第37話:俺は何度でも、同じ過ちを繰り返す
一ノ瀬との約束は映画を観ることまでだった。
だけど、さすがにそれだと半日と経たずに終わってしまう。
だから俺はあらかじめ喫茶店を調べてあった。
「なあ、一ノ瀬。良かったら少し、お茶しない?」
古い表現だが気にしないで欲しい。
「えー、映画以外の約束してないじゃん」
酷い……。
でも大丈夫、一ノ瀬の表情はいつもの悪い顔だ。
「そこをなんとか……」
俺がこうやって頼む前提の発言だろう。
「もう、しょうがないなあ」
思い通りになって嬉しそうだ。
いたずらを楽しんでいる子供のような無邪気な笑顔。
お前は知らないだろうけど、俺だって少しは解っているんだぞ。
一ノ瀬の了解が得られたのであらかじめ下調べをしていた喫茶店を目指す。
「へえー、結構おしゃれ。高木くん、よく知ってたね」
知っているわけないだろう、探したんだよ。
でも、好印象で良かった。
「割り勘でもいいかな?」
あえてそう言った。
本当は奢っても良いのだけど、それだと気を使うだろう。
少し払ってもらうことで気持ちよくまた遊べる。
何せ、友達同士だ。
「うん、いいよー」
「ここはね、チョコケーキがおススメなんだって」
一ノ瀬の好物がチーズケーキだと言うのは知っている。
でも、お店の人に聞いたらやはりチョコが一番とのことだった。
「ふーん、じゃあ、このセットにする!」
「俺はブレンドコーヒーで」
店員さんに注文を済ませたら一ノ瀬と向き合う。
俺は自分語りが多いから、放っておくと話し続けてしまう。
今日は出来るだけそれに注意しないといけない。
「お待たせしましたー」
頼んだケーキとドリンクが届く。
「わあ、美味しそう」
スイーツを前にした女の子の顔はたまらなく可愛い。
しかも目の前にいるのは一ノ瀬だ。
俺は砂糖もミルクも入れずにコーヒーを飲む。
喫茶店のコーヒーは本当に美味しい。
「んー! 美味しい!」
嬉しそうな一ノ瀬を見ながらカップを傾ける。
これ以上に贅沢なことなんて、多分ないだろうな……。
「ねえ、高木くんもひと口食べてみなよ!」
そういって、フォークに刺さったケーキの断片を差し出す。
……お前、それは。
「はい、口あけてー」
怒るぞ、俺はお前の恋人じゃないんだ。
そんな恥ずかしい事、出来るわけないだろ。
……ここでそれを言えるほど、俺は男ではない。
「ん、美味しいな」
多分、顔は真っ赤になっていたと思う。
少しだけ一ノ瀬を甘く見ていた。
「でしょー!」
お前が嬉しそうなら、俺は何でも良いよ。
「……映画のチケットありがとうね」
やっぱり、気にしていたか。
「それは気にしないでいいよ。
それよりさ、映画どうだった?」
速攻で話題をそらす。
「面白かった!
まさか、あそこでああなるとはねえ……」
映画はひとりで観た方が集中出来て楽しめる。
俺はその意見を全面的に肯定する。
映画を観ると笑ったり、涙を流したり、感情が外に出るものだ。
そんな時の顔を知人には見せたくない。
でも不思議と知らない人なら許容できる。
だから、映画はひとりの方がその世界に浸ることが出来ると思う。
でも、映画を観終わった後。
無性に人と話したくなる。
あのシーンはどうだった、とか。
ラストはこうだったらよかったのに、とか。
思うことがいっぱいあって、そういう話がしたくなる。
だから、ふたりで映画を見た後に喫茶店に行くのはセットだった。
「一ノ瀬はどんな映画が好き?」
「私は何でも好きだよー。
……でも、やっぱりハッピーエンドになる映画が好きかな」
一ノ瀬はわかりやすい話が好きだ。
アクション映画なら勧善懲悪、恋愛映画なら最後に両想い。
俺もその感性はわかる。
けど、俺が感情移入してしまうのはいつも脇役だ。
アクション映画なら主人公を助けるために犠牲になる仲間。
恋愛映画ならヒロインに恋をするけど報われないままの友人。
「高木くんは?」
「俺はね、人が死なない話なら何でも好き」
「あー、それわかる! 大事だよね」
一ノ瀬がこう言うことも知っていた。
別に彼女の好みに合わせて話したわけじゃない。
本当に嫌いなんだ、命で物語を盛り上げるような話。
でもだからといって、死者が蘇るみたいな話はあんまり好きじゃない。
あと、常識を超えて絶対に死なない話も嫌いだ。
……割と注文が多くなってしまった。
今日は一ノ瀬の話を聞く。
すでに知っていることも多いけど、真剣に聞こう。
一ノ瀬が気持ちよくこの時間を過ごして欲しい。
その気持ちが伝わるように――。
「でね、寺田ってヤツが……」
「えー! そんなことあったんだ!」
「そうそう、そこで小林が凄くいい演説をしたのに……」
「あははは! 高木くんらしい!」
「神木先輩に怒られた大場がちょっと凹んでてさ」
「えー、大場くんが可哀想……」
「でもその後ね!」
「おー、さすが彩音先輩だね!」
……気がつくと、ほとんど俺がしゃべってた。
馬鹿なのか、俺は!
中学の話までして……生徒会役員選挙で中森の年表を馬鹿にしたのは誰だよ。
我ながら、酷すぎる。
「ごめん、一ノ瀬……」
「ん? どうしたの?」
「今日は一ノ瀬の話を聞こうと思っていたのに。ずっと俺がしゃべってた」
そう言うと一ノ瀬は嬉しそうに笑った。
「あははは! そんなこと考えてたの?」
今までで、一番楽しそうな顔をしている。
「ああ、悪かったな……」
さすがに罰が悪い。
散々準備したのに、ここで失敗するとは。
「ううん、私は高木くんのそういうところ、好きだよ。
本当の事を言うと、私は自分の事を話すのは苦手なんだ……。
聞いている方がよっぽど楽。
だからいっぱい話してくれる高木くんと一緒だと安心する。
それに、高木くんの話はずっと面白かったよ!」
ああ……なんだよ、コイツ。
婚活中に何回否定されたかな、俺の駄目なところ。
過去だけじゃなくて、未来までひっくるめて肯定するなよ。
「ねえ、高木くん。今日は本当にありがとうね。
私、とっても楽しかったよ」
一ノ瀬はいつだって……、そうだった。
空回りして失敗しても。
考えすぎて上手くいかなくても。
回った分と考えた時間を評価してくれる。
結果じゃなくて、過程を見てくれる。
だからかな、俺にはいつだって「頑張ったね」と言う。
きっと一ノ瀬は色んな人にそうなんだろう。
俺だけじゃない、一ノ瀬に救われる人はたくさんいる。
俺はそんな中の一人にすぎない。
それでもいいんだ。
「ううん、違うよ。俺の方こそ、ありがとう。
嬉しかった、一ノ瀬と話せて」
感情が溢れてくる。
頭の中で、明確にそれは駄目だ、と言っている。
また、傷つけてしまうかもしれない。
「高木くん……?」
堪えきれなくて涙が溢れた。
あーあ、また、だ。
一ノ瀬の事は、もうとっくに諦めて納得したはずだった。
なにせ、居なくなった人、だ。
だけど……。
ずっと、好きだった。
この感情が全てを台無しにする。
一ノ瀬を傷つけて、俺の全てを狂わせる。
だから、絶対に認めちゃいけない。
そのために、神木先輩の気持ちまで台無しにしたくせに!
「ごめん……一ノ瀬」
だけど、もう止められない。
やっぱり一ノ瀬がいい……。
傍に居て欲しい、他の誰かじゃ嫌だ。
一ノ瀬が笑えば、俺の中のどんな憂鬱だって消し飛ぶ。
それだけで、世界が救われる。
「俺は、君が好きだ」
昔から不器用な自分が嫌いだった。
でも、悟ったふりして妙に器用に振舞う自分は、もう自分じゃない気がした。
一ノ瀬の前ではいつも、本当の自分で居られる。
嘘も虚勢も要らない。
不器用なままでも許してくれる。
「えっ!? いつもの冗談だよね……?」
「違うんだ、女の子として好きだ。君に恋愛感情を持っている。
結婚して欲しいと思う。そういう気持ちを君に対して抱いている」
「えええ! いや、あのあの……」
珍しく、うろたえる一ノ瀬が可愛い。
この頃は、好意を素直に受け止められなかったんだよな。
知っているよ、俺と一緒だ。
「何で? だって私なんか……」
「一ノ瀬は可愛いよ」
逃げられないようにはっきりと言う。
「ええっ!?」
「優しくて、一緒にいると楽しくて、嬉しくなる」
これは、俺のありのままの気持ちだから。
「俺は、一ノ瀬のことが誰よりも好きだ」
「…………」
一ノ瀬は珍しく黙った。
わかっている、こんな風に言われるとお前は追い詰められる。
否定の言葉を言うのが苦手だったことを知っている。
本当は誰も傷つけたくないんだろう。
ごめんな……。
お前が俺に対してそういう感情を持っていないのは解っている。
だから、この先は俺が言うよ。
「返事はしなくていいよ」
応えられないのは悪いことじゃない。
お前は、ずっと何も悪くない。
「高木くん……?」
届かないことは解っている。
お前のことを好きになった俺が悪いんだ。
「ただ、君の事を好きでいたい。駄目かな……?」
でも許して欲しい。
俺は、お前じゃなきゃ、駄目なんだ。
「駄目なわけないじゃん! 私も……高木くんのことは好きだよ」
一ノ瀬の好きが恋愛感情に基づいたものじゃないことは百も承知だ。
それでも、こうやって肯定してくれる。
「ありがとう、一ノ瀬。嬉しいよ」
「私も、嬉しい……かな」
温度差があることは解っている。
でも、これでいいんだ。
一ノ瀬には俺の好意を知っていて欲しい。
そうじゃないと、フェアじゃない。
「ごめん、変な話しちゃって」
そう言って、一ノ瀬の頭をなでた。
「ううん、いいよ、大丈夫」
そう言ってくれたのが嬉しかった。
「じゃあ、会計しようか」
立ち上がって伝票の半額を徴収する。
「え、だって高木くん、コーヒーだけじゃん」
「一ノ瀬、割り勘の意味知ってる?」
ケーキセットを頼んだ一ノ瀬は当然、多く払おうとした。
だが俺はそれを却下する。
「……ずるいなあ、そういうことか」
そこは見抜かないで欲しかったな。
「ケーキは俺も食べたしな」
先ほどのやり取りを思い出して思わず赤くなった。
「あれえ、高木くん、少し照れてない?」
うるさい、黙れ。
……その悪そうな表情も好きだよ。
そしてふたりで帰路に着く。
いつものように笑いながら歩いて、電車に乗る。
今日は一ノ瀬の最寄り駅の改札口まで見送ることにした。
「ありがとう、高木くん」
「なあ……一ノ瀬。また、一緒に出掛けてくれないか?」
付き合ってくれなくても良い。
でも、また、こうやってふたりで一緒に居たい。
「えー……、どうしようかなあ……」
そう言って俯く一ノ瀬。
表情が見えない。
ああ、やっぱり、高望みだったか。
「あはははは!」
落ち込む俺を見て、突然笑い出す。
「ばーか! 嘘だよ、高木くん」
「へっ?」
思わず、間の抜けた声を出していた。
「いいよ、また一緒に行こう。……でも、高木くんから誘ってね!」
そう言って、いつもの無防備な笑顔を晒す。
「あ、ああ……! 必ず、また誘う」
「うん、楽しみにしてる」
そう言って一ノ瀬はホームに向かって歩いていく。
名残惜しくその背中を見守ると、一ノ瀬は振り返った。
まるで想いが届いたようで嬉しかった。
「またね! 高木くん!」
そう言って手を振ってくれた。
そうだ、一ノ瀬はいつも……別れ際にサヨナラを言わない。
「ああ、一ノ瀬。……好きだよ!」
俺はそう言って手を振る。
結局、俺は最大の過ちを繰り返してしまった。
そもそも、出会った時点で……いや違うな。
逢いたいと願った時点、間違っている。
……でも、俺は後悔はしていない。
多分、この先何度、同じ機会があったとしても。
俺はきっと、同じ過ちを繰り返す。




