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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第4章:憧れとの決別を回避する
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並走する過去 第5話:電話

「じゃあ、21時ちょうどに電話するから」

「うん、わかったー!」


 この日は一ノ瀬さんと電話をする約束をした。

 交通安全集会の件で、仕事が長引いてしまったのだ。

 そのせいでいくつか伝えなきゃいけないことが伝えられなかった。

 テニス部の練習があるから、どうしても会話の回数が足りなくなる。

 生徒会執行部の仕事を言い訳にしているようで嫌だけど、仕方ない。


 自宅に帰って、固定電話の子機を持って部屋で約束の時間を待つ。

 コードレスになってくれたのは本当に助かる。

 ……20時を過ぎた辺りでソワソワしてきた。

 気持ちを落ち着けるために、電話機を目の前において正座した。


 約束をしていたので、中学の頃の百瀬(ももせ)さんに電話した時よりはマシだ。

 だけど、壮絶に緊張する。

 時計の針を見ながら何を話すか頭の中でまとめた。

 親が出ることを想定して、まずは名乗るところから。

 あ、でも約束しているからさすがに一ノ瀬さんが出てくれるかな。

 いや、彼女の事だ、期待しない方が良い。


 頭の中でいろんなことがグルグルと回る。

 上手く整理出来ないので紙とペンを取り出した。

 そして、話したいことを書き出す。

 僕は不器用なのでこうしないと上手く出来ない。


 うん、大丈夫だ。

 伝えたいことは大体まとめられたと思う。


 そして、21時ちょうどに一ノ瀬さんの番号をプッシュする。

 ……手が震えそうだった。


「はい、一ノ瀬です」

 親が出たパターンだ!

 大丈夫、脳内でシミュレートはしている。

「あの、私は川場高校生徒会執行部の高木と申します。

 梨香(りか)さんにお話があるのですが……」

 よし、完璧だ。


「はい、少しお待ちくださいね。……梨香ー!」

 パタパタと歩く音が聞こえてきた。

 ああ、どうしよう。

 普通に毎日のように会っている相手なのに凄く緊張する。


「ひゃひゃひふん?」

 ……えっ!?

「ひょっひひゃっひ」

 どういうことだ?

 声は一ノ瀬さんだと思うけど……。


 事態が呑み込めずにしばらく茫然自失していると、水の流れる音が聞こえた。


「あー、ごめんねえ、歯を磨いてた」

 21時に電話するって言ってあったのに、なんで歯を磨いているんだろう。

 でも、一ノ瀬さんらしいか。

 彼女にとっては僕と電話をすることなんて、何でもないことなんだろうな。


「ううん、気にしないでいいよ。仕事の引継ぎについてだけど……」

 僕が部活の練習で手伝えない間の作業について色々とお願いをした。

 さっき紙に書いた通り、順を追ってちゃんと説明出来たと思う。


「うん、わかった、任せておいて!」

 要件が終わったから、電話を切らないと。

 ……でも、少し寂しかった。

 一ノ瀬さんともう少し話したい。


「あの、一ノ瀬さん、出来たらもう少し話せないかな……?」

「えー……? 何かは話したいことでもあるの?」

 そうだよな、用もないのに電話なんておかしいよな。


「特に無いんだけど……」

「ねえ、高木くん、緊張してる?」

 言い終わる前に、一ノ瀬さんの声が響く。

 また見透かされてしまった。

 電話は話すタイミングが難しい。


「うん、かなり……」

「あははは! 別に気にしなくていいのに」

 電話越しでも一ノ瀬さんの笑い声は優しく胸に響く。


「その……、まだ電話を切りたくないんだ。少しでいいから話せない?」

 意を決して言った。


「うん、いーよー。私、電話するの好きなんだ」

 ええっ?

 何その軽いノリ。


「ねえ、どんな話するの?」

 いきなり話題を振られた。

 どうしよう、こういう時、どうしたらいい。

 何にも思いつかないよ。


「一ノ瀬さんって将来、何になりたい?」

 良く考えたら一ノ瀬さんのこと、僕はまだ良く知らない。


「ええっ? 急だね。うーん、どうしようかなあ」

 そういえば、一ノ瀬さんは自分の事を話すのが好きじゃないと言っていた。

 またやってしまった!


「あの、話したくないんだったら言わなくてもいいからね」

 慌てて言葉を付け加える。

 無神経なことを言ってしまったかもしれない。

 

「ふふ、ありがとう。高木くんになら話しても良いかなあ」

 こんな風に言ってもらえるとは思わなかった。

 正直いって凄く嬉しい。


「あのね、先生になりたいの」

「学校の先生? 一ノ瀬さんなら確かに良いかも」

 一ノ瀬さんは色んな人に優しいから、向いていると思う。


「あはは、ありがとう! でも……そっちじゃないんだなあ」

 うーん、また失敗しちゃったか。


「私ね、おばあちゃん子だったの」

 急に変わった話題に少し驚いたけど、静かに話を聞いた。

 一ノ瀬さんの事を知りたいから、どんな話もちゃんと聞きたい。


「でも、病気で死んじゃったんだ。だから、治せる人になりたいなって……」

 ああ、そうか。医者の()()、か。

 でもそれは……。


「私なんか、絶対無理って思うでしょ?」

「思わない!」

 それだけは即座に否定した。

 一ノ瀬さんには「自分なんか」なんて言って欲しくない。


「えー、でも医者になるのって凄く難しいんだよ」

 それは知っていた。相当な学力が必要だ。

 そして、今の一ノ瀬さんにそれが備わっていないことも知っている。

 だからこそ、だ。


「一ノ瀬さんは、理解力があるし、頭もいい、向いていると思う」

「えー、それ本気で言っているの?」

 もちろん、本気だった。


「当たり前だよ!」

 僕が肯定することで少しでも彼女の自信になってくれたらいいと思う。


「一ノ瀬さんは優しいだけじゃなくて、意志が強いと思う。

 臨機応変に対応する判断力もあるし、決断力もある。

 僕は梨香さんを尊敬しているよ」


「……やっぱり、高木くんって変な人だねえ。

 そんなこと言われたの初めてだよ」

 それは、今まであった人が盲目だっただけだ。


「ねえ、高木くんは? 将来、何になりたいの?」


 正直、言いたくなかった。

 僕がいじめられた原因は転校したこと。

 でも、それだけじゃないんだ。

 もうひとつ、駄目なことがあった。


 話したら同じように呆れられてしまうかもしれない。

 でも、自分だけ聞いて答えないのはズルいよな。


「物語を作る人になりたいんだ」

「小説家ってこと?」


 僕はそれほど本を読んで来なかった。

 せいぜい、アニメの原作ぐらいだ。

 漫画とテレビ、そしてゲームばかりしていた。

 だから、小説家にはなれないし、そうなりたいとも思わなかった。


「ううん、そうじゃなくて……。

 ゲームとかアニメのストーリーを作る人になりたいんだ」


 小さい頃から、妄想するのが好きだった。

 でも、絵も描けないし、文章力もないし、歌や踊りも出来ない。

 表現する力が、僕にはない。

 だから、ぼんやりと描いたのがそんな何とも言えない未来だった。


 強くその道を進みたいと思ったのは、中学校にプレイしたゲームだ。

 ロールプレイングゲームは敵を倒してレベルを上げるだけじゃない。

 イベントをこなすことでストーリーが進んで行く。

 その中で、たまらなく好きなものがあった。

 いじめられていた頃の自分は悪くない、そう思えるような話だったのだ。

 それはある種の救いだった。

 僕は、僕のような人に同じような感動を与えたいと思ったのだ。


「ふーん……」

 ああ、やっぱりだ。

 興味ないよね、こんなこと。

 時々、頭に描いた話を人に話すことがあった。

 その度に、何とも言えない表情をされる。

 馬鹿にされているのは理解できた。


 やっぱり、話さなきゃ良かったかな。

 でも一ノ瀬さんにはもう、散々にみっともない姿を見せている。

 今さら、下手に隠したところで意味はないと思ったんだ。


「ねえ、どんな話を考えているの?」

 ここまで聞いてくれる人はあんまりいない。

 一ノ瀬さんにだったら話してもいいかな?


「あー、例えば、勇者が魔王になっちゃう話、とか。

 あとはね、世界が滅んだあとに生き残った人が宇宙に行く話。

 それから知性をもった昆虫と戦う人類の話とかかな」


「なんか……それって、どれもハッピーエンドにならなそうだね」

「でしょ! でもちゃんとハッピーエンドになるんだ」

 ああ、駄目だ。

 こうやって、いっぱい話して、呆れられるんだ。


「そうなの? ねえ、聞かせてよ」

 一ノ瀬さんはやっぱり普通の人とは違う。

 僕は彼女のこういうところが、どうしても好きなんだ。


 それから、僕は自分が考えたくだらない物語の内容を彼女に話した。


「えっ、そういう風になるの? でもそれは何で?」

 表現力がない僕は、状況を上手く説明出来ていない。

 だから、何度も一ノ瀬さんにこうやって聞かれた。


「うん、それはね……」

 その度に説明する。

 これが最初から出来れば、他の人にも伝わるのかな。


「ああ、そう繋がるんだ。 へええ……、面白いね」

 その言葉を聞いたときに、嘘だろ、って思った。

 面白い? そんな事、今まで一度も言われたことが無かった。


「面白いかなあ……?」

「面白いよ!」

 僕が一ノ瀬さんの医者の話を肯定した時と同じように。

 一ノ瀬さんは僕のことを肯定した。


「高木くんの話は面白いよ。だから、もっと聞かせて」

 何でだよ、一ノ瀬さん。

 どうして君はいつも、僕の駄目なところを肯定するんだ。


 胸の奥が痛くなった。

 ああ……、知れば知るほど。

 僕は一ノ瀬さんのことが好きだ。


 結局、僕は一ノ瀬さんが眠くなるまでひたすら話し続けた。

 一ノ瀬さんは独りよがりな、つまらない話に延々と付き合ってくれた。

 そして、彼女は最後にこういったんだ。


「高木くん、楽しかったよ。また電話しようねー」


 電話を切った後も、嬉しい気持ちは止まらなかった。

 思わず枕を抱いて、布団の上で悶える。


 ありがとう、一ノ瀬さん。

 僕は本当に、君に出会えて良かった。

 他愛のない会話しかしていないけれど。

 この時、僕は心からそう思ったんだ。

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