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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第5章:仲違いと勘違い
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第56話:花火大会を甘くみてはいけない(前編)

 奈津季(なつき)さんのリクエストした花火大会は神奈川新聞花火大会だった。

 会場はみなとみらい、県下最大級の花火大会だ。


 個人的に花火大会を最大限に楽しむコツはたったひとつである。

 それは有料観覧席を確保する、ということだ。


 ……学生じゃ難しいよね。

 代替案として、観覧できそうな公園で場所取りをすることにした。

 ブルーシートを敷いて、場所を確保すれば有料席とそれほど変わらない。


 事前準備はわりと大変だった。

 打上場所の周辺地図を睨んで良さそうな公園を探す。

 ……駄目だ、地図だけじゃ良く分からない。

 ビルの陰になる可能性もある。

 衛星写真が見れる地図でもあれば別だが、今はそんなものはない。

 つくづく、不便な世の中である。


 仕方が無いので現地へ赴いた。

 一ノ瀬が来ないのに全力を尽くすのはアレだけど……。

 奈津季さんには過去の世界でも、感謝してもしきれないほど世話になった。

 そんな彼女の願いである以上、しっかりとこなしたい。


 それに、今回は彩音(あやね)先輩も来るのだ。

 先輩と花火大会なんてシチュエーションはさすがに胸が高鳴る。

 浴衣姿とか見れたら、それだけで死んでしまうかもしれない。


 それはともかく、真面目に考えるとベストポジションは山下公園だろう。

 花火を見るポジションの条件は以下の3点である。

 1.打上場所からそれなりに離れていること

 2.敷地面積の広い場所であること

 3.場所取りをするのに制限がないこと


 いくつか候補を立てて現場検証をした。

 やはり、山下公園で間違いがないことを確信する。

 問題は場所取りの難易度である。

 何時間前から行けばよいのか。そこが重要な判断だ。

 早ければ早いほど良いが、19時から始まる花火大会のために昼間からはキツイ。

 なにせ真夏である。下手をすれば熱中症で死ぬかもしれない。


 経験が無いからわからないけど、15時ぐらいが最低ラインというところかな。

 参加する人数が多いから判断に迷うけど、あまり無理するのも良くないだろう。

 ……ああ、でも彩音先輩と見るのはこれが最初で最後になる可能性が高い。

 やっぱり、根性出して12時過ぎから行くか。


 場所取り班としては俺と大場(おおば)だ。それと久志(ひさし)君にもお願いをした。

 彼を入れた理由は、来年も開催する場合の参考にしてもらうためだ。

 ふたりには日傘を持ってくるように厳命してある。


 ――花火大会、当日。


 この日、公園の最寄駅に着いたのは12時前だ。

 ここから徒歩で公園に向かう。

 見るとすでに良い場所は抑えられていた。

 仕方ない、人によっては前日から場所を確保している人もいる。

 割とガムテープで貼られたブルーシートだけの所も多かった。

 かといって、剥がして自分たちの場所にするほど無神経にはなれない。


 俺は何とか良さそうな場所を見つけて、ブルーシートを広げる。

 お花見、バーべーキューに引き続き使用しているので少し汚れてきた。

 安物だけど意外と活躍しているな。


 幸いにして天気は曇りだったので、暑さは命に関わるほどではなかった。

 その上、夕方からは晴れ予報、花火大会には最高の天気である。

 なお、大場と久志君には15時から来てもらうようにした。

 俺は待たされるのは平気なのだ。


 とはいえ、ブルーシート上でやれるのは本を読むぐらいである。

 当時は忙しさのあまり、ほとんど本なんて読んでなかった。

 俺の日々は基本的に生徒会執行部の仕事とテニスの練習で手一杯だ。

 夜は一ノ瀬と長電話をしているし。

 ……今思えば、割とリア充だったかもしれない。


「高木君、お疲れ様!」

 本を読むのにも飽きて、うたた寝をしていたところに大場がやってきた。

 場所がわかるか心配だったが、流石である。


「おお、早いね」

 まだ15時前、大場は真面目な性格だ。

 遅刻したところを見たことが無い。


「いや、高木君のがずっと早くに来てるでしょ」

 まあ、それはそうなんだが。


「久志君が心配だからちょっと探してくるよ。

 早速で悪いけど、待っててもらっていい?」

「うん、構わないよ」


 場所取りは2人以上で行った方が良い。

 待ち合わせ地点からの誘導をする際には持ち場を離れる必要がある。

 トイレに行ったり、買い物をしたりすることもある。

 あと、単純に寂しくない。


 久しぶりに立ち上がって公園内を見渡した。

 久志君も真面目だから、そろそろ現地に到着している頃である。

 周りを見ると、まだちらほらと空いている場所もあった。

 これなら15時に場所取り開始でも何とかなるだろう。

 こういう知識は大事である。久志君に伝えておこう。

 ……来年もやるかどうかはわからないが。


 まずは15分ほど辺りを見回ってから大場の所に戻ることにした。

 本当に、携帯電話が無いというのは不便である。


「久志君!」

 しばらく探すと案の定、公園内を不安そうに歩く後輩の様子が飛び込んで来た。


「高木先輩!」

 ほっとしたような顔をこっちを見ている。

 うん、可愛い後輩だなあ。


「お疲れ様」

 かくて、場所取り3人組が無事に揃うこととなった。

 人数が多い方が楽しい、これは場所取りでも同じことだ。


「トランプでもやるか!」

 ということで、俺達は大いに楽しみながら、後続のメンバーを待った――。



「じゃあ、そろそろ迎えに行ってくるよ」

「よろしくね、高木君」


 ふたりを残して公園の最寄駅へ向かった。

 待ち合わせ場所は改札口にしてあるが、すでに結構な人出である。

 集合時間は18時だが、10分前に駅へ向かう。


「おお、高木、久しぶりだな!」

 彩音先輩が10分前に来ることは承知していた。

 先読みして駅を目指したが、流石である。


「今日は髪、上げているんですね」

 朝顔の描かれた黒字の浴衣が大人っぽい。

 これでうなじ出しているとか反則である。

 ヤバイ、死んでしまうかもしれない。


「ああ、どうかな?」

 その表情でそんな質問しないでください。

 可愛すぎて悶え死にします。


「言うまでもなく、綺麗です。彩音先輩」

「そうか、いつものことだが嬉しいよ」

 何故か今日はやたらと色っぽい気がする。

 やはり浴衣の威力は凄いな。


「受験勉強の方は順調ですか?」

「嫌な事を聞くな!」

 そう言って人差し指で頭を突かれた。

 いつもの仕草なのに今日はなんだか駄目だ、ドキドキする。


「夏休みはほぼ夏期講習でいっぱいだ。今日は良い息抜きをさせてもらうよ」

 3年生にとって、夏休みは受験の天王山だ。先輩が大変なのは良くわかる。

 何せ俺も経験者だからな。


「高木先輩、神木(かみき)先輩!」

 意外と早く来たのは美沙(みさ)ちゃんと麻美(あさみ)ちゃん。

 仲が良いわけじゃない、と言っていたけど悪いわけでもないらしい。


「ふたりとも浴衣が良く似合っているね、可愛いよ」

「先輩ー、それ、下手するとセクハラですよお?」

 美沙ちゃんにあっさりと返された。


「くっくっくっ、高木、お前は後輩にも弱いんだな」

 彩音先輩に笑われてしまった。


 その後、続々と到着する生徒会執行部のメンバー。

 今日は一ノ瀬が居ないので時間通りかなと思っていたが奈津季さんが遅い。


「ごめん、高木君!」

「奈津季が遅刻するなんて珍しいね」

 沙希(さき)先輩の言う通りで、奈津季さんが遅刻することは滅多にない。


「どうかしたの?」

「浴衣の着付けに手間取っちゃって」

 良くあることである。

 紫陽花の浴衣がとても似合っていたので文句なんて言えない。


「気にしなくていいよ、大して遅れてないし」

「ごめんねー」

 実際、誰の迷惑にもならない。集合時間は花火大会の開始時間よりも大分前だ。


「奈津季、久しぶりだな」

「ああ、神木先輩、すいません」

 彩音先輩と話す奈津季さんは嬉しそうだ。

 うん、奈津季さんのリクエストに応えて本当によかった。


 すでに辺りは混雑し、暗くなり始めていたので確保したスペースへ移動する。

 大場達を待たせている都合、急ぎたい気持ちはある。

 だが、浴衣の女子達に無理をさせるわけにもいかない。


「お疲れ様ー!」

 結局、1時間近く持ち場を離れてしまった。

 申し訳ないと思っていたが、やはり2人で待っているのは良いものだ。

 大場と久志君が神経衰弱をして遊んでいる姿を見てほっこりした。


 花火の時間が近づくと周囲の人の数も凄い事になってくる。

 幸いにして、山下公園ではおしくらまんじゅうのような状況にはならなかった。

 みなとみらいの方に向かってブルーシート上で体育座りをして待つ。


 打ち上げ花火といえば、破裂音のイメージが一番大きいと思う。

 だけど、俺が好きなのはその直前だ。

 口笛のようなヒューッという細長い音が夜空を駆け抜ける。

 その音が聞こえてくると周囲の話し声も小さくなった。

 ああ、まさに夏の風物詩である。


 空気を切る音が途切れて、しばらくすると大輪の華が暗闇のキャンバスを彩る。

 ドン、という炸裂音は予想以上に大きく、辺りにビリビリとした振動が残った。

 胸の奥が揺れるような響きが心地よい。

 近くで上がる花火は見た目だけでなく音も楽しめる。


 俺は昔から、花火大会が好きだった。

 光の破片をぼーっと眺めて居る時間は幸せだ。

 ほんのりと漂ってくる火薬の匂いも趣がある。


 でも、一ノ瀬はこれが苦手だった。

 俺が心地よいと感じる音の振動も、一ノ瀬には不快なのだろう。

 自分の好きなものを好きになって欲しいとは思う。

 けど、アイツが嫌いだという気持ちも理解しなきゃいけない。

 価値観が違う、それで致命的にダメになるなんて思いたくない。

 俺たちは理解しあうことが出来る、そうやって歩み寄っていけば良いだけだ。

 ……昔はそんなことばかり考えていたっけ。


「綺麗だねー」

「うん、やっぱり花火は良いよね」

 隣に居たのは奈津季さんだ。


「皆で見れたのは高木君のおかげだよ。本当にありがとう」

「お礼なんていいよ、俺もこうやって見れて良かったし」

 良く考えると、奈津季さんとは価値観が近い気がする。

 こういう人が彼女だったら本当に楽だろうなあ。

 むしろ結婚したい。


梨香(りか)ちゃんと来れなくて寂しい?」

「それは寂しいねー」

 今日は良い日だ。とても楽しいし、花火も綺麗。

 奈津季さんもいるし、彩音先輩もいる。

 もちろん、他の皆もだ。

 だけど……やっぱり一ノ瀬が居ないのは寂しい。


「梨香ちゃんも来れば良かったのにね」

「まあ、仕方ないよ、花火大会はアイツの苦手なものばかりだし」

 俺は一ノ瀬に無理をさせたくはない。

 いつでも、自分の思う通りに生きて欲しいと思う。


「相変わらず、梨香ちゃんには甘いんだねえ」

「いや、だから奈津季さんにも甘々だよ?」

 いつものノリだ。特に変わったことはない。


「ふーん……」

 そう言って奈津季さんは俺の肩に頭を乗せた。

「えっ!?」

 何このパターン! 「あー、はいはい」ってヤツじゃないの?


「甘えるってこんな感じなんだねー」

 ああ、なるほど、なんか興味があったんだね。


 そういえば、ダイビングの時に思いっきり見られてたんだっけ。

 あれで少し異性に興味を持ったとか?

 うーん。女の子の考えていることはよくわからない。


「いいなー、梨香ちゃん……」

「いや、別にアイツには何も羨ましいところなんかないと思うよ?」

 むしろストーカー被害にあっている可哀想な子だ。


「えー?」

「想われる方も辛いことがあると思うからね」

 好きでも無い相手に言い寄られる、俺にはそんな経験が無い。

 だから、分からないけど……。俺は多分、困ると思う。


「……そっか、高木君は私の事、嫌?」

「そんなことあるわけないよ」

 奈津季さんにこんな風にされて嬉しくないわけがない。


「じゃあ、しばらく、こうしてても良い?」

「えっ!? 何で?」

 奈津季さんの意図が読めない。


「高木君が嫌じゃないなら、私も梨香ちゃんと同じことしてもいいよね?」

 うーん、理屈は通っているような……。


 それからはしばらく黙って花火を眺めていた。

 次々に打ちあがる、美しい光と音の共演に時間を忘れる。

 その間、奈津季さんの頭はずっと俺の肩に乗ったままだった。


 何だか妙な気分だ。観覧場所をセッティングしたお礼か何かかな?

 そう考えると素敵なプレゼントだ。

 

 もしかしたら、一ノ瀬もこんな気持ちなのかな……。

 きっとそうなのだろう。確かに嬉しい。少しも嫌じゃない。

 だから拒絶することなんて出来ない。


 でも、俺は違いを感じてしまった。

 奈津季さんには悪いけど、俺はやっぱり……、一ノ瀬が良い。

 凄く失礼なことを考えているのは百も承知だ。

 奈津季さんは別に俺の事が好きなわけではないだろう。


 馬鹿だな、俺は。

 何で、ここに居ない人のことばかり考えているのだろう。


 何故だか、無性に実感してしまった。

 一ノ瀬は俺のことを好きじゃない。

 だから、奈津季さんに言えないんだ。


 ――それは一ノ瀬が嫌がるから、駄目だよ。


 俺は嫌じゃない。むしろ嬉しい。拒絶したい気持ちなんてない。

 それなのにどうして……こんなに寂しい気持ちになってしまうのだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 叶わぬ恋心を持つ人が増えているんじゃないかって不安になりつつも雰囲気がすごく素敵でなんかもう…切ないやら眩しいやら…
[一言] 好きな相手に、執着も嫉妬もしてもらえないのは、悲しいですね。でも、段々変化が?? 続きを楽しみにしています。
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