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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第5章:仲違いと勘違い
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第52話:前と同じことが今も出来るとは限らない

 懇親会のバーベキュー以降、1年生も生徒会室に来ることが多くなった。

 入り浸っているのは久志(ひさし)君と麻美(あさみ)ちゃんだ。これは嬉しかった。

 ふたりは奈津季(なつき)さん、大場(おおば)とも気が合うようで実務がよく進む。


 3年生はお花見以来、一度もこちらに顔を見せていない。

 寂しいけれど、学年が変わるというのはこういうものだ。

 学生の時間経過の重さを改めて痛感する。


 体育祭の準備は着々と進行していた。

 俺が作成した予定表通りに事が進んでいる。

 目に見えるように生徒会室に張り出しているから皆の理解も早い。


 そして、体育祭はリハーサルを経て無事に当日を迎えたのだった――。



「久志君、次は女子騎馬戦ね! 準備と誘導よろしく。

 女子は全員参加だから、執行部員減るよ、気をつけて」

「わかりました!」

 プログラムを見ながら、競技の準備と放送委員への連絡を行う。

 執行部長は中森(なかもり)だが、リハーサルおよび当日の指揮は俺が取り仕切った。


「凄いですねえ、高木先輩」

「あれ、美沙(みさ)ちゃん? 女子は騎馬戦じゃないの?」

 女子騎馬戦は全員参加だったはず。


「ああ、私は業務優先で出場辞退しました」

 しれっと言っているけど、これはサボりじゃないのかな?

 まあ、俺はそういうのに対して寛容だから全く気にしないけど。


 彩音(あやね)先輩は「必ず何かしらの競技に参加しろ」と言った。

 対して俺は「各自の判断で競技に参加しろ」という指示を出している。

 これはどちらかというと、北上(きたかみ)先輩の考えに近い。


 俺は他人に何かを強要する行為が極端に嫌いだった。

 意志を継ぐ、それには競技参加に対する思想も含まれるのかもしれない。

 けれど、嫌なものは嫌だし、認められないことはある。


 伝統は確かに大切だ。

 けれど、それは全てをそのまま次へ繋げることだけじゃないと思う。

 少しずつ形を変えながらでも未来へ残すことだ。

 変化を許容しない伝統は、いつかどこかで破綻する。

 俺はそう思うからこそ、全てをそのまま残すことはしない。

 それに、何もかもを先代に従うというのは思考放棄だ。


「高木先輩が居なくなったら、本部は成り立たないなーって思いますよ」

「ありがとう、美沙ちゃん。でも、俺は来年、ここに居ないよ?」

 少しだけ未来のことを見据えて釘をさしておく。


「それは困りますねえー。でも、私も来年、ここに居るとは限らないのです」

 美沙ちゃんの言い分はとても正しい。

 不思議な子だ。何を求めて生徒会執行部に入ったのだろう。

 結局、当時の俺には推し量り切れなかったな。


「そっか。じゃあ久志君を手伝ってあげて、女子の誘導は女子のが良いし」

「いいんですか? 来年の話とか」

 お説教は好きじゃない。

 それに賢い美沙ちゃんなら、意味は理解してくれたと思う。


「うん、良いよ、今は手伝ってくれることにただ感謝してますから」

「わかりました!」

 指示には素直に従ってくれるんだよなあ。

 しかも、仕事が早くて判断力が高いから頼りになる。


「高木先輩、次玉入れですよね? 用具の準備始めた方がいいですか?」

 声をかけてきたのは正樹(まさき)君。

 彼はいわゆる「出来る男」というヤツだ。

 大抵の場合、女子にモテる男というのは気づかいが上手い。

 直結して仕事も出来ることが多い。

 いやほんと、才能というのは一か所に集まるものだ。


「ありがとう、よろしく頼むよ」

「そういえば中森先輩はどうしたんですか?」

 くっ、痛いところを突いてくる。


「中森は多分、クラスの友達と話していると思う」

「執行部長って中森先輩ですよね?

 やる気がないなら高木先輩に譲れば良かったのに」

 いや、そもそも俺は執行部長とか出来ないから。

 テニス部員だしね。


 ……この辺りのことを説明すると逆に論破されてしまいそうだ。

 正しさを追求すると、俺が指揮をとっていることが間違っている。

 越権行為も良いところだ。


「いいんだよ、中森はああ見えてちゃんと仕事をしているんだ」

 彩音先輩も言っていたけど、クラスメイトと仲良くするのも大事なことである。

「……高木先輩がそう言うなら、これ以上言いませんけど」

 不満そうな顔で体育倉庫へ向かって行く正樹君。

 彼は身長が高いので、すでに背中は俺よりも大きい。

 そして多分、俺よりも正しくてまともだ。

 しかもイケメンである。……勝てる要素がない。


 彩音先輩というカリスマと正樹君というカリスマ。

 その間に居たのが凡人の俺だった。


「高木先輩ー! 女子騎馬戦終わりましたー!」

 息を切らせて本部テントに走ってきたのは麻美(あさみ)ちゃんだ。

「大丈夫? ちょっと怪我してない?」

 膝をすりむいているのが目に付いた。

 騎馬戦で何かあったのだろうか。


「だ、大丈夫です。次は何をすればいいですか!?」

 真面目だなあ。そして可愛い。

 ショートボブがこんなに似合う子は、なかなかいないだろう。


「うん、保健室に行ってきなさい」

 女の子が怪我をしているという状況はいただけない。


「先輩、私をちゃんと戦力として扱ってください!」

 麻美ちゃんはどこかコンプレックスのようなものがあるのだろうか。

 凄く頑張る子だった。


「心配しなくても頼りにしてるよ」

 頑張ってくれているのは良く分かっている。

 仕事を任せた方がいいのか、手当てを優先すべきか。

 考えてみたけど、今は彼女の感情を尊重することにした。


「じゃあ、騎馬戦の得点集計と、ボードの入れ替え頼んでいいかな?」

「わかりました!」

 元気よくそう答えた麻美ちゃんの目はキラキラしていた。

 この眩しさはいつまでも残っていて欲しいなあ。


「高木くーん!」

 麻美ちゃんと入れ違いで体操服の一ノ瀬が手を振りながら走ってきた。

 ああ……可愛いなあ。


「玉入れの後、棒倒しでしょ? 本部の指揮かわるよ!」

「おう、それじゃ頼んだ。

 玉入れは正樹君が出ているから、戻って来た久志君に指示だして!」

 

 本来なら4人の1年生の中から後継者を選ばないといけなかったのだろう。

 そして、一ノ瀬ではなく、その後継者に指揮を任せるべきだ。


 当時の俺はそういうことを全然考えられていなかった。

 落伍者ゆえの、無責任。まるで無自覚だったな。


 正樹君はそんな俺を尻目に一人で勝手に成長していった。


 俺は先輩に、後輩らしいことを出来ず。

 後輩には、先輩らしいことを出来なかった。

 これは確かに後悔かもしれないな。

 

 でも、今度も俺は選ばない。……というより、選べないのだ。

 俺にはそんな権利も甲斐性も無い。

 道を選び、決めるのは俺じゃなくて後輩達だ。

 だから、俺は可能性を与えるだけでいい。


「わかった、頑張ってね!」

 一ノ瀬にこういわれると流石に気合が入るなあ。

「行ってきます」

 彩音先輩と同じように、俺も競技には参加する。

 他人には強要しない、けど自分だけはその理想を受け継ぎたい。


 俺は確かに、凡人で人の上に立つような人間じゃなかったけど。

 幸いにして俺達の代には一ノ瀬が居る。

 俺一人じゃ無理なことも、アイツが居れば大抵のことはどうにかなるさ。


 本部テントで笑っている一ノ瀬を見て、鉢巻を締めた。

 生徒会執行部員である前に、ひとりの生徒。

 だから、俺は一ノ瀬を信じて競技に参加した――。



「あははは! 高木くん、酷かったねえ!」

 うるさい、馬鹿にするな。

 ……棒倒しはともかく、徒競走では醜態をさらしていた。

 短距離は苦手なんだよ。


 午前中のラストは応援合戦だ。

 体育祭の最大の見せ場と言っても良い。

 こればかりは体育祭執行部も全員、観戦してもらった。

 楽しんでもらうことは大事なのだ。

 

 都合、裏方は俺と大場(おおば)でやることにした。

 大場には悪いけど、ここは何とかふたりで乗り切るしかない。


「ぬうう、せめてチアリーディングは見たかった!」

「ふふ、高木君にもそういうのあるんだ」

 俺の魂の叫びを大場はあっさりと受け答えた。


「大場は興味ないの?」

「ないわけじゃないけど……」


「僕はどっちかというと君の方が気になるかな」

 なんだと……?

 意外な台詞に驚きを隠せない。


「どういうこと!?」

「いや、人を好きになるってどんな感じなのかなって」

 ああ、そっちか。

 変な想像をしてしまった自分を殴りたい。


「……あんまり良いこと無いぞ?」

「そうかなあ、僕としては高木君がちょっと羨ましいよ」

 何故そんな寂しそうな顔をするんだ。


「いや、だって片想いだぞ?」

「僕にはまだ、そういう感情って分からないんだよね」

 好きな人が居ない、そういうことか。

 それは確かに寂しいかもしれないな。

 逆に、俺はそういう時間を忘れてしまった。


 たとえ、居なくなったとしても。

 俺はずっと一ノ瀬が好きだった。

 どんなに否定して、蔑んで、冷遇しても、消せなかった想い。


 そんな気持ちを憎んでさえいたのに、無くなってしまうのは怖かった。

 悲しみしかないのに、それさえも感じられなくなるのは寂しかったんだ。


「大丈夫だよ、きっと、大場にもそういう時間は来る」

「そうかなあ?」

 人が誰かを好きになるのは、とても自然なことだ。

 きっと、誰も好きにならずに生きていくことの方が難しい。


「そうだよ、そのかわり、思っていたより辛くても泣くなよ?」

「ははは、高木君に言われるとはね」

 くっ、何一つ言い返せない。

 なにせ一ノ瀬との初対面で思いっきり泣いてたからな。


「まあ、僕は高木君を応援するよ」

 くそっ、最近の俺は男にすら涙目になってしまう。


「ありがとう、俺も、大場を応援するからな!」

「うん、ありがとう」

 俺は大場の肩を叩きながら言った。


「でも……一ノ瀬だけは好きになるなよ?」

「ふふっ、高木君は筋金入りだねえ」

 そう言って、ふたりで笑いあった。

 もちろん、仕事はキッチリこなした上で、だ。


 得点ボードを入れ替えて、無事に昼休みを迎える。

 昼休み中もプログラムを見ながら、午後の指揮に備えた。

 母にはおにぎりを握ってもらっている。

 これなら片手で食べられるからな。


「何だか、去年の神木(かみき)先輩を思い出すね」

「んあ?」

 話しかけてきたのは奈津季(なつき)さんだ。

 片手間に相手するのは失礼なので顔上げて奈津季さんの方を見た。


「ああ、いいよ、そっちに集中して」

 言われてプログラムの方に戻る。

 次の競技の準備は昼休みが終わる前に始めなければいけない。

 その次の競技の割り当ても一応、頭に入っている。

 過去に問題なく出来た事なのに必死だ。

 今の自分のリソースを最大限に使ってそれでもギリギリとは恐れ入る。

 昔の俺、凄い頑張ったんだな。


「神木先輩もそうやってご飯食べながらプログラム見てたね」

「うん、それは俺も覚えてる」

 あの時の彩音先輩は恰好良かった。

 ……しかし、俺じゃあどう見ても、あんな絵にはならないぞ。


「彩音先輩はこの中で、後輩の育成もしてたんだよな……」

「いいんじゃない? 高木君は今のまんまでも」

 奈津季さんはとても優しい声で言った。


「へっ?」

「神木先輩は後継者決めてしっかり育てる感じだったけど……。

 高木君みたいにみんなを見るのも良いと思うよ」

 彩音先輩に心酔している奈津季さんの言葉とは思えない。


「神木先輩は『体育祭、成功させるぞ!』って感じだったよね」

 たしかにそんな感じだった。


「先輩、グラウンドの白線、引き直しておきました!」

「おお、正樹君、ありがとう! 午後の最初、綱引きの準備、宜しくね」

 元気だなー、1年生。そして流石だ、気が利いている。


「わかりました!」

 そう言って体育倉庫へ走っていった。

 ちゃんとご飯食べてるかな? ちょっと心配だ。


「格好いいね、先輩」

「えっ!?」

 奈津季さんに茶化された。いや、これは励まされたのか。


「さっきの続きだけどさ、高木君は『体育祭、楽しんでもらうぞ!』って感じ」

 たしかにそうかもしれない。

「私は、高木君のそういうところ、結構好きだな」

 これは、さすがに嬉しいな。


「……ありがとう、俺は心底、仲間に恵まれたと思うよ」

「ふふっ、私は高木君のそういうところも好きだよ」

 やはり、こういうところは女子の方が一枚上手である。

 その言葉には勝てません。本当にありがとう、奈津季さん――。



 かくて、体育祭は無事に成功という形で終わった。

 最後に生徒会室に体育祭執行部が一堂に会する。


「今日はありがとう、皆さんのおかげで、なんとか無事に終わりました。

 じゃあ、部長、締めの言葉を宜しく」

「えっ!? 俺?」

 そう言って中森に最後の言葉を任せる。他に誰がいるというのだ。


「皆さん、お疲れさまでした!

 片付けは明日、それが終わった後も反省会とまだ少し仕事は続きます。

 でも、それが全部終わったら、打ち上げに行きましょう!」

「おおー!」

 いいなあ、この感じ青春だよね。

 

「では今日のところはこれで解散します」

 うん、いい挨拶じゃないか。


「あ、1年生の生徒会執行部員は少しだけ残って下さい」

 三々五々にクラスへと戻っていく体育祭執行部員。

 そんな中、俺は後輩4人を呼び止めた。


「今日は本当にお疲れ様。助かりました」

「何を急に改まって……」

 そう言う正樹君の隣に行って片手を上げる。


「なんですか?」

「いいから手を上げて」

 不思議な表情ながら、言われるがままに上げた手を俺は勢いよく叩く。


 ――パン!

 乾いた音が生徒会室に響く。


「お疲れ様、気配りしてくれてありがとう。みんなも動きやすかったと思う」

「え……あ、はい!」

 うん、良い返事だ。


 続いて久志君の下へ行く。


「一生懸命走ってくれてありがとう。安心して仕事を任せられました」

 意図を理解してくれたのか黙って手を上げる久志君。

 うん、さすが賢い。

 俺はその手を正樹君同様、勢いよく叩いた。


「ありがとうございます!」

 いや、そんな闘魂注入みたいなのじゃないんだけど。

 まあ、いいか。


「麻美ちゃん、ありがとうね。よく頑張った。足の怪我は大丈夫?」

「あ、はい、ただの擦り傷ですし」

 そう返事して恐る恐る手を上げてくれた。

 その手をパシンと優しく叩く。

 相手は女子なのでこんなものだ。


「美沙ちゃんもありがとう。的確な動きをしてくれて助かりました」

「あー、私、こういうの苦手なんで、スルーさせて下さい」

 そういって目を反らして俯く。なるほど、そういう感じか。


「えっ! ……先輩、それ完全にセクハラですよ?」

 仕方がないので頭を撫でてやった。

 うん、セクハラ上等だ。

「手を上げなかった美沙ちゃんが悪い」

 そう言って、笑顔を返す。


「うー……、高木先輩も、有罪です!」

 美沙ちゃんは両手で撫でられた場所を抑えてそうつぶやいた。


「というわけで、解散です。ごめんね、付き合わせちゃって」

「いえ、お疲れさまでした!」

 そして、教室に戻っていく後輩たちを見送った。


「ふう……」

 ひとりになったところで一息つく。

 俺は彩音先輩のように後輩を育て、導くことは出来ない。

 なら奈津季さんの言っていたように、せいぜい見ることぐらいだ。


 俺は器用貧乏だからな。

 出来るだけ全員のことを見たいと思ったんだ。

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