第41話:お礼は笑顔で十分だったはずなのに
「それでは定例会を始める」
神木先輩は今日も通常運転だ。
……そう言える日は少しずつ終わりに近づいている。
「まずは3学期の球技大会についてだ」
神木先輩からはすでに話は聞いていた。
「高木、今回はお前が配置を決めろ」
3学期の球技大会は3年生が卒業した後に実施される。
都合、規模がかなり縮小されるのだ。
だから、引継ぎの足掛かりとして丁度良いのである。
「メインテントは中森がチーフ、あとは神木先輩と吉村先輩にお願いします」
本来、この役目は中森が担うべきである。
史実では中森が決めた配置を神木先輩が何度も却下。
結果、ギブアップして俺に判断を頼んだという経緯があった。
しかし、今回はそれをすっ飛ばしている。
――神木先輩の意志は俺が継ぎます。
俺の言葉は、届いていたのだと実感する。
「サブテントチーフは大場、出来るよね?」
「うん、大丈夫!」
「沙希先輩と嘉奈先輩、フォローをお願いします」
「任せてー」
「ああ、頼まれた」
ふたりが同時に応えてくれた。
「本部は俺が対戦表を管理します。オペレーターは奈津季さんと一ノ瀬。
バックアップは平澤先輩にお願いします」
「どうでしょうか、神木先輩?」
「ああ、悪くない」
俺の事を信じてくれた。
このところ一ノ瀬のことで頭がいっぱいだったけど、これは嬉しかったな。
なお、中森の提案が却下された理由はチーフを2年生にしたことが理由だ。
「公私混同じゃね? 本当に大丈夫か?」
そう言ったのは中森だ。
うん、気持ちはわかるよ。
俺が一ノ瀬のことを好きなのは知っているんだもんな。
「安心しろ、拓斗。
高木が公私混同したら多分、梨香はメインテントだ」
……何でそこまで解るんですか。
一ノ瀬は俺よりも仕事が出来る。
どこに配置しても大丈夫だ。
だからこそ、傍に置くことを躊躇する。
「まあ、いいですよ、神木先輩がそう言うなら」
俺は中森の事が別に嫌いじゃないし、中森も多分、俺の事は嫌いじゃない。
でも、なんとなく馬が合わなかった。
一ノ瀬の事は別にして、俺はアイツと腹を割って話したことが無い。
逆に大場とはよくラーメン屋で話したんだけどな。
嫌いじゃない、と好きは違うのだろう。
俺は、大場の事は好きだった。
大場は要領が悪くて、損することが多い。
やること全てに筋を通したがるから、融通が利かない。
でも実直で、ずっと努力している。
誰からも認められていいのに、それをひけらかさない。
だから、誰よりも信頼できる。
それは格好良いと思った。
対して中森はどこかいい加減だ。
でも、それは俺の価値観がそうさせる。
中森には中森なりの考え方があって、それはちゃんと一貫している。
俺はそれを理解出来なかっただけだ。
アイツはアイツで、損をしている。
強い意志もあるし、考えもしっかりしているのにそれを表に出さない。
強者に迎合し、その矛を収めてしまう。
それは勿体ないよな。
「平澤先輩、こんな感じですか?」
今日は部活を休んで対戦表を作るのに専念した。
さっそく、出来を平澤に確認してもらう。
「うん、いいんじゃないかー」
3年生が出場しない分、トーナメント表も小さい。
しかし、組み合わせが限られるから意外と難しかった。
……昔やったはずなのに、そう簡単にはいかないものだ。
「高木は要領がいいな。もう俺よりも早く作れるんじゃないか?」
「多分、うちの代だと一ノ瀬の方が要領が良いと思いますよ」
一ノ瀬はとぼけたところはあるが、歴とした理系女子である。
「そうかあ? でも、そう思うなら何で高木がやるんだ?」
「一ノ瀬に徹夜とか出来ると思います?」
平澤先輩にそう返すと独特の間があった。
「……無理だ!」
あらためて発見したような表情が面白い。
一ノ瀬が、徹夜した翌日にまともに指揮が出来るとは思えない。
それに……、一ノ瀬に徹夜とかさせたくないしな。
「はい、高木。これでも食べて元気を出しなさい」
そう言って沙希先輩がチョコレートの入った瓶を差し出した。
「ああ、そういえば今日はバレンタインデーでしたね」
おそらくスーパーで売っている袋チョコレートを小分けにしてくれたものだ。
こういうものでも貰えるのは嬉しい。
バレンタインデー。
それは全校の男子生徒がドキドキして一日を過ごす日。
……そんなわけあるか。
大抵の男子は義理チョコすら貰えない。
公立高校に通う一般生徒は余計なお金など持っていないのだ。
期待するだけ無駄である。
俺はあまりにも縁が無さすぎてほとんど忘れ去っていた。
大学はほぼ男子校、職場もほぼ男だけ、そんな世界で生きてきたのだ。
「義理でも嬉しいです、有難く頂きます」
瓶の中のチョコレートはちゃんと個別包装されているので清潔だ。
「ホワイデー、期待してるからね!」
沙希先輩は時々、女の子らしい可愛い声を出す。
……先輩、それはちょっとずるくないですか?
チラリと一ノ瀬の方を見るが普通に手を振ってくれただけだった。
うむ、相変わらず可愛いな。
いいよ、別に貰えるとは思ってないし。
神木先輩は新入生歓迎会の準備を進めている。
今年は寸劇ではなく、バンド演奏をするそうだ。
神木先輩は軽音楽部にも友人が多いからその伝手を使うと言っていた。
ボーカルは一ノ瀬と神木先輩、神木先輩はギターも担当する。
その腕は文化祭のステージでも披露していたっけ。
ドラムはなんと沙希先輩だ。
ピアノ経験がある奈津季さんはキーボードに抜擢されている。
嘉奈先輩は演奏できないけど衣装をデザインすると言っていた。
華のある女子メンバーを前面に出すのはちょっとずるい気がする。
新入生の執行部志望、男子ばかりだったらどうするんだ。
……まあ、そうならなかったことは知っているけど。
対戦表の作成にも概ね目途がついた頃、すでに外は真っ暗だった。
「一緒に帰らない?」
漫画本を読んでいた一ノ瀬に声をかける。
「終わったの?」
「ああ、今日はもう大丈夫」
家に帰ってからでも最終チェックは出来る。
「じゃあ、帰ろっか」
読み終わるまで待ってて、とか言われることもなく素直に立ち上がった。
珍しいな、大抵はごねるのに。
「お先に失礼します」
まだ仕事中の神木先輩には申し訳ないけれどふたりで生徒会室を後にする。
神木先輩は手を振って答えてくれた。
「寒いねー!」
そう言ってマフラーをしっかりと巻き付ける一ノ瀬。
2月の夜は殊更に冷える。
髪の毛の上から巻いている姿が昔から好きだった。
マフラーの上側の髪の毛が少し膨らんでいるところが可愛い。
思わず、見惚れしまう。
「どうかした?」
首を傾けるとマフラーに包まれた髪の毛が少しはみ出す。
その仕草も好きだったなあ。
余計に目が離せなくなる。
「あー、いや……。可愛いなー、と」
別に変なことを考えていたわけじゃないので素直に答えた。
「何? 急に……、気持ち悪いなあ」
なんて色気のない反応だ。
「……寒いからバスで行く?」
「んーん、せっかくだから歩こうよ」
一ノ瀬が歩くのを好きなのは知っている。
でもそれ以上に寒いのが嫌いだったはず。
こう言ってくれたのは嬉しかった。
「はい、コレ」
頃合いを見計らって、鞄から取り出した小さな袋を渡す。
「ん? 何ー?」
「逆チョコ」
一ノ瀬はチョコレートも大好きだった。
少しビターな甘くないものを好む。
……単にミルクが嫌いなだけかもしれない。
「何それ、聞いたことないよ?」
まあ、この頃はまだ逆にチョコを送ることは少なかったかもしれない。
言いながら手袋を取って包みを開ける一ノ瀬。
「チョコタルトだ! まさか……手作り?」
「あーいや、どうだろうか」
結論から言うと手作りだ。
「妹が作っててさ、それを手伝った報酬に貰ったの」
「あー、なるほどね!」
……嘘である。
こうでも言わないと重たいだろう。
正確には俺が作っているのに妹が便乗した形だ。
まあ、作ると言っても市販のタルト台に溶かした板チョコを入れただけ。
お手軽なものである。
……チョコレート溶かすのが想像以上に大変だったけどな!
3回失敗したのは内緒だ。
結局、母にも手伝ってもらった。
「ん、美味しい! 妹さんによろしくね」
喜んでくれるのなら、良かったよ。
俺は、それだけで十分に嬉しい。
市販品で済ませることも考えたのだけど、学生だとこっちの方が自然だろう。
金額がわかってしまう高級チョコレートの方が重たい。
かといってコンビニで買えるものを渡すのも味気ないし。
「じゃあ、高木くんにコレあげる」
20円のチョコレートが手の平に置かれた。
ホワイトチョコレート、だと……。
「ガッカリしないでよ?」
そう言って意地悪そうに笑った。
ガッカリするわけないじゃないか。
嬉しくて胸の奥が熱くなる。
涙が出そうなところを必死で耐えた。
「ありがとう、一ノ瀬。一生大事にする、神棚に飾るわ」
「いや、そこは食べてよ!」
金額の問題じゃない。
一ノ瀬はホワイトチョコレートが嫌いだ。
だから、これは……、俺に渡すために用意してくれた物。
たまたま家にあっただけかもしれない。
軽い思い付き、ただの気まぐれ。
何でも構わない、一ノ瀬からバレンタインデーにチョコを貰った。
それが本当に、嬉しかったのだ。
「……そんなに喜ぶと思わなかったな」
ぼそりとつぶやく一ノ瀬。
俺がお前から何か貰ったら、喜ぶに決まっているじゃないか。
「ありがとう、一ノ瀬。大好きだ!」
「ふふっ、高木くん、そればっかり」
俺はただ笑ってくれればそれで十分だった。
でもまさか、こんなに嬉しいお返しがあるなんて。
吐く息も白く、凍えるような冷たい夜。
でも一ノ瀬と居れば暖かい。
こんな日々がずっと続いてくれれば良いのに。




