第38話:いつの間にか、同じことを考えていた
結局、一ノ瀬には気持ちを伝えてしまった。
それならもう、無理をして想いを抑え込むのは止めようと思う。
出来れば残された時間を大切に使いたい。
新学期になったらまた一ノ瀬を誘おうと決めた。
しかし、これには一つ問題があった。
社会人だった頃と違って今の俺には先立つものがない。
要するに……デートに使うお金が無いのだ。
凄く当たり前のことだが、これは稼ぐしかない。
ただ、高校生のアルバイトというのは結構難しいものだ。
我が校の場合、申請が必要だった。
当然だが、両親の許可もいる。
幸いな事に、ここは既に突破していた。
ちゃんとした正規手続きにより、アルバイトの許可をもらってある。
俺は普段、部活動と生徒会執行部があるから、短期のものしか出来ない。
部活動も無く、どうせ一ノ瀬にも会えないだろう年末年始。
ここを有効に使わない手は無かった。
そのため、最初からここで郵便局の短期バイトを申し込んであったのだ。
冬休み中で募集も多く、公立高校でも認められやすい。
そんなわけで、大晦日から正月はバイト三昧だった。
郵便局での主な仕事は年賀状の仕分けと配達だ。
これは誰にでも出来る。
……年賀状を満載した自転車の重さには少し苦労したけれど。
しかし、普段は気にした事がないが表札って有り難いんだな。
配達する立場からすると本当に助かる。
宛名だけで合ってるかすぐに確認できるからだ。
表札がない場合は住所で確認する。
間違って投函するわけにはいかないので何度も確認した。
場合によってはベルを鳴らして直接渡したこともある。
集合住宅は部屋番号で分かることが多い。
が……これもハガキに書いてない場合がある。
1階にある集合ポストにも名前が書いてなかったらお手上げだ。
どうしてもわからないものは持ち帰ることになる。
結局、約3万円を稼ぐ事に成功、学生からすれば十分な金額である。
……本来なら前回買った洋服のお金を返すべきだろう。
しかし、それを清算してしまった場合、間違いなくまた借りることになる。
ここは母の好意を有難く受け取っておくことにした。
――新学期。
3学期の生徒会執行部としての活動は主に球技大会と翌年の新入生歓迎会だ。
その他、学校行事としてロードレース大会と卒業式がある。
こちらは特に執行部としての活動はない。
まあ、神木先輩には送辞を述べるという大仕事があるけれど。
行事の準備で忙しくなる前の序盤に勝負をかける。
放課後、生徒会室へ向かう前の一ノ瀬を捕まえることにした。
……これは都合、教室の前で待ち伏せになってしまう。
大丈夫だよね、これぐらいならストーカー扱いされないよね?
「一ノ瀬!」
「うわっ! ビックリした。なんでここにいるの?」
……ギリギリアウトな反応だった。
「あの良かったら次の休みに会えないかな?」
「えー……?」
なぜか嫌そうだ。
「寒いから外に出たくない」
くっ、そういえばコイツ寒がりだったっけ。
「いや、そこをなんとか……」
これはもう、頼むしかない。
「高木くん、部活は無いの?」
痛い所を突いてきやがる。
テニス部はこの時期でも普通に練習があった。
そもそも、休日は一日練習が出来るので別のことをするのは勿体ない。
しかし……、今週末は快晴の予報が出ているのだ。
「あるけど……、どうしても駄目?」
一ノ瀬は押しに弱い。
だからこそ、あんまり強引に誘いたくはないのだ。
これで断られるようなら諦めようと思っていた。
「部活休んでまで私と出かけたいの?」
表情から感情が読めない。
これ……ちょっと怒っている?
たしかに彼女でもない一ノ瀬と出かけるために部活休むとか駄目なヤツだ。
「出かけたい! バイトしたから交通費は出すよ」
真剣な顔で答えた。これでダメなら仕方ない。
「もう、しょうがないなあ……」
おお、これは良いってこと?
「ちょっと歩き回る感じだけど大丈夫?」
「どっか遠くに行くの?」
行先を伝えるかどうか迷った。
出来ればサプライズで喜ばせてみたい。
……失敗するのは怖いけど。
「あ、うん。どうしても行きたいところがあるんだ。場所、聞いときたい?」
「んー……、聞かないのも楽しそうだよね」
本当はふたりで相談して行先を決めた方が良いのだろう。
けど、一ノ瀬はこういうところがあるのを知っている。
「寒いから、ちゃんと厚着してきてよ」
「朝早いのは嫌だからね!」
ここは筋金入りだ。
結局、一ノ瀬の最寄り駅に朝8時、待ち合わせを取り付けることに成功した。
また、休日に一ノ瀬と逢える。
もうこの時点で泣きそうなぐらい嬉しかった。
……というかちょっと泣いてたかもしれない。
歳を取ると涙腺は緩くなるものだ。
――チリンチリン。
生徒会室へ入ると扉に取り付けられた鈴が鳴る。
今や何度も聞いた、心地の良い響きだ。
「おはようございまーす!」
一ノ瀬とふたりで生徒会室へ入る。
この辺りはあまり突っ込まれることはない。
「おはよう、梨香ちゃん」
「なっちゃーん!」
一ノ瀬は奈津季さんを見るとすぐに抱き着く。
……同じノリでやったら俺も許されないかな?
「高木、奈津季を嫌らしい目で見るんじゃない」
沙希先輩から高速でツッコミが入った。
「いや、俺が見ていたのは一ノ瀬です!」
「梨香ちゃんもダメだよ!」
嘉奈先輩からも突っ込まれてしまった。
「じゃあ……、嘉奈先輩ならいいですか?」
「ふにゃっ!」
おお、反応があった。
「高木……、今日も死にたいようだな」
沙希先輩のメガネの奥が相変わらず恐ろしい光を放っていた。
「あ、じゃあ俺は部活行ってくるので!」
この日は挨拶だけして部活へ出た。
……教室から生徒会室までの短い距離だけでも一ノ瀬と歩けて良かったな。
俺はもう、すっかり駄目になっている。
練習は真面目に参加した。
しかし、この時期は日が暮れるのが早い。
公立高校にナイター設備など無いからすぐにボールが見えなくなる。
練習にならないので部活が終わるのも早かった。
正直、物足りないが仕方ない。
コート整備をして解散となった。
俺はジャージ姿のまま生徒会室へ向かう。
明かりがまだ点いていたので期待して中へ入った。
嬉しいことに一ノ瀬が居た。
大場と一緒に仕事をしていたようだ。
「高木くん、もう部活終わったの?」
「ああ、うん。もうボール見えないからね」
少しでも話せて嬉しい。
……もしかしたら一緒に帰れるかもしれない。
「この時期は暗くなるの、早いよねえ」
「ふたりとも、まだ残っているの? 何か仕事あるなら手伝うよ」
最終下校時刻まではまだ時間がある。
「あ、いや帰るだけだよー」
答えたのは一ノ瀬だった。
「じゃあ、ちょっと待ってて、着替えてくるから」
一緒に帰れると思うと嬉しくて仕方なかった。
ジャージ姿のままこっちに来たのには理由がある。
一ノ瀬が居なかったらロードワークに出ようと思っていたからだ。
……俺は練習より一ノ瀬を優先するようになってしまった。
部室に戻ってパパっと制服に着替えたら生徒会室へ急ぐ。
一ノ瀬を少しでも待たせたくなかった。
「お待たせ」
「いや、別に待ってないよ?」
……本当に世知辛い。
「うそうそ、ごめんね、高木くん」
軽く涙目になった俺を、一ノ瀬は調子よくからかった。
「じゃあ、僕はここで」
自転車通学の大場はそのまま下駄箱でお別れとなる。
「暗いし、バス乗って帰ろうか?」
「うーん、時間あるし歩こうよ」
というわけで、最寄り駅までたっぷり30分、ふたりで歩くことになった。
再会してからもう3ヵ月あまり。
未だにこんなことで喜ぶ俺は、馬鹿なのだろうか。
「週末、楽しみだねー」
「えっ!?」
一ノ瀬から出た予想外の言葉に驚く。
「何……? 高木くんは楽しみじゃないの?」
「あっ、いや……強引に誘っちゃったからさ」
面倒に感じているだろうと思っていた。
「もう、相変わらずだね。別に全然嫌じゃないよー」
「そっか、なら良かった」
どうやら、本心から言っているようで安心した。
「まあ、行ったら楽しくないかもしれないけど」
相変わらず手厳しい。
「楽しくなるように、努力します」
「あははは! 宜しくお願いします」
その眩しい笑顔に見惚れてしまった。
……付き合っていなくてもいい。
一ノ瀬と一緒にいることが楽しい。
そんな風に思ってしまうことを今は嫌悪しなくて済む。
それだけで俺には十分すぎるぐらい嬉しいことだった。
「待ち遠しいけど、その日が来るのが勿体ないなあ」
思わず、言葉にしていた。
いつだったかな、前に一ノ瀬に言われたことがある。
――待っている時間も、楽しい時間だよ。
当時の俺は、その日が来るまでむしろ不安だった。
約束が反故にされてしまうかもしれない。
そんな不安を解消するためにも、早くその日が訪れてほしかった。
でも、一ノ瀬は違う。
楽しみに思って、その日を待っている時間も悪くない、と言ったのだ。
「あー、それわかる! ずっと楽しみにしていたいよね」
一ノ瀬は、本当に前向きな人だ。
俺は、人間は変われると考えている。
少なくとも、当時の俺は信じられないぐらいマイナス思考だった。
それが今は、一ノ瀬と同じようにプラス思考になれる。
確約した未来なんて無くても良い。
ただ、楽しいと思える今があって、それを大切に出来るなら。
今日も明日も、楽しい一日だと思う。
そう思えるようになったのは、一ノ瀬のおかげだ。
隣を歩く、楽しそうに笑う女の子。
俺は彼女に心から感謝している。




