第6話:黒歴史その2、マラソン大会で298位!
生徒会選挙が終わり、秋がやってくると文化祭の季節だ。
だが、この学校は冬に向けてもう一つイベントがある。
それはマラソン大会だ。
「たーかーぎー!」
寺田の声が聴こえたかと思うと、背中に衝撃が走った。
――バンッ!
「げふん!」
なんで急に殴ってくる!?
「次、体育だから行くぞ!」
「……何するんだよ?」
殴られたところを抑えつつ返事をする。
「いつものことじゃん。お前の反応、鈍いんだよ」
どうやらコミュニケーションの一環らしい。普通に痛いんだけど。
出来るのなら、もう少し加減して欲しい……。
寺田は恰幅が良いからダメージも大きいのだ。
「そら、行くぞ」
そう言って先に教室を出て行ってしまった。
着替えは男女別で、男子は隣のクラスで着替えることになっている。
ここに残っているはまずいので仕方なく寺田の後を追った。
着替えながら今日の体育の授業の話を聞く。
どうやら11月にあるマラソン大会に向けてひたすら走るだけのようだ。
……これはヤバイぞ。この頃の俺は体力が全くない、もやしっ子だ。
帰宅部でゲームしかしてなかった。
今思えば本当にもったいない、折角若い肉体を持っているというのに。
なお、晩年の俺はアラフォーとはいえ、確実にこの頃より体力がある。
全く持って嘆かわしい。
この台詞……若者に嫌われるオッサンの典型的なヤツだな。
自分に対して思ったことだけど、この瞬間に色々な事を理解してしまう。
さっさと着替えて校庭に出るとすでに先生が待っていた。
「よーし、じゃあ今日は外周10周な!」
体育の先生は爽やかにそう宣言する。
先生ってこうやって見ると意外と若いもんだよな。
むしろ……死ぬ前の俺より年下じゃないか。
いやまあ、今の俺は中学生だけども。
「早く終わったら休んでていいぞ」
その言葉にほっとする。
確かグランドの一周が200mで外周が400mだっけか。
10周だと4kmだから歩いたって1時間だな。
授業は40分だから楽勝だ。
……と、そんな風に考えていた時期が俺にもありました。
「ぜーはー、ぜーはー」
おかしい、なんで呼吸も整えられない!?
4周ほどしたところで脚は鉛のように重いし、肺からまともに空気が回らない。
「はっはっ、すっすっ」
ああ、それそれ。その呼吸で走りたい。
「高木君、がんばれ!」
そう言って追い抜いて行ったのは女子バレー部の百瀬さんだ。
ボーイッシュなショートカットで、思慮深くクラスでも人気の子。
何を隠そう、初恋の人だ。
しかし、女子に周回遅れ……。
俺は女性を蔑視する気はさらさらない。
女のくせにとか、女なんだから、みたいな言葉は今どき許せないと思う。
けれど、流石に身体能力には差があることは認めざるを得ないだろう。
差別するつもりはないが区別は必要だと思っている。
だから、やっぱりこれは悔しい。勝てないとかではなく、周回遅れだよ?
何故だ、中学生の俺。なんでこんなに駄目なんだ……。
半泣きになりながら必死で走る。
もはや残っているのは根性だけだ。
「たーかーぎー!」
――バンッ!
声と同時、寺田に背中を叩かれて一瞬息が出来なくなる。
殺す気か。頼むから手加減をしてくれ。
「頑張れよー!」
ちなみに男子には2周遅れだ。寺田に対して文句を言う気力すらない。
悔しいので歩きたくなかった。
けれど、現状は走っているとは言えないスピードだ。
ゴール地点では楽しそうに話しているクラスメイトを見かける。
いいよな、お前らは。俺はまだこの地獄のような時間が続くんだぞ。
……もう本当に嫌だった。
結局9周目で先生に止められて授業は終了。なんて惨めな結果。
……でも、これ。
今考えると他にやりようがあるんだよな。
何の能力も持たないまま過去に戻ったとして、クソな人生を辿るだけ。
そう思っていたが、そうでもないらしい。
確かに体力はゴミみたいな感じで昔の俺そのものだけど。
今の俺は、鍛えればどうとでもなることを知っている。
そして、おそらく行動も出来る。
今思い出したが俺は確か、授業中に8周しか出来なかった。
信じられないけど本当のことだ。
なのに9周出来たのは「走り方」を知っていたからだろう。
やはり、記憶があることは相応のアドバンテージである。
……残念ながら、今の俺はそれを自ら放棄しているわけだが。
次からはちゃんと8周走るペースにしないと駄目だな。
歴史が変わって一ノ瀬に会えなくなってしまうかもしれない。
体育が終わって教室に戻るといつも通りの退屈な授業。
相変わらず先生に質問しなきゃいけないから眠っているわけにもいかない。
本当に自分が嫌になる。
でも、これ以上ないぐらいの自業自得なので文句は言えない。
――そして、マラソン大会の日がやってきた。
俺は、もはやこの日を楽しみにしていた。
何故ならこれが終われば体育の授業で走らなくてよくなるからだ。
正直、今の体力ではどんなにペースを落としても走るのは辛い。
体育の時間が、毎度地獄のように感じた。
走れる人は走れない人の辛さなどわからない。
何故なら、辛かったらゆっくり走れば良いだけのことだから。
ある程度体力があれば、そのように考えることが出来る。
それが出来ないところまで体力落ちてしまっている状況。
俺からすると、これは無駄なのだ。
何故ならこの辛さを背負って生きるよりも良い方法がある。
それは、ちょっと頑張って体力をつけること。
不思議なもので、ここまで体力が落ちてしまうと運動することそのもの苦痛だ。
そしてたどり着く、「向き不向きがあるから、今さら頑張っても無駄だ」と。
こうなると、何を言ってもダメだ。
当時の俺に、今の俺がどんな説明をしても走れるようにはならないだろう。
大人の言っていることは大概正しいのに、何故か従う気になるのは難しい。
――パァン!
くだらないことを考えていると、スタートの号砲が鳴った。
この年の男子生徒数は306人。
うち、4人が欠席しているので実に302人が一斉に走り出した。
道中のチェックポイントでタイムが表示されているが、俺にはあまり関係ない。
タイムなど二の次、どうでもいい事だ。
大事なのは完走できるかどうかだけ。なにせ授業では9周しか出来ていない。
時間切れがない分、いつもより距離が長くなるのだ。
「ぜーはー、ぜーはー」
肩で息をしながら、歩いているのとほとんど変わらない速度で走る。
しばらくすると他の生徒を見かけなくなった。
集団から大きく離されているのがわかる。
「ぜーはー、ぜーはー」
ペース配分もクソもない、とにかく歩かないぐらいしか俺に出来ることはない。
ひたすら、黙々と辛い時間に耐える。
大丈夫、どんなに長くても1時間だ。
「ぜーはー、ぜーはー」
ゴール地点では何故か沢山の生徒が集まっている。
観客となる生徒はすでに完走している人たち。
つまり、ゴールが遅くなれば遅くなるほど、多くの人の目に付くことになる。
「がんばれー!」
「あと少しだぞー!」
何故か、応援をされた。本当に理不尽だ。
一番頑張ったはずの速い人たちは、誰の目にも止まることなくゴールしている。
なのに、平時の努力を惜しんだ俺が多くの声援を浴びるとは。
大観衆はゴールラインを取り囲んでいた。
っていうか、コレ、もう公開処刑なんですけど。
止めて、注目しないで。そってしておいてくれ。
――そして、何とかゴールラインを越えた。
「高木! よく頑張った!」
「感動したぞー!」
……不本意だ。
本来、感動を与えるべき人は一番でゴールした人だ。
俺の順位は298位。
出走した中で後ろから5番目。
とても称えられるような成績ではない。
見ている人からすれば、それでも「良くやった」なのかもしれない。
この話で恥ずかしかったのは順位そのものではない。
マラソン大会で自分は頑張ったと勘違いしたことだ。
実際は、衆人環視の中でみっともない姿をさらしただけだった。
それを悔しいと思わなかった自分がとにかく情けない。
黒歴史はまだ続く。