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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第4章:憧れとの決別を回避する
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第44話:疲れている時は妙に素直になる

 激務の球技大会2日目。

 この日の対戦表はトーナメントの試合結果が出た1日目の夜にしか作れない。

 家に帰ってからはひたすら方眼紙とにらめっこをしていた。

 鉛筆で線を引いてはバッティングに気がついて消しゴムで消す。

 対戦カードと試合時間を何度も確認した。

 3回戦から先は試合時間も伸びるのだ。


 そんな作業を繰り返していると当たり前のように、日付は変わった。

 これが3学期の球技大会で本当に良かったよ。

 とりあえず、2時間は眠れたと思う。

 3学年が参加する1学期や2学期の球技大会だと本気で一睡も出来ない。


 眠い目を擦りながら学校へ向かった。

 集合時間はそれほど早くないが、家にいると寝てしまうかもしれない。

 不安なので朝練に行くのと変わらない時間に家を出ることにした。


 生徒会室に入り会長席の隣にパイプ椅子を置く。

 俺はあの椅子に座ってはいけない気がするのだ。

 個人的にはゲン担ぎや伝統といったものに拘りはない。

 けれど、それを大切にする人が嫌がるのなら、俺は守りたいと思う。


 対戦表を広げて再度、バッティングがないか確認した。

 日付が変わると意識も変わる。

 大丈夫なことを確認して、机に突っ伏した。

 しばらくここで寝ることにする。



 ――チリンチリン。

 生徒会室の扉が開いた。

 俺は普段から眠りが浅いので、わずかな物音でも目が覚めてしまう。

 最初に入ってきたのは大場(おおば)だ。

 さすが、真面目だなあ。


「おはよう、高木君、大丈夫?」

「おはよー、大場ー」

 なんだか一ノ瀬みたいな受け答えをしてしまった。


「対戦表、印刷してこようか?」

「ああ、一緒に行こう――」

 勢いよく立ち上がると少し立ち眩みがした。


「いや、いいよ、休んでなよ」

 どうやら心配をかけてしまったようだ。

 でも、俺はそこまでやわじゃない。


「大丈夫、職員室でひとりで待ってるのも寂しいじゃん」

 そう言って、俺は大場と一緒に職員室へ向かった。


「もう球技大会も3回目なんだよね」

「そうだなー」

 大場と対戦表を印刷する。

 奇遇にも2日目の朝はいつも大場と一緒だった。


「休みあけたら、俺達も2年だよ?」

「なんだか信じられない」

 俺も同じようなことを思ったな。

 何せ、先輩と呼ばれるようになるのだ。

 さすがにちょっと、こそばゆい気がする。


 ……まあ、オッサンとなった今ではもう、それが普通だけどな。

 でも「先輩」という言葉もあまり使わなくなったか。

 最近は上司にも後輩にも、さん付けが普通だ。

 俺も会社の後輩はさん付けで呼んでいる。

 よく考えると人を呼び捨てにすることはほとんど無くなったな。

 同期か、古い友人ぐらいだろうか。


「おう、高木、もう来てたのか!」

 生徒会室に戻ると神木(かみき)先輩が会長席に座っていた。


「おはようございます、先輩も早いですね」

「少しは眠れたか?」

 労ってくれるのが本当に嬉しい。


「ありがとうございます、2時間は寝たので大丈夫ですよ」

「……あんまり無理はするなよ?」

 大丈夫、という言葉が余計に心配をかけてしまったようだ。


「その言葉だけでも、結構元気がでました」

 これは本心だ。

 出来れば人に心配はかけたくない、けれど不思議なものだ。

 心配してもらえると、胸の奥が暖かくなる。


 全員が集合して、軽くミーティングを行ったら一度教室へ戻った。

 一応、朝のホームルームにはちゃんと出て、出席確認に応じる。

 同級生には悪いが、ほとんど会話することも無かった。


 足早に生徒会室に戻り、配置に着く。

 昨日はほとんど走っていないのに疲労感は強かった。

 椅子に座るとまぶたが重い。

 しばらくすると、一ノ瀬と奈津季(なつき)さんも入ってきた。


「高木、これを飲め!」

 平澤(ひらさわ)先輩が入って来るなり、俺の前に栄養ドリンクの瓶を置く。


「あー、先輩、ありがとうございますー」

 ちょっと意識が飛びかけていた。

 これは素直に嬉しい。


「ああー、いいなー!」

 羨ましそうにこっちを見ているのは一ノ瀬だ。

 いや、別に良いものではないぞ?


「安心しろ! 梨香(りか)と奈津季の分もある」

 さすがだ、平澤先輩。

 この人のこういうところ、本当に好きだなあ。



 そして、再び激務が始まる。


 仕事モードに切り替えて、昨日と同じように入ってくる情報を必死で処理した。

 俺も一ノ瀬ほどじゃないが、気持ちを切り替えるのは得意な方だ。

 この日は一ノ瀬が試合に行くことも無かった。

 おかげで情報が遅れがちなメインテントの進行も順調だ。

 本当に助かる、あとでお礼を言っておかないと。


「高木くん!」

 一ノ瀬の声でハッとなった。

 15分後の試合がバッティングしてる!

 慌てて対戦カードを確認するが、これは避けられないものだった。

 何をどうやってもどこかと被る。


「ありがとう、一ノ瀬」

 体育館で行われる競技の方が試合数的に時間が厳しい。

 ここはサッカーの試合を1試合分、飛ばすしかない。

 グラウンドが空いてしまうのは勿体ない気がするが組める試合はないのだ。


「サッカーの第13試合は、15分遅らせてスタートしよう」

 そう言うと、奈津季さんが放送部の人に連絡をしてくれた。

 具体的な指示を出さなくても動いてくれる……居心地が良い職場である。


 ――昼休み。


 ここまで来ればかなり楽になった。

 後半になるほど試合時間が長く、組み合わせも少ない。

 集中して一気に対戦表を組み上げた。

 今日はご飯が食べられそうだ。

 コンビニは少し遠い、学食はギリギリやっているかな。

 あらかじめ買っておけば良いのだけど、食べられる時間がない可能性もある。


「終わった?」

 声をかけてくれたのは一ノ瀬だった。

 いいタイミングだ、見てくれていたのかな?


「うん、印刷行ってくる」

「いやいいよ、それは私となっちゃんで行くから」

 そう言って俺の手から対戦表を奪いとった。

 代わりにラップに巻かれたおにぎりを2個、手渡される。


「はい、これ食べて」

「えっ!?」

 見るからにコンビニで買ったものではない。


「私だって、おにぎりぐらいは作れるんだから! 上手でしょ?」

「……ありがとう」

 頭が真っ白になったけど、ちゃんとお礼は言えた。


「えへへ、ちゃんと食べてよ!」

 そう言って一ノ瀬は奈津季さんとふたりで出て行った。


 思わず立ち尽くす。

 どうしよう、コレ、一ノ瀬が握ったのか?

 ヤバイ、だとしたら死ぬほど嬉しいぞ。

 食べるの勿体無い……、ああ、でも食べないのも勿体無い。


 ラップを剥がして、意を決して食べる。

 ちゃんと塩味が効いていた。

 もちろん、とても美味しい。

 こんなに幸せになれる食べ物はこの世にふたつとないだろう――。



「終わったあああ!」

 ちょっと不謹慎だったかもしれない。

 まだサブテントも撤収していないのだ。

 皆は今頃、駆け回っているはず。

 だけどやっと対戦表が最後まで組みあがったのだ。

 疲労もピークで叫ばずにはいられない精神状況だった。


「おおー、高木、お疲れ様!」

 平澤先輩が真っ先にそう言ってくれた。

 決勝戦の対戦カードは空欄だけど、ここには準決勝の結果を書き込むだけだ。


「高木くん、後は私に任せて!」

 一ノ瀬がこっちを見てそう言った。

 本当に頼りになるヤツだ。


「いや、そうも言ってられないよ。

 ここでの仕事はもう無いからメインテントへ……」

「いいから、ここに居てよ!」

 席を立って生徒会室のドアノブに手をかけたら、奈津季さんに怒られた。


「高木君はすこし頑張り過ぎ!」

 毅然とした態度で、こっちを見ている。

 相変わらず、綺麗な人だ。


「我儘言うと、もうおにぎり作ってあげないよ?」

 一ノ瀬が意地悪そうな顔でそう言った。

 ちょっと待て、次回も作ってきてくれるのか?


「それは……すごく嫌だなあ」

 俺はすごすごと戻り、パイプ椅子に座りなおした。


「あははは! 凹まないでよ」

「次もおにぎり作ってくれるのか?」

 大事なのはそこである。


「えー、どうかなあ……」

 相変わらず、悪い顔をしている。

 これは、作ってきてくれそうな感じだ。


「とりあえず、少し休め。後は俺もいるからさ」

 平澤先輩が肩に手を置いて、優しい声でそう言ってくれた。


 社会人になって、最初に学んだことがある。

 それは「誰も自分を助けてくれない」ということだ。

 何をするにしても自分で考えて、ひとりで何とかしなきゃいけない。


 それともう一つ、「他人を信用してはいけない」ということ。

 言葉の裏を読んで、思惑を推察しなければ駄目だ。

 誰もが皆、自分の仕事を誰かに押し付けようとしている。

 黙っていると騙されて損をするだけだ。

 自分の身は自分で守らなければいけない――。


 あの肌寒いオフィスに比べて、ここは何て暖かいのだろう。


 机に突っ伏して目を閉じた。

 大丈夫、ここには一ノ瀬がいる。

 奈津季さんも平澤先輩もいるし、メインテントには神木先輩がいるんだ。

 安心したら、意識は一気に闇の奥に落ちていった。



 ――高木、大丈夫か?


 目を覚ますと隣の会長席には神木先輩が座っていた。


「あ、大丈夫です」

 身体を起こして外を見るともう真っ暗だ。


「すいません、俺……」

 しまった、少しは片付けを手伝おうと思っていたのに。


「今日は良くやってくれたよ」

 神木先輩は、そう言って俺の肩を叩いてくれた。


「いやー、俺は良いものを見た!」

 平澤先輩が満足そうな顔でこっちを見ている。


「高木たちの連携は実に見事だった、凄いぞ」

 心底、感心した様子でそう言ってくれた。


「あ、ありがとうございます!」

 これは本当に嬉しい。


「じゃあ、私たちは撤収するから、お前も早く帰れよ?」

 どうやら先輩達は俺が起きるのを待っていてくれたようだ。

 時計を見ると最終下校時刻が近い。

 仕方なく起こした、ということか。

 迷惑をかけてしまって申し訳ない。


 席を立って、帰り支度を始める。

 さすがに他の皆は帰ってしまったようだ。

 ちょっと一ノ瀬に逢いたい。


 でもまあいいや、今日は激務だったけど、本当に嬉しいことがたくさんあった。


「あ、高木くん、起きたんだ!」

 帰り支度を終えた頃、一ノ瀬が生徒会室に戻ってきた。

 どうやら教室に何か取りに行っていたようだ。

 一ノ瀬もすでに帰り支度を終えている。


「一ノ瀬! 良かった、逢いたかった」

「毎日会ってるじゃん」

 ……しまった、思わず口に出してしまった。


 限界近くまで疲労していた上に、変な安心をしてしまった後だ。

 いつものように振舞えない。

 社会人になってから当たり前のように着けていた仮面が外れてしまった。


「あの、良かったら一緒に帰らないか?」

「高木くん……寝ぼけてるでしょ?」

 そう言って一ノ瀬は笑った。


 確かに、ちょっと変な受け答えだったかもしれない。


「おにぎり、凄く美味しかったよ、ありがとう」

 忙しくてちゃんとお礼が言えなかったから、帰り道でちゃんと言った。


 一ノ瀬はそれほど料理が上手くない。

 出来ないわけじゃないのだが、調理への考え方がちょっと独特だ。

 レトルトカレーの口を開けてお湯に入れた時は流石に笑った。

 このことを他人に話すと凄く怒るから内緒だけど。


「えへへ、それなら良かった」

 そう言って一ノ瀬は手を後ろに組みながら歩く。

 少し、疲れで心が弱っていたのだろう。

 その手を繋ぎたい、などと思ってしまった。


「ねえ、高木くん」

 心配そうな顔でこっちを見ないでくれ。

 俺はもう大丈夫だから。


「他に何かしてほしいこと、ある?」

 一ノ瀬にしてほしいこと……。


 ここで手を繋ぎたいと言ったら、あっさりと繋いでくれそうな気がする。

 一ノ瀬はそういうヤツだ。


 でも、あらためて考えてみた。

 一ノ瀬にしてもらいたいこと。

 何だろう、沢山ある、と思う……。


「うーん……」

 思わず腕を組んでしまった。


「そんなに悩むこと?」

「いや、何ていえばいいんだろう」

 一ノ瀬にして欲しいこと。

 笑って欲しい、元気で居て欲しい、喜んで貰いたい。

 具体的に考えるとまったく出てこない。


「もうすでに、して欲しいことをして貰っている?」

「何それ、なんで疑問形?」

 その気もないのに手を繋いでもらうのは違うと思う。

 だとしたら……何を望む?


「隣に一ノ瀬がいる。俺はそれだけで、凄く嬉しいよ」

「ふーん、そっか、高木くんはお手軽でいいねえ」

 そう言って一ノ瀬は笑ってくれた。

 傍に居てくれるだけで、俺は多分、満たされている。


「なあ一ノ瀬は? 俺に何かしてほしいことある?」

「あるわけないじゃん」

 即答だった。

 そうですか……。

 一ノ瀬が俺に何かを望んでくれたら、俺はそれだけで嬉しいのに。


「私も、今のままで十分だよ。

 高木くんはいつも、私のして欲しいことをしてくれてるから」

 そう言って、一ノ瀬は優しく笑った。


 疲れていたからかな。

 いつもなら、その感情を憎んだり、疎ましく思ったりするのに……。

 その笑顔を見て、素直にただ何のしがらみも無く、心から愛おしいと思った。

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