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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第3章:最大の過ちを繰り返す
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第34話:もうとっくに手遅れだったことに気がついた

「では、定例会を始める」


 神木先輩の声で始まるいつもの会議。

 いつものと言えばそうなのだが、議題が同じことは無い。

 社会人になってからの定例会は大抵、進捗の報告や予定の確認である。

 お決まりの内容で特に聞いておかなくても良いようなものばかりだ。

 自分には関係のない話も多い。


 だが、高校生の年間行事にお決まりといえるような事柄はほとんどない。

 年度が替わればメンバーは入れ替わる。

 目まぐるしく変化する日々に適応するのにも若さが必要だ。


 この日の主な議題は2学期の球技大会だった。

 また、あの激務が始まる。

 今回は3年生メンバーのサポートは無い。

 ただ、一ノ瀬と吉村(よしむら)先輩が加入しているので人数的には増えている。


「2回目なのでポジションは固定するぞ。

 対戦表は今回も(りゅう)に頼む。

 メインテントのチーフは私、サブテントは嘉奈(かな)で良いな」


「えー! また私?」

 本人は嫌がっているけど、割と適任だと思う。

 嘉奈先輩は非常時に動じない強さがある。


「嘉奈、諦めなさい」

 沙希(さき)先輩が諭すように言った。

 このふたりは本当に良いコンビだ。


「メインテントは拓斗(たくと)大場(おおば)

 サブテントには沙希が入ってくれ。

 本部は奈津季(なつき)と吉村で頼む。

 梨香(りか)は来年のこともあるからローテーションだ」


「はい、わかりました!」

 一ノ瀬が珍しく真面目な顔で返事した。

 初めての行事だし、流石に緊張しているのかな。


「あれ……先輩、俺は?」

 何故か俺だけ名前が呼ばれなかった。


「高木は遊撃とする、当日はテントに関わらず走ってくれ。

 あと、梨香のバックアップも頼む」


「……了解です」

 新しいポジションが誕生していた。

 要するに手薄なところを片っ端から手伝えということか。

 一体どれだけ走ることになるのやら。 



 ――球技大会初日。


 まずはサブテントに配置された一ノ瀬のバックアップに入る。

 アイツは右も左もわからないはずだ。


「おはよー、高木くん……」

 一ノ瀬はやたらと眠そうだった。

 ああ、そういえばコイツ、朝弱かったっけ。

 球技大会当日は朝が早いからなあ。


「大丈夫か?」

「眠い……。けど大丈夫だよー」


 眠そうな一ノ瀬も可愛い。

 けど、今日は激務なんだよな。


 まずは一ノ瀬と一緒にハンドボールコートへ走る。

 審判とクラスを確認して初戦の試合を開始させた。


「なるほど、終わるぐらいにまた来ればいいんだね?」


 一ノ瀬は飲み込みが異常に早い。

 頭で理解する、というよりは感性で直接真理を掴むような感じだ。

 ……俺の器用貧乏とは多分、対極にあるような才能である。


 続いて、トランシーバーの使い方を教える。

 前回の球技大会で容子(ようこ)先輩に教わったのと同じことを説明した。


「おおおー! なんか本格的だね!」

 文化祭では使わなかったからか、興味津々である。

 目を輝かせている一ノ瀬も可愛い。


「やってみていい!?」

 物凄く楽しそうな一ノ瀬にトランシーバーを渡す。


「こちらサブテントです、ハンド、第1試合開始しました。以上でーす!」

「こちら本部、了解です」

 一ノ瀬の元気な声に対して、もの静かな声が返ってきた。

 サブテントは奈津季さんが担当か。


「やっほー、なっちゃん! 元気ー?」


 ……さすがだ、一ノ瀬。

 掟破りは彼女の特徴でもある。

 大抵の常識は通用しない。


「……梨香ちゃん、トランシーバーでの私語は厳禁だよ」

 本部である生徒会室にいる奈津季さんの心労が察せられた。


「あははー、ごめん、了解しました!」

 と、通信で返す一ノ瀬。

 頭を抱えている奈津季さんの姿が目に浮かぶ。


「じゃあ、俺はバレーの方行くから。

 しばらくはハンドコートの方、よろしくね」


「了解です!」

 何故か敬礼で返す一ノ瀬。

 コイツは本当にリアクションが派手だなあ。



 ……その後、球技大会は順調に進行した。

 やっぱり、遊撃というポジションは酷い、ブラックだ。

 なんていうか、ひたすら走りっぱなしだった。

 基本はサブテントだけど、神木先輩が競技に出る時はメインテント。

 人が欠けた場所に走っていく感じだ。


 昼休みはこの日も学食にした。

 大場、中森と一緒に頂く。

 男同士での昼食も悪くない。


 本部では一ノ瀬と奈津季さんが楽しそうにご飯を食べていて羨ましかった。

 一ノ瀬は大場とスイッチして午後はメインテントになるらしい。


 午後の部にバッティングが発生するハプニングもあったが概ね順調である。

 ヘトヘトになりながらも1日目は無事に終えることが出来た。


「お疲れ様ー!」

 声をかけてくれたのは一ノ瀬だ。


「おー、ありがとう」

 なんだかんだと序盤に話した後はすれ違うぐらいしか無かった。

 ……結局、一ノ瀬も良く走るし、判断力が高いからフォローする必要がない。

 俺は一ノ瀬がいない側のテントにいる、というのが1番効率的だった。


「高木くん、すごいねえ、ずっと走ってなかった?」

「あー、うん、まあ。運動部だからね。一ノ瀬だって良く走ってたじゃないか」

 一ノ瀬は少し息を切らせていた。


「えへへ、頑張った」

 くっ、可愛いな。

 思わず頭を撫でてしまった。


 ――球技大会2日目。


 生徒会室の平澤(ひらさわ)先輩は相変わらず生気が無かった。

 例のごとく大場とふたりで対戦表の印刷に行く。

 出来れば一ノ瀬と一緒に行きたかった、というのは内緒だ。


「高木君は今日、サブテント?」

「ああ、一ノ瀬はオペレーターみたいだからね」


「でも吉村先輩がサブテントに入るみたいだよ?」

「そうなんだ、確かに本部にオペレータ3人は要らないもんな」


 人数は同じでもメインテントのチーフは神木先輩である。

 指示のスピードが違うからやはりサブテントの応援に行った方が良いだろう。

 今日も一ノ瀬とはあんまり話せそうにないなあ。

 でも、仕方ない。

 それに同じ学校で毎日会えるだけでも、俺には十分すぎる。


 サブテントでは嘉奈先輩と吉村先輩が良い感じだった。

 ……中森からすると複雑な気分かもしれない。

 生徒会執行部メンバーも、色々とあったものだ。


 結局、この日も午前中はひたすら走っていた。

 奈津季さんとそこそこ話せたのが救いである。

 ……通信の連絡だけだけど。


 昼休みはメインテントで神木先輩と食べることになった。

 一ノ瀬は午後もオペレーターらしい。

 まあ、昨日だけで両方のテントを経験してるしな。

 後半はサブテントも撤収するし神木先輩らしい良い判断だと思う。

 一ノ瀬は理解力が高いから半日でも十分な経験値だ。


「サブテントが撤収したら、少し梨香と話したらどうだ?」

 神木先輩は突然、そんな不思議な提案をした。


「へっ? 何でですか?」

「お前、梨香のこと避けてるだろ」

 ……全く心当たりがない。

 避けるどころか今も話したくて仕方がないというのに。


「そんなわけないじゃないですか!」

 ふたりきりで駅まで歩くこともあるし、全く違和感なく付き合えていると思う。

 もちろん、友人としてだ。


「……気づいていないのか」

「一ノ瀬のことは避けるどころか追いかけたいぐらいです!」

 犯罪行為っぽい答えだけど、胸を張って言った。


「その割には文化祭、一緒じゃ無かったよな?」

「それは……たまたま予定が合わなくて……。

 打ち上げの後は一緒に帰りましたよ?」

 神木先輩は俺の返答を聞いて腕組みをし、何か考え込んでいるようだった。


「まあいい、これは命令だ。

 サブテントの撤収入ったら15分は梨香と話せ」


「え、いや、まあ……構いませんけど」

 神木先輩は半端な回答をする俺の額を人差し指で突く。

 なんかドキドキするので止めてくれませんか?


「いいか、これは魔法だ。素直になれよ」

 意味が解らない。

 それでも、俺はこの人が好きだ。

 当たり前のように指示に従いますよ――。



 それから俺はまた走った。

 サッカーの対戦相手が来ないと聞き本部で放送を流す。

 バレーの審判が居ないと聞いてバレー部員を探した。

 ハンドコートの白線が消えているのを見かけて引き直す。


 サブテント撤収まであと少し。

 なんだろう、この感情。

 あと少し、頑張れば……一ノ瀬と話せる。

 それがモチベーションになる。

 楽しみで仕方がない。


 ああ、そうか。

 これは確かに魔法だ。

 神木先輩の指示である以上、俺はそれに従わないといけない。

 だから、それが一ノ瀬と()()()()()理由になる。

 いつだって話したくて、いつでも話せるのに。

 俺は理由がない限り、一ノ瀬と話さない。

 確かに……避けているようにも見えるか。


「サブテント、撤収かけて!」

 サッカーの試合結果を伝えようとメインテントに走ったら、神木先輩がそう言っていた。


「サッカー、23試合、2年9組、勝利です」

「了解、ちょっと待ってな」

 神木先輩は俺の報告を本部に連絡した。


「じゃあさ、行って来い」

 優しく微笑む神木先輩。


「でも……」

 簡単に甘えるのは難しい。

 他の生徒会執行部員はまだ必死で走っているのだ。

 そんな中、自分だけ休むなんて、悪い気がする。


「私が行けと言っているんだぞ?」

 そう言って、俺の肩を叩く神木先輩。

 本当に、優しい人だ。


 そして、俺は生徒会室へ向かって走った。

 胸の奥が高鳴っている。

 何を今さら、一ノ瀬とはもう十分に話したじゃないか。


「高木くん?」

 生徒会室に入ると一ノ瀬の声が最初に耳に入ってきた。


「お疲れ様ー」

 奈津季さんがそう言って手を振ってくれている。


「サブテント、撤収だってさ」

「その連絡は受けてるよー」

 奈津季さんは冷静にそう言った。


 平澤先輩はいつも通り崩れて落ちている。

 ……お疲れ様です。


「じゃあ、私はメインテントかな?」

 一ノ瀬は本当に判断力が高い。

 指示など受けなくても自ら考えて行動する。

 実は俺なんかより、よっぽど生徒会長に向いているんだよな。


「あー、いや、ごめん。

 15分でいいから俺と話してくれない?」

 これは命令だ、だから遂行しないといけない。


「ん? 別にいいよ、どうかしたの?」

「いやね、神木先輩に少し一ノ瀬と話せって言われてさ。

 俺が一ノ瀬を避けていると思っているみたいで……」

 

 実態はただ俺が一ノ瀬と話したいだけだ。

 話せて嬉しいのに、背徳感がある。


「高木君」

 予想外のところから声がかかった。

 毅然とした声で言ったのは奈津季さんだ。


「梨香ちゃんと話すのに、なんで私の隣にいるの?」


 ああ、そうか。

 俺は……一ノ瀬に近づくことを恐れていたのだ。

 最初はただ、傷つけたくない一心だった。

 もうとっくに手遅れなのに。

 いい加減、認めるべきだ。

 俺は一ノ瀬が好きだ。

 今更、下手に避けるようなことをしても意味はない。


 パイプ椅子を持って一ノ瀬の隣に行く。


 ――隣、いいかな?


 そんな言葉、きっと昔は言っていたな。

 でも今は言う必要がない、それが解る。

 黙って腰を下ろして、一ノ瀬の瞳を覗き込む。


「俺は一ノ瀬の事、避けてないから」

 出来るだけ、優しい声色になるように言葉を紡ぐ。

「うん、大丈夫。私は気にしてないよ」

 一ノ瀬は当たり前のように見つめ返してくる。


「嫌われてないことは解っているよ。

 だって、高木くん。いつも優しい目をしてるし」


 それを「好かれている」と捉えられない一ノ瀬。

 この頃は彼女も、どこか自信がなさそうだったことを思い出す。 


「今日はお疲れ様。よく頑張った」

 好きだと言う気持ちは伝えない。

 ただ、大事にしよう。


「えへへ、ありがと。でもそれは高木くんも、でしょ?」

「いや、俺は別に……」

 今、まさにサボっている状態なのでその言葉は受け止めきれなかった。


「高木くんはさ、どこか自分が頑張るのは当たり前みたいに思っているよね」

 それは……そうかもしれない。


 いつからだろう、自分を認めてもらいたいと思う気持ちが無くなったのは。

 誰かに見て欲しいなんて思わない。

 ただ、努力する自分がそこにあればいい。

 期待すると裏切られるから、見返りは最初から求めない。

 辛いことは笑って受け流す。

 最近は怒ることも滅多になくなった。


「今日はお疲れ様! よく頑張ったね」

 いつもより少しだけゆっくりとした、優しい声。

 そして、一ノ瀬はポンポンと俺の頭を優しく撫でた。


「ふふふ、今日は私が褒めてあげる」

 そう言って、いつものように無邪気に笑う。


 一ノ瀬はいつも、俺のして欲しかったことをしてくれる。

 まるで、心の奥を見透かされているようだ。


「ありがとう、一ノ瀬。すごく嬉しいよ」

「高木くんのことは私が見ているから、安心してね」


 俺が一ノ瀬の事を見る代わりに、一ノ瀬が俺の事を見てくれるなら。

 この先に、何も怖いことなど無いのに。



「ごちそうさま」

 奈津季さんがジト目でこっちを見ていた。

 そう言えばこの場には放送部員もいる。


「ああああ! そろそろ15分経ったかな?」

 思わず席を立つ。


「ふふっ、メインテント、私が行こうか?」

 笑いながらそう言う奈津季さん。


「いや、いいよ! 俺が行く」

 そう言って生徒会室を飛び出した。


 ありがとう、奈津季さん。

 あのままだと俺、多分思いっきり告白してたよ。


 でも、久しぶりだったな、あの感覚。

 思わず一ノ瀬に甘えてしまいそうだった。

 一ノ瀬は人を支えるのが本当に上手い。


 だから、彼女と一緒に居られる人は幸せだ。

 俺はひとりでも大丈夫だから、彼女が俺以外の人を救うのは合理的だと思う。


 俺は自分の持ち物でも、誰かがもっと欲しがっているのなら。

 惜しくても渡してあげてしまう人間だ。

 引き換えに、その人が喜んでくれるのならそれでいい。


 でも……、たったひとつ。

 他のものは全て持って行っていいから。

 一ノ瀬だけは、俺の傍に残っていて欲しかった。


 ――よく頑張ったね。


 一ノ瀬の声と笑顔が渇いた心の奥に染み渡る。

 胸の奥が暖かくて、涙が溢れた。

 大人になっても、誰かに褒めてもらえるのは嬉しいものだ。

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