第4話:当時の中学時代を懺悔する
やり直しの世界で、俺は何をするのか? その方針は決まった。
では、どうすれば俺は一ノ瀬にもう一度会えるのだろうか。
この世界が過去を勝手に辿ってくれるのなら良い。
けれど、どうにもこの状況にはかなりの割合で自由意志が入る。
たとえば先生への質問なんかもそうだ。
その気になれば、いくらでも現状を変えられる気がする。
それは普通なら良いことなのだが、俺にとっては困ったことだ。
何故ならば、この世界にはバタフライ効果という言葉がある。
ほんの些細な事が、未来を大きく変えてしまうかもしれないという意味だ。
それによって、例えば高校に入学出来ない等の致命的な結果を招く恐れがある。
知識や経験は死ぬ前のままだ。これは間違いなく武器になる。
しかしこれ、使っていいものなのか……?
髪型とか変えたいし、せめて眼鏡はかけたいと思う。
貧弱な体力も何とかしたいけれど、それによって未来が変わるかもしれない。
もう一度、一ノ瀬と会うために俺がすべきこと。
それは過去を正確に辿ることだと思う。
未来の改変を防ぎ、一ノ瀬と再び出会う運命を守る。
きっと、それが今の俺にできる唯一の事だろう。
――やり直しを始めてから、数日後。
やっと中学生としての生活も板についてきた。
友人とも普通に話せるようになったし、女子の顔と名前も一致した。
一番の懸念だった酒が飲めない事については3日目で随分と改善された。
やはり肉体的な依存も多かったのだろう。
アルコール依存症に片足どこか胸のあたりまで浸かっていた俺だ。
正直、耐えられるか心配だったのだが、ここまで良くなるとは。
いかに自分が酒というものに溺れていたのかが良くわかる。
朝のけだるい感じなど一切ない。
出来れば一生、酒を飲まないでいたいとさえ思う。……多分無理だけど。
この頃の俺は体力が壊滅的なので学校まで歩くだけで結構疲れる。
でも二日酔いの存在しない日々は清々しい。
教室に着いたら友人に挨拶をするぐらいの元気はある。
「おはよう」
「おー、高木! 元気かあ!」
友人の一人である寺田に挨拶すると、お返しにバンバン背中を叩かれた。
普通に痛い。手加減を知らないのか。
「高木! ちょっと見ろよコレ!」
何だと言うのだ。仕方なく目を向ける。
「おああああああ!」
寺田は変なポーズで全力で叫びだした。
「どうだ!?」
うるさいだけで、まるで意味が解らない。どうだと言われても……。
「おお、流石だな!」
だが、とりあえず肯定しておくことにした。
「だろっ!」
得意げな表情で席に着く。
……すいません、何一つ理解できないんですけど。
中学生ってこんなに馬鹿だったの? もはや殺意が湧く。
当たりは強くて加減を知らないし、声がでかい。
そのくせ変な仲間意識を押し付けてくる。
寺田のことは嫌いじゃないけど、正直、毎日がこのペースだとうんざりだ。
でも、全ては一ノ瀬ともう一度会うため。俺は淡々と日々を過ごすしかない。
いいだろう、受け入れてやろうじゃないか。
「先生! なんで人間は光合成出来ないんですか?」
「それはだな、葉緑体というものがあって……」
授業中、先生への質問もキッチリとしている。
しかし我ながら、あまりにも理不尽だ。
数少ない友人である小林にこっそりと自分の事を聞いてみた。
「あー、なんか授業では3回以上質問するのがノルマだとか言ってたな」
だから、なんでだよ!
「あと、一日一善が座右の銘だっけ?」
座右の銘とか痛すぎるだろ! いや、一日一善はいいことだけども。
反面、塾では一言もしゃべらないようにした。
明らかにおかしい行為だが、これもすべては一ノ瀬ともう一度会うため。
仕事のようなものだ、心を殺して任務を遂行する。
……こう思わないとやっていられない。
よくもまあ、こんなチグハグな生活を送っていたものだ。
黒歴史という言葉がある。要するに「無かったことにしたい」過去だ。
いや、もはや「無かったことになった」過去とも言えるだろう。
記憶から完全に抹消したいレベル、トラウマ級の過去だ。
なお、この言葉はこの時代には存在しないので使ってはいけない。
中学生の頃を思い出す。正直言って、そんなに覚えていない。
けれど、いくつか、思い出すだけで恥ずかしいものがあった。
きっと誰しもが、少なからずこんな黒歴史を抱えているのではないだろうか。
正直な話をしよう。俺の中学生時代は黒歴史の塊だ。
もし生まれ変わったら絶対に繰り返したくないような日々を送っていた。
先生への質問もそのひとつ。「今の俺なら絶対しない」と思うようなばかりだ。
俺の前に立ちふさがるのはこの「黒歴史」だった。
あの頃はひたすら自分を嫌っていた。今になって考えると馬鹿らしい。
何もしないでひたすら文句を言っていただけだ。
何の努力もしないで、自分が嫌い? 甘えるにもほどがある。
自分を好きになる努力もしてないじゃないか。
自己嫌悪する暇があるなら少しでも自分を磨けばいい。
やりもしないで文句を言って、結局何もしない。
本気で挑戦して出来なかった時に、初めて文句を言え。
……全部、今だから言えることだ。
本気で説教してやりたい。
けど、多分、今の俺が当時の俺にどんな言葉を語っても効果はない。
俺は頑なだった。敢えて言おう、カスである、と。
世界の中心が自分であることを信じていて、疑うことも無かった。
他人や周りを彩る全てのものが、ただの物質だと思っていた。
友人や先生、両親すらもオンラインゲームでいう「NPC」のように捉えていた。
それでいて、「才能」には嫉妬する。
出来る人はみんな才能があると思い込んでいた。
そして、才能がない自分が不運だと帰結する。
他者の努力や過程は知らないから存在を認めない。
それなのに、自分はどこか「特別」な人間で、いつか大成すると信じていた。
俺は理解力の乏しい人間だった。
でも一ノ瀬との出会いがそれを変えた。
いや、違うかな。
出会っただけじゃ駄目なままだった。
一ノ瀬との別れがそれを変えたんだ。
うーん、……それも少し違うかもしれない。
一ノ瀬との思い出は肯定と否定の連続だった。
アイツはあろうことか、当時の俺を肯定したのだ。
それから俺の世界はめまぐるしく変わっていった。
そして世界の美しさと自らの醜さを同時に知った。
結末が幸福であればよかったのだけど、実際は決別だ。
それは変えようがないことだと理解している。
俺はきっと、何をどう努力したところで彼女にとって必要な存在になれない。
それが解って、居なくなったことを受け入れた時。
俺はやっと、独りで生きていけるようになった。
そんな一ノ瀬ともう一度会えるのなら。
俺は精神の死を覚悟して、この黒歴史すらも再現してみせようじゃないか。
我ながら……、憂鬱しかない展開だ。