、完璧、凄く可愛いよ」

 不安そうな一ノ瀬にサムズアップして答える。


 お店は一ノ瀬の最寄り駅周辺でも見つけることは出来た。

 だけど隣の駅に良い店があったので、そちらにしたのだ。

 都合、少し遠いけどせっかくだからふたりで歩くことにした。


「やっぱり寒いねー」

 言いながら俺の袖を掴む一ノ瀬。これ、反則だよなあ。

 コートの袖から指だけだしている辺りがたまらない。


「着いた、ここだよ」

「へー、確かに普通のお店っぽい」

 お店の外観はどこでもある普通の喫茶店だ。


「あのー、予約した高木ですけど……」

「高木様ですね、こちらです」

 高校生相手でも様をつけてくれるウェイターさん、素敵。

 これ、あえて気を使ってくれているんだろうな。

 すいません、中身はオッサンなのです。


「た、高木くん、聞いてないよ!? 凄いお店じゃん!」

 丁重に案内されることに焦る一ノ瀬。

「安心しろ。ここはビストロ、普通のお店だ」

 内装も落ち着いた雰囲気だ。ビルの最上階とかではない。


「何この量……、何に使うの!?」

 テーブルにはナイフとフォークが沢山並んでいた。

 一ノ瀬はそれを見て驚いたようだ。

 うん、わかるよ、俺も初めて見た時はびっくりした。


「まあ、いいから、座って。ナフキンは膝にかけるんだよ」

「うん……分かった」

 言われて腰を下ろす一ノ瀬。初々しい感じが何とも言えない。


「食前酒はどうされますか?」

「お酒は飲めないんで、ペリエをお願いします」

 店員さんに悪気はないと思うけど、少し笑ってしまった。

 まあ、一応聞かないといけないよな。


「ナイフは右手、フォークは左手で使うんだ」

「それぐらいは知ってるよ!」

 もちろん、冗談である。


「出てきた料理に合わせて並んでいるから安心して。

 外側から使えばいいだけだから。箸の方が良い?」

「お箸? あるの?」

 大抵の場合は、あると思う。超一流店とかは行ったことが無いから知らない。


「うん、必要なら貰うから言ってね」

 少なくとも、俺が予約したお店では用意があることは確認済みだ。


「うん、わかった」

「ナイフ、フォークを落としてもいいし、音を立てて食べても大丈夫。

 食べ物や飲み物もこぼしていいよ」

 ここは普通のお店である。大抵のことは許容される。


「いや、私、そんなことしないし!」

 いちいち反応する一ノ瀬が面白い。

 けど、あんまりからかい過ぎると機嫌が悪くなるのでここまでだ。


「大丈夫、冗談だから気にしないで」

「もう、今度言ったら殴るからね!」

 それは本気で止めて欲しい。


 下らない会話をしているとすぐに食前酒代わりのペリエが運ばれてきた。


「わー、何これ、シャンパン?」

「シャンパンはお酒だから飲めないんだよ。これはただの炭酸水」

 ただ、ワイングラスに入っているのでとても雰囲気がある。


「ちょっと癖があるから、苦手だったら言ってね」

「大丈夫、美味しいよ!」

 ああ、良かった。表情を見る限り、気を使っている様子はない。


 次々に運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。

 学生の頃は食事にそこまでお金をかけるなんて勿体ない、と思っていた。

 けど、やはり美味しいものは正義である。


 社会人になってからはこういう食事の機会も増えた。

 と、いっても多くは友人の結婚式だ。

 独り身でフルコースなんて滅多に食べることは無い。

 旅先で料理が自慢のペンションに泊った時ぐらいかな。


「高木くん、ずいぶんゆっくり食べるんだね」

「コース料理はそういうものなの!」

 しかし、それでもお酒が無い分、いつもよりは早いペースだ。


「はい、これ、また書いてきた」

 メインディッシュが来る前に、もはや恒例となっている手紙を渡した。

 出した瞬間にパシッと受け取る。素晴らしい反応だ。


「プレゼントの代わりにこれで我慢してくれ」

 夕飯の代金だけで精一杯だったのだ。それも親に借りている。

 年末のバイト代で返す予定だ。


 まあ、前に送った指輪のような安いものなら用意できたけど。

 それよりは手紙の方が心がこもっている気がしたのだ。


「いいよー、もらい過ぎても困るし」

 そういって手紙の封を切る一ノ瀬。

 今回に限っては目の前で読んでも大丈夫な内容だ。


 手紙に集中している時の真剣な表情はとても好きなのだけど……。

 俺が書いた文章を読まれていると思うと妙に恥ずかしい。


「短い!」

「えっ!?」

 またしても、思っていたのと違う感想だった。


「いつも3枚あるのにー!」

「ああ、いつも長くて悪いかなって……」

 本来、2枚ぐらいが丁度良いはずなのだ。


「私への感謝、足りないんじゃない?」

「そんなことないよ、っていうかそれを読んでそれを言う?」

 相変わらず、斜め上の感想だった。


「だってー……」

 結構、本気でむくれてる。もしかして、楽しみにしてたのか?

「悪かったよ、次からは3枚にするから」

 でも知らなかったな、長い方が良かったのか。

 過去の世界では目の前で読まれることは無かった。


「いっぱい書いてよ!」

「ああ、わかった、次はいっぱい書く」

 お前が書いてくれというのならいくらでも書くよ。

 ……相変わらず、大した内容じゃないけどな。


「ありがとう、一ノ瀬。俺は今、本当に幸せだよ」

「えー、何? 急に?」

 むくれる彼女に出来るだけ優しい声で、今の気持ちを伝えた。


「足りなかった分、言葉で言うよ。こんな時間をくれて、ありがとう」

「……良くそんな台詞を普通の顔で言えるよね。恥ずかしくないの?」

 うるさい、放っておいてくれ。言われて俺は真っ赤になった。


 そんなしょうもないやり取りをしているとメインディッシュが運ばれてくる。


「お肉だー!」

 分かりやすくテンションの上がる一ノ瀬。

 やはり、肉は最強である。


 満面の笑みで食べている姿を見ると、一緒に来れてよかったと心底思う。

 何かを食べている時の仕草も好きだったな。


「どうかした?」

 不思議そうな顔でこっちを見る一ノ瀬。

「いや、お前の傍に居れて嬉しいなって思ってただけ」

 笑っている顔にはつい見惚れてしまう。


「ふーん、じゃあ、これあげるよ、私からのお礼」

 そう言って俺の皿に付け合わせのにんじんを置いた。


 あー、しまった忘れてた。

 お店の人には予約の時に一ノ瀬の苦手なものは伝えてある。

 が……、多いのだ。


 牛乳だけではなく、にんじんやピーマンなど、多岐にわたる。

 まあ、もはやそこも可愛い所だと思っている俺は病気だろう。


「ありがたく頂きます」

 対して、俺は一切の好き嫌いがない。

 今でこそ否定されるが、当時の教育方針で好き嫌いは許されなかった。


 アレルギーならともかく、単純に嫌いなだけで残すと怒られる時代だ。

 子供の頃の俺はそれなりの好き嫌いがあったのだが、今では何でも食べられる。


「高木くんって好き嫌い無くて良いよねー!」

「いや、努力したんだよ」


 嫌いなものを食べられるようになる、それに必要なのは根性ではない。

 俺は、子供心に分析していた。何が嫌なのか?

 そして、考える。美味しいと思えるところはないのかな、と。

 そもそも、合う合わないというのはあるかもしれない。

 けど、俺は大抵、好きになれるところを探していた。


「何それ、高木くんらしい。でも私は無理だなー。

 美味しいくないものは美味しくない! ちょっと羨ましいよ」

 今では一ノ瀬の方が正しいんだよな。無理して嫌なものを食べる必要はない。


「俺はお前の方が羨ましいけどな」

「えっ? どこが?」

 そんな驚いた顔をするなよ。

 お前の方が優れているところなんかいっぱいある。


「お前は人間を選り好みしないだろ」

 対人関係において、一ノ瀬はあまり好き嫌いがない。

 人の悪い所よりも良い所を見つけて評価する。

 俺が食べ物にしていたことを、一ノ瀬は人間に対してしているんだ。

 素直に、尊敬するよ。


「……高木くんって、とにかく私を褒めたがるよね」

「それはもう、諦めてくれ」

 本当にそう思っているのだから仕方ない。


「あはは、いーよ、話半分に聞いとくから」

「半分でも良いから、伝わってくれれば嬉しいさ」

 それでも十分だと思う。


 そして、最後にデザートがやって来た。


「おー! チーズケーキだああ!」

 やはり、食いつきが違う。


 俺は珈琲を、一ノ瀬はレモンティーを頼んでいた。

 嬉しそうにニコニコと笑う一ノ瀬を見て、心から幸せだと思う。


 好きだった歌に、人生をフルコースに例える話があったっけ。

 俺は、多分、彼女にとってオードブルにもならないのだろう。

 とてもメインディッシュにはなれない。最後のデザートも無理だ。

 せいぜい、付け合わせのにんじん程度かな。食べても貰えない。

 それは分かっている。


 それでも……ずっと傍に居たい。だから、願いを込めて言葉を紡ぐ。


「なあ、一ノ瀬、また来年も……」

「うん、来年もまた一緒に来ようね!」

 俺の言葉を待たずに、そう言ってくれた。


 来年の今頃はセンター試験に備えて冬期講習やら模試で手一杯だろう。

 でも、そんなことは関係ない。


 当然、また行けると思って未来を語ることに意味がある。

 それはきっと、何よりも幸福なことだと思うから。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんな日々が続けば良いな…というお話 1周目から比較すると一ノ瀬はまだ誰とも付き合ってないし、高木君の想いが少しでも伝わってるのかなって このまま報われることを祈ってます
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