第51話:外で食べる料理は妙に美味しく感じる
「かなり遠くまで行くんですね」
久志君から突っ込みが入った。分っている、確かに遠い。
だから、集合場所はあえて学校の最寄り駅にした。
皆で話しながらの移動なら長時間でも気にならないだろう。
「ごめん、これは完全に俺の趣味なので我慢してくれ」
「気にしないでください、先輩。責めたわけじゃないんです」
悪気がない、というのが伝わってくる良い返事だ。
久志君は本当に良い子である。
対して正樹君はずっと一ノ瀬と話している。
くそう、俺もあのポジションがいい。
けど、それは後輩と仲良くなるという趣旨を根底から否定してしまう。
麻美ちゃんは中森、大場と楽しそうに話していた。
美沙ちゃんは奈津季さんと髪型をいじりあっている。
うんうん、いい雰囲気だ。
先週の定例会で、今回の課外活動について提案した。
休日の集合は嫌がるかな、と思ったのだが、ふたつ返事でオーケーを貰えた。
バーベキューって意外とパワーワードなのかもしれない。
あと、3年生が居ないっていうのも気兼ねしなくて良いのかな。
拝島駅で少し長めの乗換待ちをした。
ここまで来れば、あとは目的地まで1本で行ける。
結局、電車に揺られること約2時間。
やっと目的地である武蔵五日市駅に到着した。
「おー、やっと着いたー!」
思い切りのびをする一ノ瀬。
すまん、さすがにちょっと遠かったな。
「ここから徒歩10分ぐらいだから、あとちょっと頑張って」
「はーい!」
さすが生徒会執行部員なだけあって、ここで文句を言う人は居なかった。
みんな真面目でいい生徒だ。少しほっとした。
……気分は引率する先生である。
「男子は荷物持ってくれー」
食材は全て俺が選んだ。文句があっても聞く耳はない。
一応、アレルギーの類は聞いてみたが特に心配ないそうだ。
バーベキュー会場は秋川の広々とした河川敷にある施設にした。
周囲は民家よりも山の新緑が多い、一言で言うと山奥だ。
入口からは見渡す限り石しか見えない。
しかし、少し歩いた先に透明度の高い川が流れているのだ。
光の加減で緑色に見えるのが美しい。
もちろん、増水していない限りは水遊びすることも出来る。
「おおー!」
現場のバーベキュー施設に到着すると感嘆の声が上がる。
どうせやるなら山奥、そして川沿い、これは外せない。
「高木くん、あの川って入っていいの?」
「いいよ、サンダル持ってきてるよな? 素足は絶対駄目だぞ。
水はクソ冷たいから気をつけろ、そして絶対に転ぶなよ」
キラキラした目で言う一ノ瀬に釘を刺した。
「うん、分かったー!」
そう言って正樹君とふたりで川に突っ込んでいく。
……正樹君が羨ましい。
「中森、大場は鉄板と炭運んで欲しいから一緒に来て。
奈津季さん、悪いんだけどブルーシート広げてもらえる?」
「了解ー」
夏場ならテントを借りるところだけど、今日はそれほど暑くない。
経費削減させてもらおう。
……女性陣のことを考えると申し訳ないが、学生なので仕方ない。
基本的に1年生は無料で2年生で割り勘ということになっている。
管理事務所の受付で道具一式をレンタルした。
わざわざ重い荷物を運ばないで済むのがフルレンタルの魅力だ。
炉と鉄板の他に網と包丁、トング、フライ返しも借りておいた。
思いっきり川遊びに興じている一ノ瀬を見てほっとする。
アイツには普段から結構な量の仕事を任せているからな。
こういう時ぐらい、羽を伸ばしてのんびりして欲しい。
「これ、火とかどうやって起こすの?」
奈津季さんが心配そうにこっちをのぞき込む。
「ああ、こっちは俺に任せてよ」
「奈津季さんは食材のカット、お願いしていい?」
そう言って包丁と野菜を手渡した。
「あ、私も手伝います!」
こっちの様子をみて麻美ちゃんが走ってきてくれた。
「ありがとう、じゃあよろしくね」
奈津季さんとふたりで調理場に向かっていく後ろ姿がほほえましい。
「中森と大場も遊んできていいよ!」
ここから先は見ているだけになってしまうだろう。
「おう、わかった!」
そういって中森は水遊びしている一ノ瀬と正樹くん、美沙ちゃんに合流する。
……促しておきながら、ちょっと羨ましい。
「僕は悪いから一緒にこっちにいるよ」
「手伝えることがあったら言って下さい!」
大場と久志君が近くに残ってくれた。
うんうん、君たちはいつも良い奴らだ。
俺は手際よく炉の中に薪を組んだ。
キャンプファイヤーの要領で隙間を作っておくのがポイントだ。
薪の一部は細かく割いて燃えやすくしておく。
火種は新聞紙だ、ライターで火をつけたら薪の下に突っ込む。
そして、食材の袋からスナック菓子を取り出していくつかを薪の下にくべた。
「えっ!? それ、そうやって使うんですか?」
スナック菓子は油の塊みたいなものだから、着火剤として使用できるのだ。
「うわ、すごい、ずっと燃えてる」
「ふっふっふっ、こういう無駄な知識だけはあるのだよ」
薪にしっかり火がついたところで炭を投入する。
後はうちわでしっかりと空気を送り込む。
火を絶やさないようにすれば、いずれ炭に火が入るだろう。
「うわー、すごい、暖かい!」
川遊びに飽きたのか、一ノ瀬が戻ってきていた。
「冷たくなかった?」
「すっごい冷たかった! 長時間は無理だね!」
楽しそうに答える一ノ瀬。
俺は結局、お前が喜んでくれるのが一番うれしいよ。
「せんぱーい、意外とアウトドア出来るんですねえ!」
美沙ちゃん、人間は長く生きていると色んな事が出来るようになるんだよ。
俺の中身はアラフォーのオッサンである。
「さあ、大場も久志君も気にせず川に行ってきなさい」
ふたりは顔を見合わせた後、ニコニコしながら川に向かって行った。
うんうん、おじさんは嬉しいよ。
「高木君、出来たよー」
そうこうしている間に奈津季さんが戻って来た。
さすが、綺麗にカットされている。
「奈津季さんって料理も出来るんだねえ」
「それは高木君もでしょ」
褒めようとしたら、即応されてしまった。
「えっ! 先輩って料理できるんですか?」
美沙ちゃん、そこは驚かないでくれ。
「お花見でちょっと貰ったけど、普通に美味しかったよ」
麻美ちゃん、ナイスフォロー。
「……意外とポイント高いですね、高木先輩!」
意外と、が余計である。
炭の内側が赤くなってきた。
最初に入れた薪が全て炭化し、炎が無くなっているのを確認して鉄板を乗せる。
「よーし、そろそろ肉が焼けるから戻っておいでー!」
川遊び組に声をかけた。
熱した鉄板に油を引いて肉を置いていく。
――ジュー!
ああ……いい音だ。
立ち上ってくる匂いがたまらない。
「いいねー、美味しそう!」
奈津季さんもすっかりテンションが上がっていた。
「はい、じゃあ中森、音頭よろしく!」
鉄板の肉をひっくり返しながら声をかける。
「えー、では35期川場高校生徒会執行部の懇親会を行います。
今年はこの9人が中心となって行事を運営することになると思います。
この機会にたくさん話をして、お互いの親睦を深めましょう!」
中森も最近は演説が上手くなってきた気がする。
「はい、じゃあお皿だしてー!」
差し出された皿に次から次へと肉を置いていく。
「美味しいー!」
「最高ですね!」
一ノ瀬と正樹君が開口一番。
いいね、この雰囲気。
奈津季さんが切ってくれた野菜も突っ込む。
高校生のお腹なので肉の分量はかなり多めにしておいた。
一ノ瀬の好きなウィンナーも入れてある。
「高木君、大丈夫? ちゃんと食べてる?」
実はほとんど食べていない。
でもまあ、今日は裏方に徹する予定だから構わないのだ。
「ありがとう、奈津季さん。大丈夫だよ」
答えつつ差し出された皿に肉を乗せていく。
「はい、高木くん」
手際よく焼いていると目の前に肉が差し出された。
……一ノ瀬、お前なあ。
こういう事を普通に出来る神経が分からない。
「口あけて―」
言われるがまま口を開けた。
一ノ瀬が箸でつまんだお肉を運んでくれる。
うん……美味しいじゃないか。
「麦茶もいる?」
隣に座って色々と面倒を見てくれる一ノ瀬。
基本的に利き手が塞がっている状態なので、とても助かる。
「うん、ありがとう」
左手で紙コップを受け取って一気に飲み干した。
炉は皆がいるブルーシートから少し離して設置してある。
都合、俺はひとりで石の上に座って作業をしていた。
「駄目だよ、無理しちゃ」
「大丈夫、無理はしてないよ。俺は皆が楽しそうなのが一番なんだ」
これは俺の本心だ。別に辛いことも嫌なこともない。むしろ、嬉しい。
「そっか」
一ノ瀬はそう言った後も、皆のところに戻らず黙って火を眺めていた。
ただ隣に居くれるだけで本当に幸せだ。
「……お前が隣にいると、元気がでるなあ」
「ばーか!」
そう言って、意地悪そうに笑う。
一ノ瀬が居るだけで、今日も良い日だ――。
「高木君……、コレ何?」
奈津季さんが青ざめた顔で残りの食材を確認していた。
ああ、そっか。普通はバーベキューに持ってこないよな。
奈津季さんから食材を受け取って力の限り塩を振っておいた。
肉が無くなったので炉から鉄板を下ろす。
炉の炭を少し端に寄せてから網を置いた。
網が十分に温まったのを確認して食材を置く。
……生臭い匂いが辺りに充満した。
「くっさ!」
「何それ!」
――秋刀魚である。
旬は秋だけど、夏場じゃなきゃ普通に大丈夫だ。
もちろん、しっかりと氷で保冷してある。
パタパタとうちわで仰ぐと、かぐわしい匂いが周囲に漂った。
網の上にある5尾の秋刀魚は中々のインパクトだ。
「それ……大丈夫? 周囲の人に迷惑じゃない?」
「大丈夫、大丈夫」
ついでにシイタケも焼いておいた。
完全に秋っぽい献立だけど気にしたら負けだ。
「私は要らないかな……」
美沙ちゃんがちょっと引いていた。
まあ、確かに見た目、匂いともにあまり美味しそうじゃない。
焼き目がついていることを確認してひっくり返し、しっかりと火を通す。
あー、美味しそう。
「じゃあ、勇気のある人、どうぞー!」
「はいっ! 僕食べたいです!」
流石だ、久志君。
「熱いから気をつけてね、内臓嫌いなら背中から食べて残していいよ。
小骨はそのまま食べちゃって大丈夫」
「いただきます」
――パクッ。
周囲の仲間たちが心配そうに見守る中、久志君は天を仰いだ。
「これ、うまあああ!」
よし、勝った!
「高木先輩、コレ何ですか? 何で出来ているんです?」
「だから、秋刀魚だよ」
最高のリアクションを頂いた。
「わー、本当だ、美味しい……」
麻美ちゃんもおそるおそるだが食べてくれた。
結局、美沙ちゃんも最後には美味しいと言ってくれたのでほっとする。
さすがに女性陣は内臓を残していたが、仕方あるまい。
「凄いね、全部食べちゃうんだ」
俺は骨を焼き直してせんべいのようにバリバリ食べていた。
網を下ろして、薪と炭をくべ直す。
最後の料理には火力が必要だ。
「ねえ、私にもやらせて!」
一ノ瀬がこういうのを好きだという事は知っている。
「次の料理が最後だから、それが終わったら好きなだけ焚火するといいさ」
「やったー!」
薪も炭もまだ残っているし、時間も大丈夫だ。
やはり、酒が無いほうが圧倒的に段取りが良い。
バーベキューと言えばお酒って感じだけど、無くても楽しいものだな。
やっぱり酒は百害あって一利なし、か。
もうだいぶ慣れたけど、飲んだら美味しいんだろうなあ……。
薪が炭化しきって、炭にしっかりと火が入ったら鉄板を乗せる。
油を引き直して熱が伝わるのを待った。
奈津季さんと麻美ちゃんに切ってもらった野菜は全部投入する。
大きいものはフライ返しを使って鉄板の上で少し刻んでおいた。
火が通ったら端に寄せて豚バラ肉を中央で焼く。
これもフライ返しを使って適当なサイズにカットした。
「奈津季さん、焼きそばの麺入れて!」
「はーい!」
肉の上に麺が敷かれたので端に寄せた野菜と合わせて混ぜる。
「大場、そこの麦酒取って!」
「麦酒!?」
そう、隠し味用に用意しておいたのだ。
決して飲むためではない。
「奈津季さん、粉もお願いしていい?」
「了解ー」
ソース焼きそばの粉を麦酒をかけて溶かしながら混ぜていく。
火力が高いので水気はあっという間になくなっていった。
なお、麦酒はあくまで隠し味なのでそんなに大量に投入していない。
缶の中には結構な量が残っている。
……勿体ないけど飲むわけにはいかないよな。
「はい、焼きそば焼けたよー!」
次々に差し出される皿に対して、適当に盛り付ける。
高校生の胃袋だ、最後は炭水化物が必要だろう。
「美味しい! 麦酒の味、全然しないね!」
あの量だ、するわけがない。
もちろんアルコールなんて完全に飛んでいる。
大場は少し心配していたようだが美味しそうに食べてくれた。
「バーベキューの焼きそばって何故かすごく美味しく感じるね」
そりゃ火力が違うからな。
水気が飛ぶから美味しく作りやすい。
あと、単純に外で食べる料理はおいしく感じるのだ。
「ふう、これで全部かな」
やっと人心地つける。
鉄板をどけて、一ノ瀬に薪と炭用のトングを渡してあげた。
「わーい、これ全部燃やしてもいいの?」
「ああ、いいよ。ただし、他のものは絶対に燃やさないこと。
生ごみとかお皿も駄目だからね」
キャンプ場のマナーは守りましょう。
「高木君、これは?」
ああ、しまった。最後のヤツを忘れていた。
「割り箸の先にそれを突き刺して、炉であぶって食べて」
今日は女子が多いのでマシュマロを用意してあったんだ。
「近づけすぎると炭化するから気をつけてね」
そこまで声をかけたら、ブルーシート上に寝転ぶ。
久志君が一ノ瀬に続いて薪を投入していた。
彼は基本的に凄く真面目だけど、意外と悪ノリもするんだよな。
楽しそうにしてくれるのは嬉しかった。
「高木せんぱーい、お疲れさまでした」
「美沙ちゃん、どうかした?」
何故か横に座ってこっちを見ている。
割と近いぞ、ドキドキする。
「今日はあんまりイチャイチャ出来なかったみたいですね」
「いや、普段からしてないでしょ!」
まったく、この子は恐ろしい。
「さっき、お肉食べさせてもらってたじゃないですかー」
「うぐっ、アレは……」
変なところを見られてしまった。
しかし、悲しいかな特別なシーンではない。
「一ノ瀬はな、誰にでもやるんだよ」
「そうですかねー」
と、ちょうど良い現場が飛び込んで来た。
俺は一ノ瀬と正樹くんを指さす。
一ノ瀬が割り箸に刺さったマシュマロを正樹君に食べさせていた。
「な、あんな感じだよ」
「……ちょっと待ってて下さい」
そう言って美沙ちゃんはマシュマロを焼きに行った。
一ノ瀬達と何だか楽しそうに話しているのを見てほっこりする。
やっぱり仲が良いのは1番だ。
「はい、高木先輩!」
美沙ちゃんは戻ってきてマシュマロを差し出してくれた。
おお、これは嬉しい。
割り箸を受け取ろうとすると何故か拒否される。
「せんぱい、口を開けて下さい」
物凄くかわいい声で言われた。
……これはやらなきゃ駄目なヤツなのか?
仕方なく口を開けると暖かい物が突っ込まれた。
「ん、美味しいね」
外はカリッと中はトロトロである。
流石、美沙ちゃん、良い焼き加減だった。
……しかし、これは照れる。
「ありがとう」
「うーん、これは……照れますね。有罪です!」
有罪? 何のことだろう?
「梨香先輩は中々、手強そうですね……」
「ああ、そのことか。だろ、アイツは手強いんだよ」
俺はもう、一ノ瀬の行動を理解することは諦めている。
「……高木先輩、私は応援していますから!」
どうやら分かってくれたようだ。
それはそれで、切ないなあ――。
後片付けは一瞬だった。
ここのバーベキュー場は用具を返却する際の清掃は不要なのだ。
燃えカスを所定の場所に捨てて、管理事務所に返せばそれで終わり。
食材はほぼ使い切って調味料だけが残っている。
最大の問題は、ここから2時間ほど電車に揺られる必要があるということだ。
もうちょっと近い場所を選べば良かったのは分かっている。
ネットが使えれば探しようもあったのだけど……。
しかし、無用な心配だったようだ。
帰り道も皆は元気だった。
さすが若人、死屍累々となる大人達とは違う。
……お酒を飲んでないという1点が最大の要因かもしれない。
「高木君、お疲れ様。今日はおんぶに抱っこだったねえ」
奈津季さんが優しく声をかけてくれた。
一ノ瀬は正樹君、中森と楽しそうに話している。
ついそこに目が行ってしまう自分がもどかしい。
「ある程度はしょうがないよ。経験者、俺しかいなかったんだし」
「それはそうだけど……」
何だか申し訳なさそうな顔をしている。
「奈津季さんも十分手伝ってくれたでしょ、ありがとう」
「うん、でも、梨香ちゃんともあんまり話せなかったでしょ?」
奈津季さんまで、そんなことを心配するのか。
でも仕方ないのかもしれない。
確かに、このところの俺はアイツのことで頭がいっぱいだった。
「まあ、そういう日もあるよ。それに、全く話せなかったわけじゃないし」
一ノ瀬が隣に座ってしばらく傍に居てくれた。
思い出しても、あの時間は嬉しかった。
「そっか、それならいいけど」
一ノ瀬の方を見る。目が合うと手を振ってくれた。
俺にはこれで十分だ。
「うん、おかげで今日は奈津季さんとたくさん話せたしね」
「あー、はいはい……」
相変わらず、奈津季さんはつれない。
「ごめん、少し寝ても良い?」
流石に少し疲れていた。
「肩、貸してもいいよ?」
前言撤回、なんだ、その魅惑的な提案は。
だが、さすがに応じるわけにはいかない。
「いや、大丈夫だよ、気にしないで」
楽しそうに話す皆の姿を見て、目を閉じた。
過去の俺には出来なかったことで、皆が笑ってくれている。
今の俺にとって、それは何よりも嬉しいことだった。




