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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第4章:憧れとの決別を回避する
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並走する過去 第6話:結実する努力

 ロードレース大会……、中学校時代はマラソン大会と呼ばれていた行事だ。

 学校行事ではあるのだが、これについては生徒会執行部の仕事ではない。

 取りまとめは全て職員が行うことになっている。

 体育の授業の一環、そんな位置づけなのだろう。


 中学時代の黒歴史から、マラソンそのものに強い嫌悪感があった。

 そのせいで僕はこの行事が嫌で仕方なかったのだ。

 しかも、走る距離が4kmから8kmに増えている。

 中学生と高校生でそんなに体力変わらないと思うんだけど。


 とはいえ、今の僕は運動部であるテニス部に所属している。

 部活動の練習は厳しい。

 確かに僕は生徒会執行部との兼部で他の部員より練習量は劣っている。

 でもその分は自主練で賄っていた。

 だから普通の運動部員程度の体力はすでに身に着けているのだ。


 実を言うとテニス部を選んだ理由は軟弱だった。

 バスケやサッカー、野球なんかはチーム競技だ。

 一人でも下手な人がいると皆が迷惑する。

 それに対して、テニスは個人競技。

 これなら下手でも怒られる、ということはないだろう。


 それにネットを挟んでいるから相手と直接ぶつからなくても済む。

 ラケットでボールを叩くだけの競技だからそこまで体力も要らなそうだ。

 ……これを今、他の部員の前で言ったら殺されるだろうな。


 テニスコートは予想以上に広い。

 ラケットの届く範囲なんてたかが知れている。

 実態は、とにかく走るスポーツだった。

 チームメイトがいるわけじゃないから試合中に休むなんてことはない。

 コートチェンジの休憩?

 たった90秒で体力を回復するのは無理がある。


 そして、個人競技だと思っていたけどダブルスがある。

 さらに高校生には団体戦という概念もあるのだ。


 3年生が引退するまで、1年生はほとんど走ってばかりだった。

 コートが1面しかないから、人数が多いと必然的にロードワークが増える。

 マラソンのような持久力も必要だけど、ボールに追いつくには瞬発力も大事。

 だから練習は吐くほど厳しい。

 インターバルのダッシュ練は本気で倒れるかと思った。

 とはいえ、練習が厳しいのはどの運動部でも同じだろう。

 中学の頃の体力の無さで入部してすぐは地獄だった。


 それでも続けられたのは「変わりたい」という気持ちが強かったからだ。

 それに他の部員達も救いだった。

 自分だけじゃないから、頑張ることが出来たと思う――。



「高木は運動部だから、楽勝だよな?」

 ある日の生徒会室。

 そう言ってきたのは中森(なかもり)だ。


 うーん、それはちょっと違うと思う。

「運動部だから」じゃなくて「普段から努力しているから」というのが正しい。

 運動部だったとしてもサボっていたら駄目だと思うんだ。



 一ノ瀬さんに告白してから、僕は少し変わった。

 今までは、努力するのにちゃんとした理由が無かったんだ。

 変わりたい理由は、今までの自分が嫌いなだけだった。

 でも、今は違う。


 僕は、一ノ瀬さんの隣に立てる人間になりたいと思う。

 胸を張って、彼女を好きだと言える自分になりたい。

 そのために何をすればいいか、一生懸命考えた。

 答えはひとりでは見つからなかったと思う。

 

 告白した時に、彼女が言った言葉を思い出す。


 ――まずは自分のことを好きになってよ。


 それは僕にとって、とても難しいことだ。

 慢心することなく自分を好きになるってどうすればいいんだよ。


 でも、言われて確かに思う。

 自分が嫌いなものを他人に勧められるだろうか?

 ましてや好きになってもらおうだなんて、都合が良すぎる。


 だから、僕は今度こそ変わりたいと思った。

 ちゃんと自分のことを好きになって、そしてもう一度。

 彼女に気持ちを伝えたい。



 僕は全てのことを全力でやることにした。

 言い訳はしない。

 出来る努力は全てやろう。

 生徒会執行部の仕事も、部活動の練習も、期末テストの勉強も。


 嫌な事や苦手なことから逃げるは止めよう。

 何もしないで文句を言うのは止めよう。

 そして、いたずらに自分を卑下することはもうしない。


 自分を低く見積もるのは良い、ただ低く見せるのはずるいことだ。

 逃げ道を用意して、あとで言い訳するのは恰好悪い。


 神木先輩のようになりたいのなら、なればいい。

 無能な自分が許せないのなら、無能じゃなくなればいい。

 そのために、本気の努力をしよう。


 だから、僕は線を引く。

 僕のような曖昧な人間は、わかりやすい目標がないとダメだ。

 ゴールを決めて、数値で自分を評価する。

 それを達成すれば、僕は一歩を進んだと認識出来るようになる。


 まずは最初の線だ、ロードレース大会で100位以内。

 全学年だから男子は500人程度、大したことはない。

 でも中学の頃は後ろから数えて10位以内だった。


 これは誰かに宣言したわけでもない、勝手な目標だ。

 だけど、たった今、決めた。


 密かな決意を胸に、生徒会執行部と部活の練習の合間に走った。

 100位を達成するために必要なタイムを調べて、そこに向かって努力した。

 誰にも言わず、誰にも見せなかった。

 でも、それでいい。

 僕は、僕自身に僕を認めさせればそれでいいのだから。


 ――ロードレース大会当日。


「おはよう、一ノ瀬さん」

 この日は中学同様、学校ではなくて大きな公園の外周を走る。

 都合、クラス毎に集まるのは最初だけで良かった。

 待機所にいる一ノ瀬さんと奈津季(なつき)さんを見つけて声をかける。


「……おはよう、高木くん」

 一ノ瀬さんの目つきはとても悪かった。

梨香(りか)ちゃん、朝弱いからねえ」

 集合時間そのものは早くないのだが、如何せん会場が遠かったのだ。


「高木くんには負けないからね!」

 一ノ瀬さんから敵意むき出しでこう言われた。

 ……何故だ。


「どういうこと?」

「梨香ちゃんの考えていることは私にはわからないよ」

 奈津季さんに助けを求めたが、残念ながら無意味だった。


 男子は4kmの外周を2周し、女子は1周しか走らない。

 そのため、女子は男子から10分遅れてスタートする。

 別に一緒に走るわけじゃないのにな……。


 一ノ瀬さんは運動部ではないが、運動神経は良い方だ。

 とはいえ、体力勝負では負ける気がしない。

 彼女もその辺りのところは理解しているはずだ。

 やはり、一ノ瀬さんの考えていることはよくわからない。



 ――パァン!

 スタートしたら、まずは前方の集団に付く。

 今回の暫定目標タイムは34分台。

 1周17分なのでそこまで厳しいペースじゃない。

 ……中学時代の半分ぐらいのタイムだけど。


 ペースをコントロールして、しばらく走ると呼吸や心拍が安定してきた。

 キツイけど、耐えられるレベル。

 不思議なことに、こうなるとそんなに嫌な感じはしない。

 むしろ少し気分が良いぐらいだ。


 淡々と走り続けて無事に一周。

 タイムは17分を切っているので申し分ない。

 体力的にゆとりがありそうだったので少しペースを上げた。


 さらにしばらく走ると、前方にちらほらと女子が走っているのが見える。

 圧倒的なスピード差で追い抜いていくと奈津季さんが見えた。

 彼女はマラソン苦手だと言っていたっけ。


「大丈夫?」

 思わず声をかけてしまった。

「おー、高木君。さすが、速いねえ」

 ちょっと辛そうだった。

 無理させちゃったかな……。


「無理しないでね」

 そう言うと下を向いていた奈津季さんが顔上げる。

「ありがとう、頑張って!」

 辛そうな表情だったけど、笑顔でそう言ってくれた。

 頷いて答える。


 奈津季さん置き去りにしてスピードを上げた。

 女子に追いついたということはゴールは近いはず。


 さらにペースアップしてかなりの人数の女子を抜いた。

 前方に一ノ瀬さんを見かけたので軽く肩を叩く。


「がんばれ!」

 と、優しく声をかけた。

「あああああ!」

 何故か叫ばれた。


「悔しい、負けた……!」

 どういうことだ。

「高木くんにだけは周回遅れにされたくなかったのに!」

 あー、そういえば。

 一ノ瀬さんって結構な負けず嫌いだったっけ。

 彼女も、彼女なりに自分ルールを作っていたのだろう。

 ……それにしても。

 何故、僕に負けるのが嫌だったのかがわからない。


 まあ、深く考えても仕方ない。

 一ノ瀬さんに手を振って、ゴールを目指した。


 ゴール地点が見えたら全力で走る。

 ラストスパートをする必要は別にない。

 けど、決めたんだ。何をするにしても、手は抜かないって!


 最後の一滴まで絞り出すように走って3人を抜いてゴールした。

 息が上がって、まともに呼吸が出来ない。

 脚が痛くて、今にも痙攣しそうだ。


 順位は――87位!

 思わずガッツポーズを取る。

 やった! 僕はやったんだ!


 別に大した順位じゃない。

 でも、すごく嬉しかった。

 今日、僕は自分に勝ったんだ。

 胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。

 こんな感覚も感情も今まで知らずに過ごしてきた。


 遅れてゴールしてきた一ノ瀬さんを見つける。


「ありがとう! 一ノ瀬さんのおかげだよ!」

 肩で息をする彼女に思わず話しかけた。

「はあ……? 意味わかんない」

 一ノ瀬さんはちょっと不機嫌そうだった。


「でも、高木くん、嬉しそうだねえ」

 そう言ってこっちを見てくれた。

「うん、頑張ったんだ!」

 相変わらず、不機嫌そうな表情だったけど。


「そっか、なら……良かったね!」

 一ノ瀬さんはいつも、最後は笑ってくれる。


 自分で自分のことを頑張った、と褒める。

 こんなこと、今まで一度も無かった。

 そうか、きっと……。

 こういうことを積み上げて、自分のことを少しずつ好きになればいいんだ。


「でも次は負けないからね!」

 ……相変わらず、何故か一ノ瀬さんからは敵視されていた。



 ――後日、生徒会室にて。


神木(かみき)先輩は何位だったんですか?」

 対抗心から聞いてみた。


「ん? 私か? 35位だ」

 くそ、この人やっぱりとんでもない。


「まあ、彩音(あやね)は中学時代、陸上部だったからね」

 そうフォローしてくれたのは斉藤先輩だ。

 とはいえ、現役離れてその順位とは恐れ入る。

 今も現役の運動部所属の女子だってたくさんいるのに。


「でも、タイムではお前の方が早いだろ」

 神木先輩は至極真っ当、という顔でそう言った。

 それはそうなんだけど……。


「いいよなー、運動できるヤツは。87位だって立派な順位じゃん。

 俺なんか後ろから数えた方が早いよ」

 そう言ったのは中森だ。


「いや、僕だって元々走れたわけじゃないよ?」

「でも運動部だろ? 帰宅部の俺なんか何やっても無理だって」

 最初から諦めている中森の態度には少し腹がたった。


「何言ってんだよ、頑張ればお前だって走れるようになるのに!」

「あー、はいはい。運動出来るヤツはみんなそう言うんだよな」

 あれ……?

 この言葉、どこかで聞いた気がする。


「僕なんか、昔は後ろから10位以内だったんだぞ」

「はい、嘘。そんなサクセスストーリー捏造されてもね」

 どうして信じてもらえないのだろう?

 本当のことなのに。


「高木くんは少し大げさにいうところがあるよねー」

 一ノ瀬さんまで!


「でもさ、走ってる姿は恰好良かったよ!」

 う……あ……。

 ずるい。

 結局、いつもこうなるんだ。


「……悔しかったけど」

 それは、こっちの台詞だよ。

 僕はいつも、最後は君になすすべもなく大敗するんだから。

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