並走する過去 第11話:手紙
文化祭が終わった後、少しだけ一ノ瀬さんと話した。
「文化祭、お疲れ様」
「高木君……、ありがとう」
今まで通りとは程遠いけど、好意を示せば返事はしてもらえた。
辛いけど、話せないよりはよっぽど良い。
来週から僕たちは修学旅行だ。
教室では班別行動の行先や、土産物の話なんかで盛り上がっている。
僕は適当な班に入り、適当にやり過ごした。
一ノ瀬さんと中森は同じクラスだから、一緒に居られるだろう。
嫉妬しちゃいけない、僕には関係のないことだ。
むしろ、良かったねと言わなきゃいけない。
……とても無理だ、想像するだけで胸の奥が痛い。
「おはようございます」
そう言って、今日も生徒会室へ入る。
奈津季さんの援助もあって、何とか普通に過ごせるようになった。
定規をぶつけてしまった件も、一応は解決している。
僕としては、ちゃんと謝れていないのだけど……。
奈津季さんがあえて掘り返さない方が良いと言っていたので従うことにした。
「おはようございまーす!」
美沙ちゃんは今日も明るくて元気だ。
ちょっと救われるな。
「あははは! 流石だね、正樹くん!」
少し遠くで一ノ瀬さんの笑い声がする。
思わずそっちを見てしまった。
……あの笑顔がすぐ近くにあった事を思い出す。
僕は今まで夢でも見ていたのかな。
いつからか、僕の日々はこんな風になってしまった。
「先輩、どうかしました?」
美沙ちゃんが心配そうに話しかけてくる。
「ごめん、ちょっとね」
笑顔を作るのはまだ上手くいかない。
それでも、後輩の前でいつまでも落ち込んでいたくなかった。
「梨香先輩とまだ上手く行ってないんですね」
「うん。でも来週は誕生日だから何か贈ろうかと思ってはいるんだけど……」
不思議と美沙ちゃんには色々と話してしまう。
ちょっと苦手なイメージは抜けてないけど、話しやすいんだよね。
「えっ? そうなんですか?」
「まあ、修学旅行中だから、渡すのは帰ってきてからかな」
渡したところで、受け取ってもらえないかもしれない。
そんな風に考える自分が嫌になる。
「先輩、ちょっと待ってて下さいね!」
そう言って美沙ちゃんは棚から便箋を取り出した。
青色のボールペンを使って何かを書き始める。
「生徒会室の便箋って可愛いの無いですよねえ」
まあ、それはそうだ。
そもそも使われる事がほとんど無い。
書き上げたらそのまま不思議な折り方をして可愛い形に仕上げた。
封筒には入れないんだな。
「はい、これを梨香先輩に渡して下さい!」
「えっ!? 僕が渡すの?」
予想外の依頼だった。
「必ず、誕生日の日に渡して下さいよ! あと、中は見ないで下さいね」
「僕はクラスが違うから当日に会えるか分からないよ?」
というより、むしろ会える可能性はほとんどない。
「いいから、頑張って下さい!」
ああ、これは……励ましてくれているんだな。
後輩にまで心配されるとは我ながら情けない。
「うん、分かった。頑張るよ」
だから、僕は笑顔でそう答えるしか無かった――。
美沙ちゃんに後押しして貰ったのに何もしないわけにはいかない。
意を決して一ノ瀬さんの誕生日プレゼントを買いに行く事にした。
前回の物はあまり喜んで貰えなかった気がする。
多分、一ノ瀬さんの趣味じゃなかったんだ。
今回は出来るだけ、彼女が喜びそうな物を選ぶ事にした。
……しかし、どこに買いに行けばいいんだろうか?
それに普通の女子高生が貰って喜びそうなものって何だ?
全く思いつかない。
僕は悩んだ挙げ句、最後の手段を使うことにした。
部屋を出て、隣の扉をノックする。
「なーにー?」
中からあられもない姿の女子が出てきた。
……頭が痛くなるけど、これが僕の妹だ。
下着姿で普通に出てくるのはさすがに止めて欲しい。
「女の子に誕生日プレゼントを贈りたいんだけど……。
良く分からないから一緒に選んでくれないか?」
「女の子って、ずいぶん前に家に来てた梨香さん?」
生徒会執行部で我が家に集まったのは体育祭の準備の時だ。
あれから、結構な時間が経ってしまった。
「まあ、そうなんだけど……」
「私にも何か買ってくれるならいいよ?」
自分の妹ながら、抜け目がない。
でも、他にいいアイデアは無かった。
奈津季さんに頼むわけにも行かないし。
翌日、妹とふたりで商業施設を見て回った。
妹とは年子なので彼女も立派な女子高生だ。
中学までは同じ学校だったけど、今は女子校に通っている。
そのおかげで僕よりも遥かに女子高生に詳しい。
「基本的に、形に残るものは重いからお菓子とかがいいよ!」
いきなり全否定された気分だ。
「いや、出来れば何か物を贈りたいんだ」
「まあ、お兄ちゃんと梨香さんはそれなりの関係だから良いと思うけど……」
今はそれなりの関係ですらない気がする。
「あまり高価な物より、好みにあった物を贈るといいかな」
「それが良くわかんなくてさ」
結局、僕は一ノ瀬さんのことを理解できていないってことだ。
あんなに沢山、話をしたはずなのにな……。
「私だったら手回しのオルゴールとかが好きだなあ」
「いや、それは真菜、完全にお前の趣味だろ」
思わず突っ込んでしまった。
「梨香さんは音楽とか好きじゃないの?」
「いや、むしろ好きだ」
好きな曲も知っている。
「じゃあ、良い線行ってると思うけどなあ」
「そうなのか……?」
でも言われてみれば確かに、良いかもしれない。
「ねえ、お兄ちゃん、やっぱり私じゃ駄目かも。
ごめんね、私は梨香さんのことは良く知らないから力になれないよ」
それはそうなんだよな。本来なら僕がちゃんと知っていないといけない。
「でも、好きな曲は知ってるから。それを買ってみることにするよ」
「そっか、でもあんまり期待しないでね」
「分かってる」
その後は妹のショッピングに付き合った。
散々見て回る癖に、何も買わないんだな。
結局、妹が所望したのはキャラクターグッズのシールだった。
彼女なりに、安いものを選んでくれたのだろう。
「ありがとー、お兄ちゃん!」
一部の世界に妹のことを特別視する風潮があるけど、意味が分からない。
僕にとってはただの面倒な同居人だ。
帰りがけ、妹がふと足を止める。
女子との買い物は本当に面倒だ。進むこともままならない。
「これ、可愛いなあ。見て見て!」
プラスチック製の指輪だった。
「私は好きなんだけどなー。
こういうの学校に着けて行ったら絶対に馬鹿にされるんだよね」
女子校の世界は厳しいらしい。
ふと、一ノ瀬さんが好きそうなピンク色の指輪が目に入る。
そういえば縁日で売っている飴玉のついた指輪が好きだと言っていたっけ。
今でも凄く好きなのに最近は売っていないと嘆いたのを思い出す。
思わず手に取った。
「お兄ちゃん? 指輪は難しいよ、サイズ知ってるの?」
指輪のサイズ……そっか、太さか。
「多分、真菜と同じぐらいだと思う」
前に、手を合わせた事がある。
その時、僕より一回りぐらい細かったはずだ。
「私としては、身に着ける物は止めた方がいいと思うな。やっぱり、重たいよ」
「600円でも重たいかな?」
ラーメンよりも安い。
「重たい。値段じゃないの。
ねえ、お兄ちゃん、梨香さんと上手くいってないんじゃない?」
「それは……」
まさか、妹にまで見透かされてしまうとは。
僕は本当に情けないな。
「止めておきなよ、そういう人からのプレゼントって駄目だよ?」
ぐうの音も出ない、真菜の言うことは正論だ。
「お兄ちゃんの友達はさ、お兄ちゃんの事が好きなんだよ。
だから否定しないかもしれないけどさ。私だったら、貰っても困る」
真菜の言うとおりだ。
きっと一ノ瀬さんは困るのだろう。
プレゼントは贈りたい。でも、困らせたくはない。
僕は、何も出来ないのか……。
「それでも、贈りたいならさ。手紙でも書いたら?」
手紙……? そんなもの、授業でも書いたことが無い。
「まあ、それはそれで重たいし、気持ち悪いけど」
そこまで言うのか、妹よ。
「どうせ駄目なら、せめて気持ちだけでも伝えてみたら?」
そうだな、気持ちを伝えるだけでも良いかもしれない。
それだけでも、かなり救われる気がした。
「書くなら、ちゃんと可愛い便箋買わないとね!」
「いや、字が下手だし、生徒会室のワープロを使うよ」
僕の字では読めない可能性すらある。
「馬鹿なの!?
印字されたプリントみたいな手紙を貰って喜ぶ人いると思う?」
そう言って妹はレターセット売り場へ僕を誘導した。
「手紙をちゃんと書くなら便箋2枚か3枚までだよ。
それ以上長いのは無理だから。その時は封筒に入れてね!
1枚の時は封筒に入れずに折って渡す方が良いよ」
何故、こんな具体的なアドバイスを妹から受けているのだろう。
言われるがまま、桃色のレターセットを買った。
一ノ瀬さんの好きな色だ。少し大きめの、文字がたくさん書けるものにした。
あと、鉛筆や黒色のボールペンは駄目だそうだ。
そういえば、美沙ちゃんも青のボールペンを使っていたな。
結局、僕は誕生日プレゼントに手紙を渡すことにした。
でも指輪は妹の中指に合わせて買っておいた。
薬指に合わせるのは流石に傲慢だと思ったからだ。
その指輪はオルゴールの中に入れてある。
受け取ってもらえるのなら、これも渡そうと思う。
手紙の内容は一生懸命考えた。
最初は何を書いていいのか分からず、途方に暮れる。
少しも文章が浮かんでこない。
伝えたいことを簡単に書けば、ごめんないと話したい、のふたつだけだ。
でも、それが自分の気持ちの全てかと言われたらそうじゃない。
いつも電話で話していることを思い出して、話すように書いてみた。
そうすると今度は書きたいことがあり過ぎて、3枚では足りない。
もういっそ、書けるだけ書いた方がいいんじゃないかと思った。
最後になるかもしれないんだ、伝えたいことは全部書いておきたい。
けど、結局、便箋で3枚になんとか収めた。
そうだ、いくら書いたって、読んでもらえなければ意味がない。
封筒を開けて大量の紙が入っていたらその時点で駄目だろう。
文章が出来たら、まずは鉛筆で下書きを入れた。
それを青色のボールペンで清書する。
下手くそでも読めるように、1文字1文字、丁寧に書いた。
凄く時間がかかったけど、僕はもうこの手紙に願いを託すしかない。
どうか、もう一度。
一ノ瀬さんの笑顔が見れますように。




