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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第3章:最大の過ちを繰り返す
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第33話:普段活躍しないヤツが使えないとは限らない

 生徒総会に向けた準備は順調だった。

 会計ふたりもほっと一息をつけたようだ。


神木(かみき)先輩、ちょっとお願いがあるのですが」

「ん? どうした高木」

 申請書に会長印を押している神木先輩に声をかけた。

 量はあるが、文化祭の時ほど大変そうではない。

 

「生徒総会に限った話ではないですけど……。

 先輩の挨拶とかの原稿って資料に残せませんか?」

「あー、悪いな、私は原稿とか作らないんだ」

 おお……、さすが天才肌。


「でも、練習とかはしてますよね?」

「まあな、でも大抵は風呂とか入りながらだぞ」

 一瞬、神木先輩の入浴シーンが頭に浮かんで思考回路が停止した。

 これは考えちゃいけないヤツだ。


「なるほど、それは一回見てみたいです」

「……嫌だ」

 即答された。でも先輩から拒否されるのは珍しい。


「お風呂の話じゃないですよ?」

「それはわかっているよ」

 ビシリと額を突かれた。


「お前、スピーチの練習を人に見せたいか?」

 まあ、言われてみれば……。

 特に後輩には見せたくないよな。


「わかりました。じゃあ、せめて本番の内容を記録に残させてください」

「まあ、それなら構わんが……。何に使うんだ?」

「来期以降の会長が困らないようにしたいんです」

 これは実際に俺が過去にやった仕事だ。


 生徒会長は行事の度に何かしら挨拶をする。

 だが、その内容はあまり記録として残っていない。

 多くの人が頭を捻っているのだろう。

 そこで、過去の例があれば拠り所にになると思う。

 まんま引用して画一的になってしまったら問題だと思うけど……。

 そんな人は生徒会長にはならない。


 今の世の中ならネットで検索すれば一発だけどな。

 「会長」「文化祭」「挨拶」とか。

 本当に便利な世の中になったものだ。



 ――生徒総会当日。

 神木先輩は体育館中央の壇上に居た。

 その両脇に副会長である中森と吉村(よしむら)先輩が着席している。

 書記二人は舞台左側で、会計および会計監査は舞台右側で待機だ。

 今回は資料が多いので舞台上には長机も用意されている。


 この中で1番緊張しているのは会計のふたりだった。

 沙希(さき)先輩と大場のふたりは立ったまま資料にもう一度目を通している。

 会計監査の俺と一ノ瀬は席に座って電卓と、カタログなどの資料を準備。

 流石に一ノ瀬もこの時はソロバンだけでなく電卓も手にしている。


 そして俺の席の前には電卓以外にワープロも設置してあった。

 ご丁寧にテーブルタップで電源を延長している。


「生徒会の皆さん、おはようございます」

 神木先輩の挨拶が始まると、少しざわついていた体育館は静かになった。


「では、まず最初に本年度の生徒会執行部員とその活動内容を紹介します」

 パイプ椅子に座った全校生徒に向かって淀みなく話し続ける。


 俺は先輩の発言を漏らさないようワープロに入力した。

 なお、議事録は書記がちゃんと取っているのでミスしても大丈夫だ。

 会計監査の仕事は一ノ瀬1人でも十分だしな。


「続いて、質疑応答に入ります。

 先ほどの活動内容に意見や質問等があれば挙手して下さい」

 神木先輩の声は低いけどよく通り、聞き取りやすい。

 話すスピードも適当で心地が良い。


 質疑応答は誰も挙手しなかった場合は教員から質問が上がることになっていた。

 普通の人は全校生徒が集まる中、挙手なんてしない。

 どの質問にも揺ぎ無く答える神木先輩の姿は生徒からも信頼を集めただろう。


「そろそろ退屈になってきたみたいですが!」

 神木先輩は雰囲気を変えるように少し大きな声を出した。


「次は生徒会費の使い道について説明します。

 皆さんから集めたお金だから、ちゃんと最後まで聞いて下さいね」


 確かに参加する生徒の多くは退屈そうだった。

 眠り始める生徒もちらほら。

 けど進学校だけあって、大声で雑談を始めるような生徒はいなかった。

 この辺りの空気を読む辺りが神木先輩の凄いところである。

 ……それでも帰宅部とかの連中は面白くないだろうけど。

 早く帰りたいよね、わかるわかる。


「それでは、ここから先は会計に任せます」


 話を振られて沙希(さき)先輩と大場が立ち上がった。

 ふたりともかなり緊張した面持ちをしている。


「大場、沙希先輩、大丈夫ですよ。いつも通り」

 声をかけたけど……届いたかな?


「では、生徒会費の予算振分について説明します」

 緊張しているようだったけど、沙希先輩の声は震えていなかった。


「すでに配布してある資料を確認してください。

 各部の部費、委員会、行事については……」

 沙希先輩は冷静な声で淡々と説明した。

 透き通るような声が静寂な体育館に染みわたっていく。

 温かさのある神木先輩とはまた少し違う印象だ。


「以上です。ご質問はありますか」

 説明が終われば、神木先輩が締めて終わり。

 そのはずだった……。


「すいません!」

 一人の男子生徒がこの雰囲気の中、手を挙げた。

 運動部の部長さん、だったかな。


「どうぞ」


「各部の予算振分についてはわかりました。明細にもまとめられていますし。

 ただ、生徒会執行部や文化祭、体育祭については明細はないのでしょうか?」


 部活動の予算折衝会で散々叩かれたから、意趣返しというところか。


「えっと、それは……」

 沙希先輩は予定されていた通りに進めるのは上手い。

 だが、突発的な事態には少し弱いところがある。

 だけど、安心してほしい。

 うちの会計はもうひとりいる。


「執行部の予算は生徒会費の余りを割り当てています。

 ファイルやノート、養生テープやマジックペンなどが主な用途です。

 皆さんも生徒会室に取りに来た経験があるかと思います。

 足りなくなった物を補充している状況ですので明細は年度末まで出せません。

 文化祭、体育祭についてはその年によって活動が異なります。

 なので、明細は執行部が発足してからの作成となります。

 また、繰越金は部と違いに執行部には残らず、翌年の生徒会費に計上されます。

 都合、多めに予算を計上していますが、皆さんの不利益にはなりません」


 と、見事に説明したのは大場だ。

 ふっふっふ、アイツは目立たないけどやる時はやる男なのだよ。


「……ありがとうございました」

 それ以上の反論も質問もなく、静かに質問者は腰を下ろした。


「他にありますでしょうか」

 沙希先輩のその問いに、挙手をする生徒はもういなかった。


「では、以上で会計報告とさせて頂きます。承認頂ける方は拍手をお願いします」


 ――パチパチパチパチ。


 こうして、生徒会執行部、会計の一番の大仕事は無事に終わった。


「最後に先生方、何かありますか?」

 神木先輩が生徒総会のマトメに入る。


「あ、じゃあ校長」

 そういって校長先生が舞台下に立つ。

 あくまで主役は生徒、先生が壇上に立つことは無い。


「校長先生、みんな疲れているから早めにして下さいね」

 と、神木先輩。

 これには生徒一同からも笑いがこぼれた。


「あー、生徒会長に釘を刺されてしまったので、短めに話します。

 学校生活の主役は皆さん一人一人です。

 そのことを自覚し、主体性を持って活動して下さい。

 皆さんがここにいる全員と協力し、より良い学校生活を送ることを期待します」


 おお、さすが校長だ。

 当時の俺はあんまり職員の台詞なんて聞いていなかった。

 やはり大人になるというのは難しいものだ。


「では、これにて第34期、生徒総会を終わります。

 皆さん、ありがとうございました」


 神木先輩の言葉で解散となった。



 ――生徒会室にて。

「やー、大場! 今日は良くやったな!」

 大場は神木先輩に頭を撫でられていた。


「大場くん、すごい! 格好良かったよ」

 こちらは一ノ瀬だ。

 奈津季(なつき)さんや沙希先輩、嘉奈(かな)先輩からも絶賛されていた。


 ……なんだか面白くない。

 と、いうのは冗談だ。

 やはり、ここぞという状況で見事に立ち振る舞うのは格好良いよな。


「高木くんは役立たずだったねー」

 とニヤニヤしながら声をかけてくる一ノ瀬。

 悪い顔をしていても可愛い。


「それはほら、副会長にも言えることだから」

「あうっ!」

 あ、しまった。副会長はふたりいたのだ。


「違います、吉村(よしむら)先輩、あなたは役立たずじゃない」

「いいんだ、高木。……どうせ俺なんか」

 文化祭執行部長も務めあげた吉村先輩にからかわれてしまった。


「嘉奈ー、後輩がいじめるよ……」

「あー、はいはい」

 んー、なんだかどっかで見たことがある光景だぞ。


「奈津季さん、先輩がいじってくるよ……」

「あー、はいはい!」

 あ、これだ。


「まあ、何はともあれ、みんなお疲れ様!」

 最後は神木先輩が締める。


「じゃあ、打ち上げいくかー!」

「おおー!」


 大きなイベントの後は大抵、打ち上げがある。

 体育祭や文化祭レベルになると打ち上げ自体は後日、となることが多い。

 今回は特に遅い時間にもなっていないので放課後、直接打ち上げとなった。


 高校生の打ち上げなのでお酒はご法度である。

 ……ここだけの話、クラスの打ち上げなんかでは飲んでいるヤツもいるけどな。

 で、何をしているかというと。

 ファミレスかファーストフード店でおしゃべりするぐらいだ。

 お金もそんなにないので大それたことはしない。


 それでも、不思議と楽しいものだった。

 生徒会執行部のメンバーとは気を使う必要がほとんどない。

 やはり、居心地が良かった。

 今まで属した組織の中で、ここまで気楽に過ごせたのはここだけだったと思う。

 特に、神木先輩が居た頃が一番だった。


「高木くん、飲んでる?」

 一ノ瀬は何故か、誤解されそうな表現をしたがる。

 コイツも酒強いんだよなあ。

 まあ、それは未来のお話だ。


「飲んでるよー、ウーロン茶」

「ねえ、ミックスジュース欲しくない?」

 何故か酷い予感がする。


「いや、遠慮します……」

「いいじゃん! 私が作ってあげるよ」

 完全に絡まれた。

 でも、隣に座ってくれるのは嬉しいから許そう。


「じゃあ、お願いします」

「やったー! ちょっと待っててね」

 一ノ瀬は嬉しそうにクソ不味いドリンクを作りに行った。

 アイスコーヒーを混ぜなければなんでも許してやるよ。


 ――その後。

 料理を食べ終わると大抵は手持ち無沙汰になるから2次会の話が出る。


「カラオケ行きたい!」

 言い出すのは大抵、一ノ瀬だ。

 結構な人数でぞろぞろと大部屋に入る。

 こうなると1曲でも歌えば十分だ。


 テーブルの上に置かれた電話帳……この表現も古いか。

 ともかく分厚い本が懐かしい。

 今はタッチパネルだもんなー。


 新譜は薄い別冊になっている。

 一ノ瀬は音楽が好きなので、1番乗りで新譜を歌うことが多い。

 ……当時の俺はマイクを渡されると緊張でプルプル震えていた。

 フォークダンスと同じぐらい、歌も苦手だったんだ。


 ああ、嬉しいな。

 久しぶりに一ノ瀬が歌っている姿が見れた。

 アイツの声が本当に好きだった。

 楽しそうな表情も魅力的だ。

 モニタに映る歌詞を見ることが多いだろうけど、俺はずっと一ノ瀬を見てた。

 ……ここは当時も、今も、変わらないな。


 ちなみに神木先輩は歌も上手い。

 話す時の声はそんなに高くないのに、歌う時は高音もしっかり出る。

 なんてずるい人だ。


「ほい、高木の番」

 中森からマイクを受け取った。

 すでに選曲は済ませてある。

 最新曲だ。

 ……俺に言わせればただの懐メロである。

 何だか、久しぶりにやり直しのアドバンテージにあやかった気がする。

 とはいえ、俺は歌が上手くないので無難にやり過ごすだけだ。


「へえ、高木君、新譜ちゃんと歌えるんだ」

 嘉奈先輩にちょっとだけ褒められてほっとした。


 一ノ瀬を見ると楽しそうに次の曲を選んでいる。

 ですよねー……。


 ん……?

 そういえばアイツ、時間大丈夫か?

 時計を見ると19時を回った辺りだ。

 確か、門限が21時だったはず。

 次の1曲を歌ったら連れ出した方が良さそうだな。


 気持ちよく歌っている姿を見たいから、歌い終わるまでは黙って見てた。

 やっぱり、一ノ瀬の声は好きだ。


「一ノ瀬、時間大丈夫?」

「へっ?」

 慌てて時計を見る。


「あああ! もうこんな時間なの?」

 時間が経つのを忘れる、よくあることだよな。


 門限21時というのは少し厳しい気もするが、今は理解出来る。

 一ノ瀬の場合、連絡をすれば多少遅くなっても大丈夫という取り決めだった。

 だが、今は簡単に連絡できる手段がない。

 公衆電話は多かったが、それでもいつでも手軽にというわけにはいかないのだ。


「ありがとう、高木くん。私、先に帰るね」

「あのさ、良かったら一緒に駅まで行かない? もう外は暗いしさ」

「えー、いいよ、悪いよ!」

 当然のように遠慮する一ノ瀬。

 ここは不本意だが、少し踏み込まないといけないか。


「嫌なら仕方ないけど、俺は一ノ瀬と一緒に帰りたいな」

「うーん、それならいいけど……」

 コイツ、少しも照れないのな。

 少し悲しい。

 でもまあ、これ以上拒否されたら俺も引き下がるしかなかった。

 結果としては良かったかな。


 神木先輩に断りを入れてカラオケ店を出た。


「寒いねー!」

 気が付けばもう10月も後半だ。

 秋から冬はあっという間である。

 昼間はともかく、夜は少し肌寒い。


「今日は上着持ってないから、貸してやれないなあ」

「ああ、大丈夫だよ、そこまでじゃないから」

 一ノ瀬は少し寒がりだから心配だった。


 いつもより、少し短い帰り道をふたりで歩く。


「今日の大場くん、格好良かったよね!」

「ああ、そうだな! 俺は最初から知ってたけど」

「なにそれー!」

 他愛のない言葉を交わしながら、笑い合う。

 俺の大好きな、ありふれた時間。


「……ねえ、高木くん。

 さっき私のこと、見てたでしょ?」

 一ノ瀬は中腰になって覗き込むようにこちらを見てくる。

「なっ!?」

 俺は一瞬で動揺し目を反らす。

 我ながら、情けない。


「いいよー、私も見てたし。

 高木くん、変な顔して歌ってた」

 俺は歌っている最中はモニタしか見ていなかったから知る由もない。

「う、うるさいな、顔は元々だから仕方ないだろ」

 見られていた……嬉しいというより恥ずかしい。

 多分、耳まで真っ赤になっていただろう。


「ふふふ、高木くんは素直だなあ」

 何故かいつも一ノ瀬には敵わない。


 案外、ありふれた時間なんて無いのかもしれない。

 一ノ瀬と居る時は、いつも。

 特別な時間だ。

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