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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第6章:偽れない本当の気持ち
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並走する過去 第12話:ごめんね

 修学旅行の3日目。

 この日が唯一、一ノ瀬さんと会える可能性がある日だった。

 奇しくも、彼女の誕生日である。

 3日目の夕方だけは全員が同じ場所を観光することになっていた。

 場所は夜景が有名な展望台だ。

 班別行動の最後はここになるように指示されていた。


 だけど……予想以上に観光客が多い。

 確かに有名な場所だけど、ここまでだとは思っていなかった。

 この中から、一ノ瀬さんを見つける?

 これは流石に無理だろう。僕は色々と甘く見ていた。

 相変わらず、駄目過ぎるな……。


 それでも諦める気にはならなかった。

 とにかく、手紙を渡したい。美沙(みさ)ちゃんから預かったものもある。


 僕に出来るのは人混みを見つめて一ノ瀬さんを探すことだけだ。

 絶望的な状況だけど、それでも僕は信じた。


 僕は、一ノ瀬さんの事が好きだ。

 だから一目でも見ることが出来たら、すぐに気がつく。

 彼女の事なら、どんなに遠くからでも分かるはずだ。

 たとえ人混みの中だって見つけれられる。


 それは、願いのような自負だった。


 もしも、それができないのなら、その程度だったってことだ。

 僕の気持ちはこの状況を覆すほど強くない。

 だから、見つけられないのならそれまでだ。

 諦める良い理由になる。


 手紙は渡せない、プレゼントもゴミ箱に行く。

 美沙ちゃんの手紙だけは、帰ってから渡そう。


 それでいいんだ。

 だって、こんな想い、最初から無い方が良かったのだから――。



 諦めかけたその時、一ノ瀬さんの姿を目にする。

 人違いじゃない!

 ああ、でもどうしよう、抜け出している僕と違って班行動中だ。

 中森(なかもり)も一緒にいる。

 やっと見つけたのに、話しかけることが出来ないなんて……。


 僕のすることは、いつもこうだ。何をやっても上手くいかない。

 努力をすればするほど空回りする。

 結局また、諦めることしか出来ないのか。


 ……もう嫌だ。他のことは全部、駄目でも良いよ。

 でもせめて、これだけは。この想いだけは、通させて欲しい。

 僕は、一ノ瀬さんの事が好きなんだ。

 見返りなんてなく良い。ただ、伝えることぐらいは許してくれ。


「一ノ瀬さん!」

 だから、僕は叫んだ。

 人混みに阻まれて、届かない。かき分けてでも進む。

 お願いだから、こっちを見て欲しい。


「高木くん?」

 驚いた表情の一ノ瀬さん。

 昔のように穏やかな口調で名前を呼んでくれた。

 良かった、僕に気がついたみたいだ。


 山頂にある展望台は少し風が強かった。

 それは涼しいというよりも冷たい。

 一ノ瀬さんがいる場所は小上がりになっていて、望遠鏡が設置されていた。

 そこに向かって必死で進む。


 近くまで行くと、流石に有名なだけあって綺麗な夜景が姿を現す。

 海が近いから街の形が良くわかった。

 都市部が、海と空の暗闇から分断されたように浮き上がって見える。

 そこに息づく人々が放つ光は、まるで煌めく血管のようだった。


 でも、僕の眼には風になびく髪を抑えている一ノ瀬さんしか映らない。

 僕が見ていたいのは、いつだって彼女だ。  


「ごめんね、本当に、ごめん」

「どうしたの?」

 僕は黙って、胸の奥に大事にしまっていたものを差し出す。

 一ノ瀬さんは班行動中なのだ、直ぐにここから立ち去らないといけない。

 余計な話をしている時間は無かった。


「誕生日おめでとう。こっちは美沙ちゃんから」

「あ、ありがとう……」

 なんとか2通の手紙を手渡すことが出来た。

 これだけでも十分に嬉しかったけど……。


「あと、コレも……その、要らなかったら捨ててくれればいいから」

 予想外に柔和な対応をしてもらえたので、そのままプレゼントも差し出す。

「あ、うん……」

 受け取ってもらえたことが本当に嬉しかった。


 困らせてしまったかもしれない。

 一ノ瀬さんは終始戸惑った様子だった。

 だけど、とにかく渡せた、僕に出来るのはここまでだ。

 あとは大人しく引き下がるしかない。


「じゃあ、修学旅行、楽しんでね」

 そう言って、人混みの中に戻る。

 手紙、読んでもらえたら良いな……。

 伝えたいことは何とかしてまとめたつもりだった。



 ――3日後。


「おはようございます!」

 元気を取り繕った挨拶をして生徒会室へ入る。

 あれから、一ノ瀬さんの返事はなかった。

 手紙は読んでもらえなかったかもしれない。

 でも、それはそれで答えだ。


 僕はもう、ここに居てはいけないのかもしれないな。

 中森も戻って来た、後は彼に任せれば良い。

 元々はそのつもりだったはずなんだ。

 一ノ瀬さんと距離を取って、真剣に部活に取り組む。

 そう考えていたじゃないか。


「ねえ、高木君」

 葛藤を胸にパイプ椅子に座ると奈津季(なつき)さんが声をかけてくれた。

「どうかした?」

 凄く心配そうな顔をしている。


「あのね、ちゃんと言っておかないと駄目だと思って」

 ああ、何か悪い知らせなのだな、と思った。

梨香(りか)ちゃんと拓斗(たくと)、付き合うことになったんだって。

 修学旅行の最終日に、拓斗から告白されたって聞いた」

 やっぱりか、大丈夫、覚悟は出来ていたよ。


「ごめんね、高木君。

 でも言わないでいるのはもっと残酷だと思ったから……」

「うん、僕もちゃんと教えて貰えてよかったよ」

 これは間違いなく本心だ、奈津季さんには本当に感謝している。

 彼女にはどれだけお礼を言っても足りないだろう。


「もう、ここには来ない方がいいかな?」

「それは……私にはわからないよ」

 当たり前のことだ。

 動揺して、おかしなことを口走ってしまった。


「ごめん、変な事言ったね」

 奈津季さんに謝って、部活に出ることにした。


「高木先輩!」

 生徒会室を出ようとしたところで声をかけてきたのは正樹(まさき)君だ。

「どうしたの?」

 正樹君には特に変わった様子はない。


「今日、部活終わったら生徒会室へ来てくれます?」

「何か用事? いいよ、終わったら顔を出す。

 けど遅くなるから、何かあるのなら今のうちに……」

「いえ、いいです。終わったら来て下さい。お願いします!」

 そう言って、頭を下げる正樹君。ちょっと意外だった。

 彼は大抵のことは自分で出来るからこんな風に頼まれたことはない。


「そんな頼まなくても大丈夫だよ、気にしないで!」

 どんな用事だろう? でも後輩から何かを頼まれるのは悪い気がしない。

 それに……少しズルい考えだけど、それは僕が生徒会室に居る理由になる。

 僕は正樹君に手を振ってテニスコートへ向かった。



 練習中は救いだ。

 身体を動かしている時は嫌なことを考えなくて済む。


「お願いします!」

 声も思いっきり出せる。

 全力で走り回ると気持ちが晴れた。


 ラケットがボールを掴む感触が心地良い。

 必死で走ると息が切れて、体が重くなる。

 それでも前を向いて、ただ走る。

 身体は辛いけど、心には安息だった。

 悶々と一ノ瀬さんのことを考えるよりはよっぽど楽だ。


 ひとりになると幸せだった日々を思い出してしまう。

 どうして、こんなに辛いだけになってしまったんだろう。

 願いや想いが叶わないことなんて、今までに何度もあった。

 むしろ、いつものことだ。


 それなのに……、僕は知ってしまった。

 一ノ瀬さんの笑顔を見れること、声が聴けること。

 話している時間がたまらなく幸せな時間だった。

 きっと、知らなければ、こんな風に悲しくなることも無かっただろう。


 こんなことなら最初から、好きにならなければ良かったのに――。



 練習が終わってから、正樹君に言われた通り生徒会室へ向かった。

 この季節は日が短いから外は暗いけど、それほど遅い時間じゃない。


 生徒会室へ入ると、一ノ瀬さんだけが居た。

 ……約束が違う。正樹君はどこにいったのだろう。


「ごめん、一ノ瀬さん」

 僕は開口一番、そう言ってしまった。

 ふたりきりになってしまって、悪いと思ったんだ。

 でも、彼女は謝られるのが嫌いだったはず。

 厳しい言葉を覚悟した。


「遅いよー、高木くん」

 昔のような、優しい声……? 僕は耳を疑った。


「一ノ瀬さん……?」

「ねえ、一緒に帰ろ」

 その申し出の意図が分からなくて、思わず立ち尽くした。


「嫌なの……?」

 心配そうにこっちを見る一ノ瀬さん。

 昔のように、目が合った。ちゃんと僕の事を見てくれる。

 まるで夢を見ているみたいだ。


「嫌じゃない!」

 慌ててそう答える。

「そっか、じゃあ行こうよ」

 一ノ瀬さんは帰り支度を終えているようだった。


「あ、待って! 正樹君に頼まれてたんだ。

 それが終わってからでもいい?」

「あー、ごめん、それ、私が頼んだの」

 一ノ瀬さんは申し訳なさそうに笑った。

 そんな顔しないで欲しい。


「なんかね、話しかけづらいなーって思ってて。

 そしたら正樹君が気を利かせてくれたんだよ」

 そう言って、一ノ瀬さんは昇降口へ向かった。


 僕は慌てて生徒会室を施錠する。

 鍵は中森から譲られていた。


 靴を履き替えて、月明りに照らされた校舎を後にする。

 季節は秋から冬に変わろうとしていた。

 空気が澄んでいて、風が冷たく感じる。


 そんな中、一ノ瀬さんと並んで校門を出て駅に向かって歩く。

 しばらくの間、無言だった。何を話したらいいか、分からない。


 でも、隣に好きな人がいる。その事がとにかく嬉しかった。

 胸の奥が暖かくなる。何も話せなくても、それだけで良かった。


「なんだか、久しぶりだねー」

 一ノ瀬さんは、人が変わったかのように優しく話す。

 その理由が怖くて聞けない。

「そうだね、ずっとこうやって歩きたかった」

 ああ、僕は馬鹿だな。また自分の気持ちを話してしまった。

 きっとこういうのが重荷だったはずなのに。


「ごめんね」

 一ノ瀬さんは小さく、そうつぶやく。

 何も悪くないのに、謝らせてしまった。

 違う、悪いのは僕だ。

 ……でも、きっとこんな事を言っても意味はない。


 どうしたら、一ノ瀬さんは笑ってくれるだろうか?

 それだけを考えて、胸がいっぱいになった。


「ねえ、少しだけ、話さない?」

 少しと言わず、たくさん話したい。どんな話でも構わない。

 一緒に居る時間が続くなら、それでいい。

 溢れてくる気持ちは、全部、彼女にとって重荷なんだろう。


「うん、僕も話したい」

 それだけを言った。自然といつもの河川敷へ行く。


 建設中のインターチェンジは相変わらずだ。

 でも、去年より少し大きくなっているように見える。

 月が川の水面に映ってゆらゆらと揺れていた。

 ここで告白してから、もう1年以上も経ったのか。


「プレゼント、ありがとう。手紙も読んだよ」

 一ノ瀬さんらしい言葉を貰えた。

 彼女はきっと、どんなものを貰ってもこう答えてくれる。

 それは知っていたはずだ。


「美沙ちゃんにも、ありがとうって伝えてくれる?」

「それは一ノ瀬さんから言った方がいいんじゃない?」

 別にふたりは仲が悪いわけじゃない、そっちの方が自然だ。


「いいから! 高木くんから伝えて」

「うん、分かった……」

 意味は分からないけど、一ノ瀬さんがそういうのなら黙って従うよ。


「ねえ、高木くん」

「なに?」

 不思議だな、一ノ瀬さんの一言一言が怖いのに……。

 話しかけてくれるのが嬉しくて、胸がいっぱいになる。


 ずっと、こうやって話したかった。


「私のこと、好き?」

 何を今さら。何度も何度も言ってきた。

 手紙にも書いたのに、何で聞くんだろう。


「好きだよ」

「あははは! 即答だ」

 そう言って、一ノ瀬さんは笑ってくれた。

 その表情が嬉しくて、たまらなくて……涙がこぼれる。


 ずっと、この笑顔が見たかったんだ。


 それなのに、どうしたらいいか分からなくて……。

 何も出来ずにいた。僕は一ノ瀬さんに何もしてあげられない。


「高木くん……?」

「ごめんね、一ノ瀬さん。僕が居なければ良かったんだ」


 生徒会執行部に入らなければ良かった。

 そうすれば、一ノ瀬さんと出会うこともなかっただろう。

 迷惑をかけることも、煩わしい思いをさせることもなかった。


「でも、やっぱり、君が笑ってくれると嬉しい」

 ずっと、それだけを願っていた。

 願いが叶って嬉しいのに涙が止まらない。


「中森と上手くいったんだよね?」

 僕が言わなきゃいけない言葉は解っている。

 心が壊れようが何しようが、構わない。一ノ瀬さんのために言葉を紡ぐ。


「良かったね! おめでとう。今までずっと、ごめんね」

 精一杯、声を振り絞って祝福の言葉を言う。


 これがこの恋の結末だ。

 大丈夫、気持ちは手紙に全部書いた。

 一ノ瀬さんが幸せで居てくれるのなら、僕はそれで良い。


「ばか!」

 そう言って、一ノ瀬さんは涙が止まらない僕を抱きしめた。


 暖かい温もりが、秋の肌寒さを覆いつぶす。

 そして、甘くて優しい匂いがした。

 一ノ瀬さんの匂いだ……。

 頭の中がいっぱいになって思考回路が停止する。


「ごめんね、高木くん。ごめんねえ……」

 状況がつかめなくて、両手が宙に舞う。

 この手をどうしていいのか分からない。


「私は、そんなこと望んでないよ! また一緒に帰ろう。電話もしていいよ」

 その言葉を聞いて、両手を一ノ瀬さんの背中に回す。


 思っていたよりもずっと細くて、柔らかい。

 彼女の事が、心配になるぐらい弱い存在に思えた。


「無理してない? 気を使ってない? 僕に同情なんて、しなくていいんだよ」

「私、高木くんを傷つけたくなかったんだ。だから、嫌いになって欲しくて……」

 それは、きっともう無理だ。

 何をどうしたって、僕は一ノ瀬さんを嫌いにはなれない。


「ごめんね、私も高木くんとは話したいよ。

 でも、好きじゃないの。好きになれなかった」

「そんなの、何にも悪くないよ。

 ごめんね、僕こそ、君の事を嫌いになれなくて」

 抱き合っているのに、心が通じていない。

 こんな恋愛もあるんだな。


「手紙、嬉しかったよ。プレゼントも気に入った」

 そう言ってくれた、一ノ瀬さんを引き離す。


「もう、いいの?」

 いいわけがない。けど、駄目だ。

 この温もりは、僕の物じゃない。

 中森の、他人の物だから……いつまでも甘えちゃいけない。


「ねえ、一ノ瀬さん。明日から今まで通りで良い?」

「うん、いいよ。私もそうして欲しい」

 良かった……本当に。


「あと、もう一つだけお願いがあるんだ。これは駄目なら駄目って言ってね」

「うん……?」

 本当は駄目だって、解っている。

 でも、それでも、僕は……。


「あのさ、しばらくは好きなままで居てもいいかな?」

「高木くん……」

 頑張って、忘れるように努力するから。

 でも、すぐには無理なんだ。

 だって、僕の心の中は今もこの気持ちで溢れている。


「いいよ、高木くんがそれでいいのなら……。好きなだけ、好きでいて」

 そういって、一ノ瀬さんは笑ってくれた。


 告白してから1年が経った。

 それなのに、僕たちは何も変わっていない。


 この先に、道はない。それは1年前からわかっていたことだ。

 僕はいい加減、この失恋を認めなければならない。


 解っているのに、どうして心はこんなにも思い通りにならないんだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 先を知ってるから余計につらい… この瞬間からなんだなってひしひしと感じとれるのがもう… でもその残酷さが過去として存在していることもその過去話自体もこの作品の魅力だから困る。過去と現在それぞ…
[一言] 残酷な結末。 一番に好きになった相手が、自分のことを一番に好きなってくれるなんて、滅多に起こらない奇跡なんですよね。それを願って、叶わず。
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