第63話:それはそれは盛大な勘違いだった
文化祭まで残すところ2週間を切った。
すでに一ノ瀬と仲違いをした日は過ぎている。
無事にあの未来を回避できた、俺はそう確信していた。
生徒会室に入ると、一ノ瀬と中森が作業をしている。
一瞬、ドキッとするが大丈夫なはずだ。
昨日も普通にふたりで歩いて帰ったのだから。
「おはよう、一ノ瀬」
「ごめん、高木くん、今は話したくない」
そう言って、俺から距離を取る。
その言葉はまさに青天の霹靂だった。
全く予想していなかった、突然の拒絶。
「ちょっ、どうした、一ノ瀬? せめて理由ぐらい教えてくれ」
「言いたくない!」
そう言って、生徒会室から出ていく。
どういうことだ!?
「高木ー、梨香さんに何かしたの?」
「何もしてないよ!」
間違いなく、何もしていない。昨日まで本当に普通だった。
過去の自分ならともかく、今の俺が予兆を見逃すとは考えにくい。
「怒らせるようなことしたんだろー」
「何か言ってた?」
茶化す中森に、力の限り真面目な顔で聞いた。
全く理由が思い当たらなかったのだ。
「いや、何も……」
中森の話を最後まで聞かずに生徒会室を飛び出す。
しばらく探すと一ノ瀬の姿を見つけた。
慌てて追いかける。
「待ってくれ、一ノ瀬」
「ついてこないで!」
強い口調でそう言われて、引き下がる。
「悪かった、今日は話しかけない。だから生徒会室に戻ってくれ」
まだ、作業が残っているはずだ。
その声に一ノ瀬は足を止める。そして、引き返してくれた。
ただ、俺とは一度も目を合わせてくれない。もちろん、会話もなかった。
……取りつく島もない。
ああ、知っている、この感じ。思わず立ち尽くした。
悪い夢であって欲しい。でも、これは現実だ。
身体の奥から大切なものが抜け落ちていく感覚。
久しぶりだな、こんなに胸が痛いのは。
このところずっと、優しい痛みだった。
ここまで苦しかったのはいつ以来だろう。
一ノ瀬と会えなかった去年の新学期?
いや……違う、これはもっとずっと前だ。
多分アイツが居なくなったあの日、か。
こんなに辛かったんだな。
でも、会えなくなったわけじゃない。
今はまだ、生徒会室に行けば一ノ瀬には会える。
俺は一ノ瀬の後を追って生徒会室へ戻った。
「ごめんね、拓斗」
「ああ、気にしなくていいよ」
中森とは通常運転で話をしていた。
仕方なく、俺は別の仕事をする。
信じられないことに、この日は1度も一ノ瀬と目が合わなかった。
俺は何度も彼女を見ていたのに……。
日が暮れて、一ノ瀬が帰り支度を始める。
俺は慌てて声をかけた。
「一ノ瀬、一緒に帰ろう」
「今日はひとりで帰る」
冷たい声でそう言って、生徒会室を出ていこうとする。
思わず手を掴んで呼び止めた。
「待ってよ」
「触らないで!」
一ノ瀬らしくない声でその手は振り払われた。
目を合わせてくれないから表情がつかめない。
俺は、またしても立ち尽くしてしまった。
――チリンチリン。
生徒会室の扉に取り付けられた鈴が鳴る。
一ノ瀬が通り抜けた後は、静かに扉が閉まった。
この音がこんなに寂しく聞こえたことはない。
「高木君……? 梨香ちゃんに何かしたの?」
奈津季さんも中森と同じようなことを言う。
「それが、心当たりがないんだ」
一体、何でこんなことに……。
「早めに謝った方がいいと思いますよ?」
真面目な顔で言ったのは正樹君だ。
今回の件は、彼も知らない様子だった。
「そうだね、とにかく謝ってみるよ」
俺はそう答えるだけで精一杯だ。
先輩らしく振舞うことができているだろうか。
本当に、俺は駄目だな……。
その日の夜、電話をするかどうか迷った。
けど、それは流石に駄目だろう。家の電話だ、出ないわけにもいかない。
一ノ瀬に拒否権がないのはあんまりだ。
明日の放課後、もう一度話すしかない。
……それで駄目なら、やっぱり終わりなのだろう。
中森以外の誰か、例えばクラスメイトのことを好きになった。
そういうことだってあり得る。
俺は彩音先輩の件で過去を改変しているのだ。
この先にどんな予想外のことが起きても不思議ではない。
――翌日。
放課後になったらすぐに生徒会室へ向かった。
ああ見えて、一ノ瀬は責任感が強い。
仕事を投げ出してまで俺を避けるようなことはしないはずだ。
祈るような気持ちで扉を開けると一ノ瀬が居る。
良かった……生徒会室に来てくれなくなったらどうしようかと思っていた。
「なあ、一ノ瀬、悪かったよ。謝るから、普通に話してくれ」
「何が? 何について謝っているの?」
一ノ瀬は相変わらず目を合わせてくれない。
胸が痛い、心が壊れそうだ。
――好きな人でも出来たのか?
怖くて、それを言葉に出来なかった。人生で最悪の日を思い出す。
もう、あんな思いはしたくない。
不思議だな、嬉しい時は簡単に泣いてしまうのに。
悲しい時はただ、沈み込むだけだ。
「いいから、少し放っておいて。気持ちの整理が出来たら、ちゃんと話すから」
こう言われたら、引き下がるしかない。
「わかった、待ってる」
こんな時が来るのは、覚悟していたはずだ。だから、諦めるしかない。
今回は彩音先輩の件と違って、回避できなかった。それだけの事なのだ。
いつも、一ノ瀬のことだけを考えていたつもりだったのに……。
一ノ瀬のことだけは、いつも上手くいかないんだな。
仕方なく、俺は作業に戻った。
そろそろ捻挫は治ったことにしてしまった方が良いかもしれない。
テニスコートに出れば、少しは気持ちも晴れるだろう。
「梨香先輩と喧嘩でもしたんですかー?」
躊躇なく聞いてきたのは美沙ちゃんだ。
いつもなら可愛いで済ませるけど、今日は鋭利に感じた。
もちろん、美沙ちゃんは何も悪くない。
「そんなこと、ないよ……」
「そうですか? 今日は全然話してないですよ?」
やはり、そう簡単に誤魔化せるような状況ではないか。
「ちょっと機嫌が悪いみたいでね」
「ああ、梨香先輩も女の子ですからねえ。そういう日はありますよ」
……そんな簡単な感じだったら良かったのになあ。
しかし、美沙ちゃん、それはセクハラ発言だぞ。
まいったな、今は軽口をいう気力も沸いてこない。
その日の夜、俺は手紙を書いた。
一ノ瀬にはちゃんと気持ちを伝えておきたい。
過去の世界でも、そうしたことを思い出す。
あの時はそれで和解できたんだ。
一ノ瀬が他の誰かを好きだとしても、俺はせめて彼女と話したい。
片想いを続けさせて欲しい。話せなくなるのだけは嫌だった。
――翌朝。
手紙は一ノ瀬の下駄箱に入れた。
まだ怪我の事を言っていないから朝練には出れない。
だから、生徒会室で資料の整理をすることにした。
いつだったか、寝ている一ノ瀬とふたりきりになったことがあったっけ。
ただ、好きでいられる。
それだけでも、本当に幸せだったな。
朝のチャイムが鳴る前に教室に戻ってホームルームを受けた。
午前中の授業はけだるい。
何だか、色んな事がどうでも良くなってきた。
もう生徒会室に行くのもやめてしまおうか。
少なくとも、一ノ瀬が手紙を読んでくれるまでは、会うのが怖い。
会いたくて仕方ないのに、それが出来ない。
俺の人生はそうやって過ごした時間の方がずっと長いはずなのに……。
あらためて突き付けられると、こんなにも辛いんだな。
放課後になったら生徒会室へ行く。
「おはようございます」
そう言って中に入る。
いつも通りにするぐらいしか俺に出来ることは無い。
「おはようございます!」
久志君から元気な返事が返って来た。
一ノ瀬も居たけど、相変わらず目を合わせてくれない。
「高木先輩、ここなんですけど……」
「ああ、そこはね……」
後輩がいる都合、目に見えて凹んでいるわけにもいかない。
出来るだけ平気なふりをして業務を継続した。
ここだけは年季が入っている分、自信がある。
俺は、どんなに悲しい時でも笑えるようになった。
こんなところだけ上手くなっても仕方ないのにな。
「あははは! 正樹君、最高!」
一ノ瀬の笑い声が聞こえる。いつもより、声が大きい気がした。
当たり前だけど、アイツは俺と話せなくても平気なんだな。
そのことが凄く寂しいけれど……。
遠くからでもいい、笑顔が見れるのなら、それだけでも嬉しいよ。
――3日後。
一ノ瀬とまともに話せなくなって1週間近くも経った。
未だにアイツの様子は変わらない。
どうしてだ、手紙は読んでくれていないのか?
駄目だ、もうじっとしていられない。
「一ノ瀬、手紙、読んでくれた?」
「読んでない」
相変わらず、取りつく島もない。一蹴されてしまった。
「なんでだ!?」
「読みたくないから! まだ話しかけないで!」
そう言った一ノ瀬の声は大きかった。
そのせいで生徒会室中に嫌なムードが広がる。
仕方なく、俺は引き下がった。
パイプ椅子に座ってうなだれる。
「まだ、駄目なの?」
奈津季さんがこっそりと話しかけてきた。
「駄目だ……、もう死にたいよ」
不謹慎な事を言っているのは分かっている。
「ごめんね、私は何もしてあげられないよ」
「いや、いいよ、気にしないで」
そういって、笑顔を返した。
嫌だな、無理して笑うの。
昔はずっとこの状態で過ごしてきた。だからこそ、思い知る。
やり直しの世界で、一ノ瀬と再会してから……。
俺はずっと、心から笑えていたんだな。
――バン!
大きな音がして振り返る。
一ノ瀬が抱えていた大型ファイルを落としたようだ。
その時、やっと目が合った。
直後、一ノ瀬は生徒会室の扉を開けて外へ飛び出す。
「高木君……!」
「高木先輩……!」
奈津季さんと美沙ちゃんの声が聞こえた。
けど、俺はその先の言葉を聞かずに一ノ瀬を追いかける。
上履きのまま剣道場の方へ走っていく一ノ瀬が見えた。
追いかけっこをして負ける理由はない。
足を怪我している嘘をついていたことはすっかり忘れて本気を出す。
中庭でその手を掴んだ。
「離して!」
悲鳴のような一ノ瀬の声を無視して、そのまま背中から抱きしめる。
「嫌だ、断る。絶対に離さない!」
「何で!?」
「それはこっちの台詞だ。何で、そんな顔をしてるんだよ」
俺は、その表情を過去に一度しか見ていない。
一ノ瀬は……泣いていた。
「お前がどんなに嫌でも理由を聞かせてくれ。納得するまで絶対に離さない」
「絶対に嫌!」
言葉は強かったけど、一ノ瀬はそれほど抵抗していなかった。
「ならいいよ、ずっとこうしてるから」
出来るだけ優しい声で言った。
とりあえず、一ノ瀬には落ち着いてほしい。
「何で……こんなことするの?」
しばらく抱きしめていると、話をする気になってくれたようだ。
「俺は嫌だよ、お前が傷ついたり悲しんだりするの。
何かあったのか? せめて話してくれ、頼むよ……」
「高木くんのせいだよ!」
語気が強い。けど、あの時のような拒絶は感じなかった。
それにしても……。
「俺が……何かした?」
どういうことだ? 俺が原因で一ノ瀬が泣く?
そんなに感情を揺さぶれるほど、お前の中で俺は大きくないだろう。
「なっちゃんとキスしてた」
「してないよ!?」
アレは未遂だ。断じてしていない。
そもそも、どうして知っている?
「だって、クラスの友達が見たって言ってたもん」
……誰かに目撃されていたのか。
「私は別に高木くんなんて居なくてもいいからさ。
いいんだよ? なっちゃんと付き合えば?」
「止めてくれ、頼むから……、そんな事言わないでくれ」
一ノ瀬は俺が居なくても平気だ。それは嫌という程、分かっている。
「何で高木くんが泣くの!?」
「ごめん、俺はお前じゃないと駄目なんだ。お前が居なくなったら、俺は……」
自分が自分で居られなくなる。
俺はやり直しの世界でも、ここまで来てしまった。
「さっきまで、平気そうな顔してたじゃん。
私の事なんて、どうでもいいんじゃないの?」
「ずっと無理してたんだよ」
仮面をつけるのだけは、上手くなったからな。
「じゃあ、何でキスしたの?」
「だから違うよ、あれは遊びだ」
ただの悪戯に過ぎない、一ノ瀬が気にするようなことじゃないんだ。
「高木くんは遊びでキスするの!?」
「いや、だからしてないって!」
どうしてこんなにも、この事を信じて疑わないのだろう。
「だって、クラスの友達が……」
「クラスの友達と俺、どっちを信じるんだ?」
頼むから、違うと解って欲しい。
「クラスの友達に決まってるでしょ!」
そんな馬鹿な!? ああ、でもこんな一ノ瀬も知っていた。
一ノ瀬は駄目な時はとことん駄目なんだ。
普段ずっと前向きで明るいから、わかりづらいけど……。
溜め込むところがある。それが爆発した時、嘘みたいに自暴自棄になるんだ。
滅多にない事だけど、俺は過去に一度だけ、見たことがあった。
立ち直ると無かった事のように元に戻るから知っている人は少ないだろう。
「もう、いいよ。私の事は放っておいて!」
「馬鹿を言うな、そんな事出来るわけないだろ?」
こんなことなら、隠さずに言えばよかった。
他人から伝わったせいでおかしくなっている。
「何でよ?」
「お前の事が好きだから、だよ」
その言葉を聞いて、一ノ瀬は俺の腕を掴んだ。
俺は爪を突き立てられる覚悟をして腕に力を込める。
「……離して」
「頼むから、ちゃんと聞いてくれ。俺と奈津季さんは何もやましい事はない」
振り払おうとするのかと思ったけど、予想外に抵抗は無かった。
一ノ瀬は俺の腕を掴んだだけで何もしなかったのだ。
「じゃあ、なんでそのことを隠してたの?」
「隠してないよ、言わなかっただけで……」
ああ、この言葉は駄目だな。今の一ノ瀬にとっては同じ意味だ。
「いつもならそういうの全部言うじゃん!」
……これ、確かに俺のせいかもしれない。
判断を誤った。一ノ瀬は隠し事をされるのが何よりも嫌いだ。
奈津季さんのためにと思ったけど……。
俺は一ノ瀬の事を第一に考えなきゃいけなかったのだ。
俺は確かに、一ノ瀬を裏切った。
これはそれに対する罰なのだろう。
「悪かった。明日からもう、奈津季さんとは話さない。
だから、お願いだから、俺と話してくれ」
「それはなっちゃんが可哀想だから止めて!」
やっぱりだ。奈津季さんのことは直接の原因じゃない。
大方の問題は、俺が彼女の信頼を損ねたことだ。
「本当にしてないの?」
「してない。というか、するわけないだろ」
少しだけ、油断していたのかもしれない。
俺が一ノ瀬を好きな事は十分に伝わっていると思っていた。
でも、ここに居る一ノ瀬とは、まだ出会って1年なんだ。
「そんなの分かんないよ……」
「ごめん、ちゃんと言わなかった俺が悪い」
想いは伝わっていると思う。
けど、その大きさまでは伝わっていなかった。
当たり前だ。俺は押し付けまいとしていたのだから。
「本当だよ、まったくもう!」
一ノ瀬の雰囲気が変わった。これはいつもの感じだ。
良かった、本当に……。
「ねえ、高木くん」
「何だ?」
腕の中の一ノ瀬は俺に体重を預けてくれた。
「何で私なの……?」
一ノ瀬は俺の手を掴んだまま、ぼそりと言った。
「どういう意味?」
「なっちゃんの方が可愛くて、女の子らしいじゃん。なのに、なんで?」
これは壮絶に難しい案件だ。
奈津季さんを否定せず、一ノ瀬を肯定する必要がある。
「まず、大前提だ。お前は奈津季さんに何一つ劣っていない。
後は……手紙を読んでくれないか?」
今思えば、盛大に勘違いした内容の手紙だけど。
「わかった。じゃあ、そろそろ離してくれない?」
思えばずっと抱きしめていた。
今さらながら暖かい体温と甘い匂いに気がつく。
「逃げない?」
「逃げないから!」
仕方なく、一ノ瀬を離した。
直後に走り出す一ノ瀬。
「おい! 約束が違うぞ!」
慌てて追いかける。
「あははは! ばーか! 騙されてやんのー!」
そう言って笑っている。
間違いない、いつもの一ノ瀬だ、心からほっとした。
十分に距離が離れた場所で立ち止まり、ポケットから手紙を取り出す。
おい、待て……!
「ここで読むの!?」
「読めって言ったの、高木くんじゃん!」
それはそうだけど……。というか、なんで持っているんだ?
一ノ瀬は手紙を開封した。
俺は過去に、一ノ瀬にいくつかの手紙を送っている。
その中の、最初の1通目。
文章は流石に覚えていないが、内容はほとんど同じだと思う。
今の俺が書いても、昔の俺が書いても、中身は変わらない。
あり得ないぐらいに拙い、心のままに書いた言葉の列。
恋人に贈るポエムのようなものだ。
さすがに目の前で読まれるのは抵抗がある。
ひたすら恥ずかしい。
しかもアイツ、何であんなに無表情なんですか?
「高木くん……」
「何だ?」
一ノ瀬は終始無言で手紙を読んでいた。
「流石に、この内容はどん引く!」
ああもう、そう言われると思ったよ。
「しかも、なんか勘違いしてるよね?」
「その通りです」
俺は恥ずかしさから真っ赤になった。普通、家に帰ってから読むだろ。
もはや公開処刑である。
でも、言いたいことは伝わったと思う。
奈津季さんと比べて、どうこうじゃない。
俺が、ひたすら一ノ瀬の事を好きだと言う事実。
「ねえ、高木くん」
「何だよ?」
俺が恥ずかしがっているのを知って、一ノ瀬は意地悪そうに笑っている。
そのまま、スタスタと歩いてきて、耳元でささやいた。
「時々でいいから、また手紙書いてね」
そう言って、今度は嬉しそうに笑う。
く……、流石だ、一ノ瀬。
やはり、お前には勝てないよ。
「ああ、いいよ、毎日でも書いてやる」
「それは重たいし、迷惑だから止めて」
相変わらずだった。
「ところで、中森のことはどう思う?」
「どうって?」
生徒会室に戻る道中、念の為に確認する。
「なんかこう、困った時に助けてもらった、とかあった?」
「何言ってるの?」
うん、どうやらあのルートは無事に回避されたようだ。
「私が困った時に助けてくれるのは、高木くんでしょ!」
その言葉を聞いて胸の奥が暖かくなった。
気持ちはちゃんと、伝わっているようだ――。
生徒会室にふたりで戻ると心配そうな生徒会執行部の面々が迎えてくれた。
すぐに別々の作業に手をつける。
文化祭執行部の人もかなり多いので、その場はそれとなく時間が流れていった。
「ねえ、高木くん!」
日が暮れて、人も少なくなり、その日の作業も終わりに近づいた頃。
一ノ瀬が俺に声をかける。
その瞬間、生徒会室の空気が張り詰めるのを感じた。
どうやら俺たちのことを心配してくれているようだ。
「喉が渇いた!」
見ると意地の悪い顔をしている。
ああ、そういうことか。
「紅茶でいいか?」
「よろしくー!」
この遠慮の無い感じ、懐かしいな。一緒に住んでいた頃を思い出す。
俺は手際よくお茶を入れた。ミルクは要らない、砂糖だけ添えて出す。
「ありがとー」
そう言って、満面の笑みを浮かべる一ノ瀬。
うん、間違いなく、いつも通りだ。
「お前ら! もう絶対喧嘩するなよな!」
そんな俺達を見た中森が怒声を上げる。
「喧嘩?」
「何のことだ?」
ふたりして全力でとぼけた。
「あー! もう! 最悪だ、このバカップル」
「カップルじゃない!」
「カップルじゃないぞ」
俺と一ノ瀬は同時にそう言って、笑い合う。
確かに……、この勘違いは傍迷惑だったかもしれない。
 




