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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第3章:最大の過ちを繰り返す
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第36話:映画館デートって定番だけど意外と難易度は高い

 そして、初デート当日。

 待ち合わせの場所に一ノ瀬は居なかった。

 当然である。

 何故ならば待ち合わせの時間からは30分も早い。


 俺がやることは予め準備をしておいた服を着て髪の毛セットするだけだ。

 それで待ち合わせ時間が午前10時とか時間に余裕がありすぎる。

 俺は朝練のために毎朝5時半に家を出ている。

 だが、一ノ瀬は朝が弱いので少し遅めに設定した。

 場所も映画館近くではなく一ノ瀬の最寄り駅だ。


 遅刻は絶対にしたくないので念には念を入れて早めに家を出る。

 だが何の問題もなく到着してしまった。

 約束した駅のシンボル前で特にやることもない。

 スマホでもあれば時間は簡単につぶせるのだが……。


 こんな時はつい余計なことを考えてしまう。

 待ち合わせ場所を勘違いしていないか?

 一ノ瀬からドタキャンが入るかもしれない。

 ああ、それだと早く家を出たのが悪手だ。

 何せこの時代、外に出てしまったらお互いに連絡を取る手段がない。

 スマホどころか、携帯もないんだ。

 ポケベルやPHSはあったけど俺たちはどちらも持っていなかった。


 その代わりといっては何だが、駅のフリースペースに伝言板がある。

 あれは落書きをするためのものではない。

 困ったときはそこにメッセージを残すということも話してある。

 一ノ瀬には「そこまで心配しなくても」と笑われた。

 でも、初デートでお互いに会えないまま終わるとか、最悪じゃないか。

 ……過去のデートもそれなりに最悪だった気がしないでもないが。



 ――待ち合わせの時間まであと10分。

 一ノ瀬は割と時間にルーズ……というか、俺とは少し感覚が違う。

 待ち合わせ時間の前後15分ぐらいは許容範囲という感じだ。

 なので大体10分ぐらい遅れてくるのが普通である。

 俺は時間に正確な方なので大抵は10分前に到着する。

 だから、一ノ瀬と待ち合わせをした時はいつも待たされていた。 


 でも別に嫌じゃない。

 嫌なら一ノ瀬と同じように時間ギリギリに行けば良いだけだ。

 一ノ瀬の感覚に合わせることは簡単だった。

 でも、俺は変わらずに10分前に行く。

 俺は待たされるのは平気だ。

 けれど、人を待たせるのが苦手だった。

 一ノ瀬を待たせるなんて考えたくもない。


 それに、待っている時間も嫌いじゃなかった。

 もうすぐ一ノ瀬と会えると思うと胸の奥が暖かくなる。

 こういう気持ちでいる時間は俺にとって大切なものだった。


 願い事があって、それが叶う瞬間を待つ。

 こんなに幸福な時間は無いと思う。

 そういえば、一ノ瀬が居なくなってから俺には願い事も無くなってしまったな。

 ただ、それを不幸だと思ったことはない。

 裏切られないで済むことは、安寧だったからだ。


 もう少しで待ち合わせの時間。 

 ……わかっていながら緊張する。

 ほぼ毎日学校で顔を合わせているというのにな。

 なんだろう、こんな感覚はずっと忘れていた。

 嬉しいとは少し違う、楽しいわけでもないし……。

 ああ、そうか、待ち遠しいのか。

 未来に期待を抱くなんて、いつ以来だろう。


 そして、待ち合わせの時間から5分後。

 家の方向を知っているから思わずそっちを見てしまう。

 遠くから一ノ瀬が歩いてくるのが分かった。


 大きな身振りで手を振っている。

 ああ、可愛いなあ。

 急がなくていいから、ゆっくり歩いてきて欲しい。


「ごめん、ちょっと遅れちゃった」

 どんな格好で来るのかな、と思っていたけど……。


 白のワンピースだった。

 桜色のロングカーディガンにチェック柄のマフラー。

 少し寒そうな恰好だけど、今日は天気が良いから大丈夫だろう。

 いざとなったら俺のコートを貸してやればよい。


「大丈夫だよ、気にしないで!」

「えへへ、ありがとう」

 そういうと、いつものように優しく笑った。

 ああ、本当に一ノ瀬の笑顔は嬉しい。


 一ノ瀬は赤色が好きだけど、白い服を好んで着る。

 肌が白いからかな、とても良く似合う。

 髪の上から巻いたマフラー、はみ出した髪の毛がたまらない。


「どうしたの?」

 思わず見惚れてしまった。


「やっぱり一ノ瀬は可愛いな」

 まぶしくて直視できない。

 少し目をそらして言った。


「あはは、定番だねえ」

「いや、だから、その服……似合っているよ」

 何故だ、恥ずかしい気持ちになって上手く話せない。

 おかしいな、俺はもうアラフォーのおっさんなのに。

 これじゃ、まるっきり初デートじゃないか。


「あー……、うん、ありがと」

 珍しく照れる一ノ瀬、悶えそうなぐらいに可愛い。

 もしかして、少しは喜んでくれたのかな?


「それじゃあ、行こうか」

 そういって、とりあえず映画館へ向かう。

 まずは電車に乗って、映画館のある駅へ。

 移動する時間もふたりなら楽しい。


 昔と違ってゆっくりと歩く。

 一ノ瀬と俺は歩幅がそれほど違わない。

 それに、一ノ瀬はハイヒールも履かない。

 ゆっくりと歩く必要は無いのかもしれないけれど。

 俺はそうしたかったんだ。


「ねえ、高木くん」

 声をかけてきた一ノ瀬に向き直ると、少し悪い顔をしていた。


「今日、ちょっと頑張ったでしょ?」

 ……見事に見透かされている。


「そりゃあ、まあ……。少しは格好良く見える?」

 赤面しつつ答えた。なぜ20才近く年下の女の子に全く歯が立たないのか。


「んー、普通?」

 やはり、予想通りの答えだった。


「でも、制服で来たらどうしようかと思ってたから良かったよ」

 恐ろしく耳が痛い。

 やはり制服で来るのは無いよな……。

 当時の反省が活かせて良かったよ。


「ね、高木くん。それ、ワックスつけてるの?」

 そう言って髪の毛を触ってきた。


「ああ、そうだよ。汚れちゃうから触るなって」

「あはは、ちょっと凹んでる?」

 くっ、また見透かされてしまった。


「……嘘だよ」

「えっ?」

 それは一ノ瀬の優しさだったのかもしれない。


「今日はちょっと、格好良いかも」

 とりあえず、合格点を貰えたようでほっとした。

 嘘でも、こんな風に言ってもらえると嬉しいものだ――。



 映画館に到着すると、思っていたよりも混雑していた。

 特にチケット売り場の列が長い。

 あー、そうだった。

 今と違って予約システムとか自動発券機とかないもんなあ。

 座席も決まっていないし、なんていうか世界の変遷を肌で感じる。


 見る映画は一ノ瀬に決めてもらってある。

 売り場の列にはひとりで並んだ方が効率が良いけれど、ふたりで並んだ。


 一ノ瀬は人混みが極端に嫌いだった。

 だからなるべく混雑した場所にひとりで待たせたくなかったのだ。


 そして無事にふたり分のチケットを手に入れる。


「何か欲しいのある?」

「あ、私は別に何も無くていいよ」

 一ノ瀬の返事はその額面通りで遠慮しているわけではない。

 彼女は結構な映画好きなので、ポップコーンとかは食べたがらない。

 映画に集中したいから、だそうだ。


 その気持ちは決別した後に知った。

 好きな人の好きなことは好きになるものだ。


 一ノ瀬が居なくなった後、俺はひとりで映画館に行くことが多くなった。

 彼女のことを思い出せるという理由もあったけど……。

 単純に、一緒に居る間に映画館を楽しむようになっていた。

 ここまで来ればもう立派に、俺の趣味でもある。

 だから、やり直しの世界でも、わざわざ初デートに映画館を選んだのだ。


 当時は、ひとりで映画館に行く自分なんて想像もできなかったっけ。


「ここでちょっとだけ待ってて」

 スナックコーナーは混雑していない。

 短い時間なので一ノ瀬には待っていてもらうことにした。


 俺の経験上、映画を見ている間に喉が渇くと、少し気が散ってしまう。

 そんなわけでレモンティーのMサイズをひとつだけ買ってきた。

 あらかじめ氷は少なめにしてもらってある。

 普段の俺ならコーラを頼むところだけど一ノ瀬は強炭酸が苦手だ。


「お待たせ、トイレは大丈夫?」

 直球で聞くのはアレだけど、伝わらないと困るしな。


「あ、うん。大丈夫だよー」

 無事に一ノ瀬と合流したら劇場へ向かう。

 受付でチケットを渡して部屋に入るとすでに暗くなっていた。


「あー、ごめん。もうトレーラー始まっちゃってたか」

 そういって一ノ瀬に左手を差し出した。

 一ノ瀬は暗いところが苦手だ。

 よく一緒に行っていた頃は暗黙の了解で手を貸していた。


「へっ?」

 しかし、一ノ瀬は意図がわからなくて戸惑っていたようだ。

 面倒なので手を取った。

 どうせ座席までなので手を引いて歩く。


「段差あるから気を付けてね」

 声をかけながら、ゆっくりと進む。

 ふたり席が空いている場所を歩きながら見つけつつ、そちらに向かって進んだ。

 無事に座席に着いたら俺の左手の役目は終了である。

 手を放して二人の席の間にレモンティーを置いた。


「これ、喉乾いたら飲んでいいからね」

「あー、うん。ありがと……」

 少し戸惑いながらもそう答えると一ノ瀬はスクリーンの方を向く。


 この先は一切、話しかけてはいけないし、一ノ瀬の方を見てもいけない。

 映画が終わってクレジットが流れ終わるまでは赤の他人だ。


 他人からすれば寂しい付き合い方かもしれない。 

 けど俺も、すでに映画が好きなのだ。

 だから、十分に楽しんだ。


 一ノ瀬の方は見れなかったけど、スクリーンをみていても楽しい。

 たとえ、見たことがある映画でも俺は楽しめる。

 テレビで見る映像と、映画館で見る映像は違うものだ。


 一ノ瀬は言っていた。


 ――私は映画じゃなくて、映画館が好きなんだ。


 画面の迫力が違う、音響が違う。

 それだけじゃない。


 映画館には空気がある。

 独特の匂い、背もたれの感触、スクリーンまでの距離。

 視線の端に映る知らない人の頭もエッセンスの一つだ。


 俺は映画館で寝ている人を否定しない。

 それだって立派な楽しみ方だと思う――。


 かくて、映画は無事に終わり、クレジットが流れて劇場が明るくなった。

 案の上、レモンティーは全く減っていない。

 まあ、最初だし遠慮するよね。


「少し飲まない? 氷溶けて薄くなっちゃってるけど」

「ありがとー!」

 一ノ瀬は予想外にカップを受け取るとゴクゴクと飲んだ。

 さては夢中になっていたな。


「面白かったね!」

 目を輝かせて言う、一ノ瀬。

 ああ、良かった。


 過去の俺は失敗した。

 チラリと一ノ瀬の横顔を見てしまう。

 手を握ろうとするなんて以ての外だ。

 一ノ瀬は映画に集中出来なかったみたいで、少し疲れた表情を見せた。

 それでも、俺に気を使って笑ってくれていた。

 そんなことも、当時の俺は解らなかった。

 殴ってやりたい、とすら思う。


 ――私ね、映画館が好きだけど人と一緒だと気を使って楽しめないんだ。


 寂しそうにそう言っていた一ノ瀬を思い出す。

 良かった……本当に。


「ああ、俺も面白かったよ」


「えへへ、何だか不思議。

 高木くんとだと、ひとりで来た時とそんなに変わらないかも」

 その言葉は、泣きそうになるぐらい嬉しかった。


 一ノ瀬のように静寂を好む人もいれば、ポップコーンをかじるのが好きな人もいだろう。

 暗闇が嫌いな人や、椅子に座り続けることを怖いと思う人も居る。

 映画館デートは定番だけど、意外と奥が深い。


 何が好きで、何をしたら喜ぶのか。

 相手のことを知らなければ、楽しませることなんて出来ない。

 でもこれは映画館に限った話ではないのかもしれないな。

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