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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第5章:仲違いと勘違い
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第58話:それでもやっぱり水着姿が見たかった

「高木くん? こんな時間に電話してくるなんて珍しいね」


 花火大会の後、俺は帰宅してすぐに風呂に入りひと息ついた。

 そうするとさっきまでの事が夢のように感じる。

 大抵の場合、こうやって気持ちを切り替えれば落ち着くものだ。

 しかし、今回はうまくいかなかった。

 どうしても一ノ瀬の声が聴きたい。


 ……こんな時は電話をしない方が良いことはわかっている。


 一ノ瀬は俺のことを好きじゃない。

 だから、期待するような言葉は貰えない。

 結局、余計に傷つくだけだ。

 わかっていたはずなのに、自分を止められなかった。


「ごめん、今、大丈夫?」

「大丈夫だよー、夏休みの宿題してたけど」

 意外と真面目な一ノ瀬だった。


「おお、偉いな」

「8月後半から文化祭執行部の仕事で学校行かなきゃいけないしねー」

 前倒しで宿題を片付けるとは、なかなか大したものである。

 なお、俺は不真面目なのでそもそも提出する気がない。


「ああ、そうだったな。練習が終わったら生徒会室に行くようにするよ。

 何か手伝って欲しかったら言ってくれ」

「高木くんも文化祭の準備手伝ってくれるの?」

 わざとらしく可愛い声を出す一ノ瀬。

 俺に対しては特に効果的だから止めて欲しい。


 過去の世界において、文化祭は一ノ瀬と中森(なかもり)に任せきりだった。

 だけど、今回はちゃんと手伝うつもりだ。部活を休む作戦は考えてある。

 一ノ瀬と話せなくなる未来だけは変えたい。


「それはもちろん! 練習が無い日は朝から行けるよ」

「ふふ、それじゃ普通に学校で会えるね」

 一ノ瀬に逢える、これ以上に嬉しいことはない。

 何だかとても楽しみになってきた。

 特別なことなんてなくても良い、一緒に帰れたらそれだけで嬉しい。

 

「ねえ、宿題しながら話しててもいい?」

「もちろん、むしろ宿題を優先しろ」

 一ノ瀬は電話の片手間に何かしていることが多かった。

 酷い時は「歯を磨くからその間、何か話してて」なんて時もある。

 一旦切ればいいだけなのだが、一ノ瀬に言わせると「相槌は打てる」だそうだ。


 対して、俺は電話しながら何かすることは全く出来なかった。

 何かしようとすると即座にバレる。

 結果、一ノ瀬と電話する時は他のことは一切しなくなった。

 だから大抵の場合、電話をかけた時点で寝る準備まで整えてある。


「何か用でもあった?」

「一ノ瀬の声が無性に聴きたくなったんだ」

 常套句だけど、今日は本気でそう思っている。

 声が聴けて本当に良かった。それだけでも随分、救われた気がする。


「またそれー? まあ、いいけど。ねえ、何か面白い話してよ」

「面白いかどうかはわからないけど、今日は皆で花火大会に行ったんだ」

 話してあげたいことはたくさんあった。


「あっ! それ今日だったっけ。行かなくてごめんねー」

「いや、来なくて正解だった。人混み凄かったぞ」

 そして、今日のことを事細かに報告する。

 これで休み明けにこの話になった時、一ノ瀬も話題についていけるだろう。

 一ノ瀬だけ寂しい思いするなんて俺は嫌だ――。



「なるほど、それは大変だったね! 確かに行かなくて良かったかも」

 満員電車の中、彩音(あやね)先輩を送り届けた話もしてある。


 ただ、あの時の感情を一ノ瀬に話すべきがどうか、迷った。

 大人の判断では黙って独りで飲み込む、という結論だ。

 少なくとも、一ノ瀬が煩わしい気持ちになることはない。


 だけど、一ノ瀬には話した方が良い気がする。

 俺はこれまでずっと、アイツに何かを隠した事がない。

 だから、彩音先輩のことはちゃんと話すことにした。


「でも、何だか寂しくてさ。彩音先輩とはもう会えないかもだし」

「大げさだなー、卒業するまでは学校にいるじゃん」

 これは一ノ瀬の言う通りだ。その気になればいつでも会える。


「そうなんだけど……」

「もしかして、彩音先輩と何かあったの?」

 こういう時の一ノ瀬は意外と鋭い。

 ……違うか、アイツはいつもちゃんと人のことを見ている。

 とぼける時も、優しさなのだろう。

 触れてほしくないことは、触れずにいてくれる。


「別れ際に抱きしめられて、名前を呼んでくれって言われた」

 俺はためらうことなく、あの時の事をそのまま伝えた。


「それで? 高木くんはどうしたの?」

「何も出来なかったよ、後は手を振って別れた」


「なんでよー、そこはガバっと行けばよかったのに! 男らしくないなあ」

 ……やっぱり、そうだよなあ。

 俺は一ノ瀬にこうやって言われるのが1番嫌だった。


 彼女にとって、俺は嫉妬するような対象じゃない。

 他の人のことを好きになった、と言ったら喜んで応援してくれるだろう。


 奈津季(なつき)さんの事も、彩音先輩の事も、嫌がってくれたのなら……。

 馬鹿だな、俺は。嫉妬して欲しい、そんな風に思うこと。

 それは「好きになって欲しい」と望むのと同義だ。


「俺は一ノ瀬のことが好きだよ」

「な、なんで急に私の話!?」

 とてもそんなことは望めない。

 だから、せめて。ありのままの気持ちを一ノ瀬に聞いて欲しかった。


「彩音先輩を見送った後、すぐに頭の中がお前のことでいっぱいになった」

「それで電話してきたんだ……」

 何となく、一ノ瀬がちゃんと聞いてくれているのがわかる。


「うん、だから今日は付き合ってくれてありがとうな」

「そんなの気にしないでいいよ」

 声色が、優しくなった。まるで諭されているようだ。

 まったく、情けないな、俺は。


「ごめんな。寂しいからってお前に頼るのは違うよな……」

 それはとてもずるいことだと思う。


「よいしょ」

「ん? どうかした?」

 電話しながら掛け声を出す一ノ瀬。

 こういうところも好きだったな。


「ベッドに移動したー」

「宿題は終わったのか?」


「今日はもういいや」

「そっか」

 確かに、もういい時間である。

 そろそろ寝ても良い頃合いだ。


「ベッドって聞いてエッチな事考えてない?」

「……それを言われて、今考えたよ」

 真面目な話は大抵、長く続かない。

 でも、それでいいのだ。

 長く話したところで、何か答えが出るわけでもない。


「うわ! 最悪、変態!」

「お前が言ったんだろ!」

 そう言って、笑い合う。とても楽しい時間だ。


「……高木くんも布団入ってよ」

「あー、うん」

 言われるがまま、ベッドに移動する。


「電気消した?」

「え、俺も寝るの?」

 なんていうか、そういう気分じゃない。

 俺はもう少し起きて考えたかった。


「いーから! 消して」

「わかったよ」

 言われて部屋の電気を消した。

 電話だから消さなくてもわからないはずだ。

 だけど、おそらく一ノ瀬には伝わってしまうだろう。


「布団入ったら、目を閉じてね」

「……閉じたよ」

 ここまで指示されるのは珍しい。

 一体、何を考えているのだか。


「ねえ、こうすると一緒に寝てるみたいじゃない?」

 ……さすがだ、一ノ瀬。

 良くそんな発想が出てくるな。


「それは想像してもいいのか?」

「いいよー、ただし、エッチなことはしないでね!」


「なんだそれ……」

「あはは、少しは寂しくなくなった?」

 耳元からする声が心地よい。

 すぐ隣にいることを想像すると胸の奥が暖かくなった。


「うん、ありがとう」

「大丈夫? 泣いてない?」

 泣いてます。しかし、凄いな。瞬く間に寂しさが消えてしまった。

 俺はどんなに歳を重ねてもコイツに勝てる気がしない。


「なあ、一ノ瀬」

「なーにー?」

 どうやら、布団に入ったことで眠くなったようだ。

 電話越しでも、一ノ瀬の様子が伝わってくる。


「俺、お前のことが本当に好きだ」

「もう、高木くん、そればっかりだねー」

 結局、俺はそれだけだからな。


「なんだか、凄くお前に会いたいよ」

「夏休みが終われば会えるでしょ」

 それは分かっている。

 それでも……。一ノ瀬に逢いたかった。


「休み中にもう1回ぐらい何処か行きたい、駄目かな?」

「えー、電話してるじゃん」

 お前の言う通り、それだけでも十分嬉しい。

 でも、駄目なんだ。俺はずいぶんと欲張りになってしまった。


「会いたくないのか?」

「だって、外暑いし……」

 我ながら、卑怯な言い方をしたと思う。

 でも「別に?」って突き放されてなくて良かったよ。


「じゃあ、海かプール行こうよ」

「……水着見たいだけでしょ?」

 ああ、そう取るのか。まあ、間違いではないが。


「それは見たい」

「水着なら体育の授業でも着てるでしょ!」

 それはそうなんだろうけど。


「クラス違うから見れないだろ!」

 よく考えると、中森は見ているのか、……羨ましい。

「高木くんって時々、強引だよねー」

 彩音先輩にも言われたな。でも、今日のは大義名分のない、ただの我儘だ。

 お前が本当に嫌だというのなら、俺は諦めるよ。


「それだけお前のことが好きなんだ」

「はあー、もうしょうがないなあ。プールならいいよ」

 いつの間にか、優しさに期待している。


 一ノ瀬に依存したくなかった。

 過ちを繰り返したくなかった。


 俺は他人に迷惑をかけるのが嫌いだ。

 我儘を通そうとするより、自分が我慢した方がよっぽど楽だった。


 でも、一ノ瀬に逢いたい。

 この気持ちだけはいつも、我慢できなかった。

 

「本当か!?」

「プランは高木くんが考えてねー」

 何であれ、応えてくれる一ノ瀬。

 俺はいつも、この優しさに甘えていた。


「わかった、任せてくれ」

「現金だなー、さっきまでしおらしかったのに」

 まったく、その通りだと思う。


「一ノ瀬のおかげだよ、お前と話すと元気になる」

「しばらく話さなければ大人しくなるかな……?」

 そう言って、しばらく沈黙する一ノ瀬。

 これは何て答えればいいのだろう。


「それは……」

「あははは! 嘘だよ、馬鹿な高木くん」

 とにかく、沈黙を破りたくて声を出すと、楽しそうな笑い声が返ってきた。

 なんて心地の良い響きなのだろう。


 結局、この日も一ノ瀬が眠りに着くまでひたすら話し続けたのだった。

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