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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第4章:憧れとの決別を回避する
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第43話:それはアイコンタクトではありません

 入学してから3度目の球技大会がやってきた。

 ……まあ俺に言わせると9回目だけどな。

 ただ、今回はやり直しでやった2回の球技大会とはまるで違う。


 あの神木(かみき)先輩ですら、球技大会への競技参加について俺だけは除外した。

 対戦表の管理をする、というのはそういう事だ。

 今日と明日、俺という存在に人権はない。


「高木くーんー……」

 なお、一ノ瀬はスタンバイ時ですでに眠そうだ。

 お前、軽く遅刻してきたのに誰よりも眠そうってどうなんだよ。


平澤(ひらさわ)先輩、今日は宜しくお願いします」

「おうー、まかせとけー!」

 俺はこの人の独特の間と優しい声色が好きだった。

 なお、今日は会長席に座ってもらっている。

 俺はパイプ椅子で十分だ。


「高木君、大丈夫?」

 サブテント側のオペレータは奈津季(なつき)さんが担当している。

 少し緊張していたのを気取られてしまったようだ。


「ああ、奈津季さんと同じ部屋に居られるだけで俺は元気だよ」

梨香(りか)ちゃんの前で良く言えるよね」

 冷静で厳しいツッコミだった。


「いいんだよー、なっちゃん。

 私と高木くんとは何でもないからー」

 一ノ瀬、それは傷つくから止めてください。


 チャイムが鳴ったら、いつもの激務が始まる。

 今日は走らない、というより走れない。

 これはこれでフラストレーションが溜まる。

 つくづく俺は、司令塔よりも現場の歯車が向いていると思った。


「こちらサブテント。女バレ、男バレ、第1試合開始しました、以上」

「本部、了解しました」


 大場(おおば)と奈津季さんのやり取りを聞いて対戦表の横に用意した方眼紙に線を引く。

 俺はこの日のためにA4サイズの方眼紙を用意していた。

 ここに試合開始時間と対戦カードを記入する。

 分かりやすいようにグラフのような縦棒の線を引いた。

 予定は黒色、実績は赤色だ。

 縦軸は1マス5分、横軸には各競技名が並んでいる。

 横軸上に同じクラスが来ないようにすればバッティングが防げるという作戦だ。


 才能の無い人間は努力をするしかない。

 でも、それじゃ足りないんだ。

 だから俺は工夫する。発想を変える。

 天才的な感覚が無くても現状を把握出来るようなツールを用意したのだ。

 苦肉の策だったが、後になってもこの考え方は役に立った。


「こちらサブテント。ハンド、第1試合終了、2年5組勝利です、以上」

「本部、了解です」


 大場と奈津季さんの相性は良さそうだ。

 着々と情報が上がってくる。

 2年5組の勝利を受けて対戦相手の1年7組をリストから消去する。

 2回戦の組み合わせは4通りだったが、勝者が決まったので2通りに減った。

 プログラムを作れば対戦表管理もコンピュータに任せられるかもしれない。

 ……でも、そんな開発費は当然、高校生にはないだろう。

 しかも用途がマニアックすぎる。


 メインテント側では早々に異常が発生した。

 開始報告こそ来たが、終了報告が滞っている。

 方眼紙の開始時刻から計算した終了時刻を過ぎているのに報告が来ない。


「一ノ瀬、メインテントに連絡して。

 サッカーの第1試合の結果、もう出てるはず!」


「こちら本部、メインテント応答願います、どうぞ」

「メインテントです、どうぞ」

「サッカーの第1試合、予定終了時刻過ぎてます。

 確認してください、以上です」

 さっきまで眠そうにしていた一ノ瀬だが見事な対応だった。


 可愛くて、天真爛漫。

 そのイメージに反して、一ノ瀬は割としっかりしている。


「こちらメインテント。サッカー第1試合、終了しました、以上です」

 中森の声が聞こえてきた。


「本部、了解でーす」

 一ノ瀬は咎めることもなく優しい声で答える。


 しかし、この後もメインテントでは問題が続いた。


「一ノ瀬、男バスの第4試合、開始報告がない。確認してくれないか」


「こちら本部、男バス4試合、開始してますか? 連絡願います、以上です」

「神木だ、確認してくる」

 中森……どうした?

 黙って自分の競技に出ちゃったのかな。


「高木くん、対戦表見せて!」

 一ノ瀬がそう言った。


 俺は手書きの対戦表を一ノ瀬に渡した。

 真剣な表情でそれを見る。

 悔しけれど、俺は彼女には敵わない。

 下手をすれば、一ノ瀬は神木先輩よりも優秀だ。


「こちら本部、メインテント応答願います、どうぞ」

「メインテント、吉村(よしむら)です、どうぞ」

「先輩、サッカーが後2分で終わります。終了確認出来ますか? 以上です」

「メインテント、了解です」


 うわあ、格好いい。

 本部からメインテントを掌握しているよ。


「高木くん、対戦表が変わったら教えてね!」

「ああ、わかった」


 その後もメインテントは報告不備が多発したが一ノ瀬が全て対処した。

 多分、神木先輩は解っていて、あえて何もしていない。

 ここで彼女が主導権をとって何とかしたら、俺たちは成長出来ないからだ。

 致命的な状況になるまで中森の指示に従うことに徹しているのだろう。


 俺だったら、絶対に業を煮やして自分が動いてしまう。

 ……貴女は俺達を信用し過ぎなんですよ。

 でも、それは嬉しかった。

 応えられなかった過去を思い出して、奥歯を噛む。


「サブテント、第7試合終了しました。2年5組の勝利です。以上」

「本部です、了解しました」

 サブテントの情報はメインテントほど錯綜していない。

 でも、この通信は駄目だ。


「ごめん、奈津季さん、競技確認して」


 1年生の頃は、お互い下っ端で、対等で……。

 それで良かった。

 でも、2年生からは違う。

 後輩も入ってくるし、何より、先輩は居なくなる。

 言われてた通りやっていれば良かった頃とは違う。

 だから、同年代への叱咤も必要だ。


「女バレだよ!」

 一ノ瀬が反応した。

 凄いなあ、お前。

 メインテント側の担当なのに、サブテントまでしっかり把握しているのか。

 対戦表をちゃんと見れば、それしかないって確かに解る。


 でも、駄目なんだ。

 この報告じゃ駄目だと説明するためにも確認する必要がある。

 ……と、昔の俺ならば考えただろう。


 そういえば、俺と一ノ瀬はこういうところが合わなかったな。

 当時の俺は間違いは正す必要があると考えていた。

 でも一ノ瀬は間違いは許すべきだと考えている。


 今の俺は、どちらでもない。

 そもそも正しさを信じていないのだ。

 価値観によって正しさは左右される。


 誰かを正すとか許すとか。

 自分がそんな立場にあるなんて傲慢だと思うんだ。

 ……大人になると、色々な事が言えなくなってしまう。


「一ノ瀬、ありがとう! 奈津季さん、確認しなくて大丈夫」


 大場も慌ててたんだろうな。

 細かいミスをいちいち指摘する必要もないだろう。

 何度も失敗したら、その時に注意すればいい。



 一ノ瀬や奈津季さんが試合に出ている間は平澤先輩がフォローしてくれた。

 普段なら、俺が対戦表管理をしつつトランシーバーを握ることになる。

 本当に次回の球技大会が不安でならない。


 ――昼休み。

 昼食は大抵、配属先か学食で取ることが多い。

 だが、俺にはそんな安息など許されていない。

 午前中の結果を受けて午後の対戦表を修正するのに必死だ。


「高木ー、大丈夫か?」

 平澤先輩がおろおろしながら声をかけてくれた。

 この人、目立たないけど、本当に優しくて好きだ。


「はい、ある程度想定してきたので大丈夫なはずです」

 方眼紙の横にはクラスの参加競技数も書いてある。

 どのクラスも最初は男女とも3だ。

 トーナメントで敗北する度にこれが減っていく。


 午後の2回戦は勝ち上がったクラスで行われるのだが、ここが肝だ。

 参加競技数が多いクラスから優先的に試合を組めばバッティングを避けられる。

 頭を捻ってギリギリまで対戦表作成に時間を注いだ。


「出来た! 印刷かけてくる!」

 そう言って生徒会室を出る。


 廊下を走ってはいけないとはいえ、この状況だと小走りになってしまう。


「高木くん、大丈夫?」

「一ノ瀬!?」

 気が付くと隣を走っていた。

 すぐにペースを落として歩き出す。


「ご飯食べてないでしょ?」

「あー、うん、大丈夫だよ。一ノ瀬はちゃんと食べた?」


「うん、心配しないで」

 ふたりで歩けるのが嬉しい。

 職員室に入って、印刷機を借りる。


「ありがとう、一ノ瀬」

「何? 急に?」

 特別な会話など無くても、ふたりでいると元気になれた。

 印刷に付き合ってくれたことに感謝する。


 ああ、そうか。

 俺はこうやって、一ノ瀬に依存していったんだな。

 元気を貰っているうちに、それが無いと駄目になってしまったんだ。


「心配してくれて嬉しかったよ」

「もう、そんなのでいちいちお礼言わないでよ」

 一ノ瀬には気にするなと言われた。でも……。


「それは断る」

「まったく、もう……」

 感謝の言葉はいつだって、ちゃんと言いたい。


 昼休み前に1度、生徒会室に集まって午後の激務に備えた。


「順調じゃないか」

 神木先輩からも激励を貰った。


「午後も頑張ります!」

「無理するなよ、困ったらいつでも頼っていいからな」

 そう言ってメインテントへ向かう神木先輩。

 ……相変わらず、優しいなあ。


 気合を入れ直して午後の部へ向かう。

 次々と入ってくる報告を処理しながら、対戦表を埋めていった。


 またメインテントの情報が遅れている……。


「一ノ瀬!」


「こちら本部、メインテント応答願います、どうぞ」

「メインテント、中森です、どうぞ」

「男子バスケ、結果確認して下さい、以上です」

「メインテント、了解しました」


 すげえ、一言でやってくれるとは。


「高木くん!」

 ああ、なるほど、こっちもか。


「奈津季さん、女子バレーの結果、遅れている。サブテントに確認お願い」

「あ、うん!」


「凄いな、お前ら。アイコンタクトでも出来るのか?」

 言ったのは平澤先輩だ。


「違いますー!」

「違いますよ」

 何故か同時に言った。


「息ピッタリじゃないか」

 そう言って、平澤先輩は大笑いした。


 俺と一ノ瀬は対戦表を見て状況分析をしているだけだ。

 これはアイコンタクトのようなコミュニケーションではない。

 単純に、情報を共有しているだけ。


 だけど、たしかな信頼関係はあった。

 俺は一ノ瀬の能力を信じている。

 そして、一ノ瀬は俺の事を解ってくれている。

 だから、お互いの考えていることを予想出来る。

 こんな風に仕事が出来るのは、とても気持ちが良かった。



 その後は怒涛の勢いで時間が流れていった。

 対戦表管理は常に時間との戦いだ。

 本日の最終戦まで予定をくみ上げた所でやっと一息つけた。


 だが、のんびりもしていられない。

 翌日の対戦表も作らなけばいけないのだ。


 ちらりと一ノ瀬の方を見た。

 目が合うと手を振ってくれる。

 それだけで、少しやる気が戻ってきた。


「梨香ちゃんは高木君の疲労回復薬だねえ」

 奈津季さんがぼそりと言った。


「ちょっ、奈津季さん、何を……」

「あー、ごめん、口に出ちゃってた?」

 ちょっと意地悪そうに笑っている。

 これは確信犯だ。


「奈津季さんだけは味方だと思っていたのに」

「ふふっ、それは残念でした」

 この人まで俺をいじり始めたら、生徒会室に安息の場所が無くなってしまう。


 そんなこんなで、1日目は無事に終わった。

 しかし……俺の本当の戦いはこれからである。

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