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たとえ人生をやり直せるとしても俺は同じ過ちを繰り返す  作者: 大神 新
第3章:最大の過ちを繰り返す
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第27話:ありふれた時間が何よりも愛しい

 一ノ瀬が生徒会に加入した後、彼女も頻繁に生徒会室へ来るようになった。

 大抵の場合は奈津季(なつき)さんと一緒にいるが、彼女は多くの人と良く話す。

 中森や大場も会話の回数が倍以上になったのではないだろうか。


 生徒会室には以前よりも笑い声が増えたと思う。

 彼女は俺たちの代のムードメーカーだったのだから、驚くことではない。

 俺にしてみればこちらの方が本来の姿だ。


 そのせいで……俺が生徒会室に行く頻度も増えてしまった。

 部活に行く前にちょっとだけでも顔を出す。

 一ノ瀬の顔が見れれば、それだけで嬉しかった。


 奈津季さんや中森と話しながらニコニコ笑っている彼女を遠くから眺める。

 目が合っても大丈夫、慌てることはない。

 何故なら彼女はその時、笑うから。

 軽く手を振ってあげると、手を振り返すかこっちに来てくれる。

 そして、下らない、他愛のない会話をする。

 そんな時はちょっと部活をサボりたくもなった。


 俺には、これでも十分過ぎるほど嬉しい事だ。

 何せ15年……、やり直しの時間も入れて17年か。

 俺はずっと一ノ瀬に逢いたかった。


 顔も声も思い出せなくなるぐらいの時間が過ぎた。

 もはや、夢の中ですら逢えない。

 それでも俺は彼女に逢いたいと願い続けてきた。

 自分でもどうかしていると思う。



 ――チリンチリン。

 この日も、生徒会室の扉を開けた。


「おはようございます」

 生徒会室にはいつものメンバーが揃っていた。


嘉奈(かな)先輩、今日も可愛いですね」

「ありがとうー」

 漫画本を読みながら適当に相槌を打たれる。


沙希(さき)先輩、今日も美しいです」

「ありがとう、高木」

 今日は仕事中のようだ、電卓を打ちながらのお返事だった。


「それよりもさ、後でちょっと手伝って欲しいんだけど」

 こんな申し出は珍しい。

「もちろん、構いませんよ。

 部活終わった後でいいですか?」

 沙希先輩が困っているなのなら部活も休もうと思っていた。


「うん、終わった後でいいよ」

「わかりました」

 先輩に頼られるのは正直言って嬉しい。


神木(かみき)先輩、今日も凛々しいですね!」

「今日も元気だな、高木」

 神木先輩は通常運転。

 会長席で何かの書類に目を通していた。


「奈津希さんは今日も綺麗だね」

「あー、うん、おはよ」

 相変わらずのスルー、ちょっと寂しい。


 ここまでは、いつものやり取りだ。


 ……一ノ瀬がキラキラとした目でこっちを見ている。

 私には何を言うのか、と期待されているようだ。

 おい、待て、そっちは考えてなかったぞ。


「あー、えっと……」

 可愛いも美しいも綺麗も凛々しいも使ってしまった。

 他に何かあるか?


「一ノ瀬さん、その……」

 あー、駄目だ、コイツの目。

 あれから1週間ぐらい経ったのに、未だに目が合うと泣きそうになる。

 何にも考えられない。

 多分、こんな感情、誰にも理解してもらえないだろう。


「……今日も大好きです」

 間違ったのは言った瞬間に解った。


 ――ぶっ!


 その場のにいた全員が噴出する。


「あはははは!」

 一番笑っていたのは神木先輩だ。

 あの人があそこまで表情を崩すのは滅多にない。


「高木―、いきなり告白してどうすんだ?」

 と、これは中森。


「下手くそすぎるぞ、高木」

 笑いをこらえながら突っ込んだのは沙希先輩だ。


 ちなみに嘉奈先輩は机に突っ伏してピクピクしている。

 笑い死にしたらごめんなさい。


「おはよう、高木くん」

 一ノ瀬は割と平静だった。

 俺の顔は耳まで真っ赤になっているだろう。


「ごめん、ちょっと失敗した……」

 一ノ瀬は相変わらず、ニコニコしている。

 不甲斐ない俺のせいで笑いの対象にされてしまったというのに……。


「いいよー、面白かったし!」

 そういって、ニッコリと笑う。


 ああ、くそ! 相変わらず可愛いじゃないか。

 中身はアラフォーなのに高校1年生にタジタジになるとはなんたることか。


「ぶ、部活に行ってきます!」

 誤魔化すようにそう言って生徒会室を後にした。


 ……なんだか、一ノ瀬と再会してから退行してないか、俺。

 いや、そうじゃないか。単純な話だ。

 俺はアイツの前ではいつもダメダメだ、ということなのだろう。



 ――夕暮れ時。

 ボールが見えなくなってきたので練習が終了となった。

 この時期はだんだんと日が短くなっていく。

 練習時間が短くなるのはいただけない。


 部活帰りに生徒会室に立ち寄ると、一ノ瀬はまだ中で作業をしていた。

 文化祭執行部の仕事が残っていたようだ。


 本当は一ノ瀬を手伝いたかったのだけど、沙希先輩との先約がある。

 お互いに別々の作業をした。


「悪いな、高木。

 ワープロ使う作業は今のところお前が一番だからさ」

 沙希先輩はそう言って労ってくれた。

 やっぱりこの人もなんだかんだと優しい。


 一ノ瀬の方を見る。

 まだ何か仕事がありそうだ。

 せっかくなので手伝うことにした。


 ……練習が短くなった分、こういう時間が増えるなんて考えたくはない。

 それではまるで部活なんてやめた方が良いみたいじゃないか。

 けれど、やはり嬉しかった――。


「ありがとう、高木くん」

 一ノ瀬にお礼を言われると酷く動揺する。

 無邪気に笑う、その顔を見ると胸の奥が熱くなる。

 これではいつまで自分が正気で居られるのかわからない。


「どうかしたの?」

 相変わらず、こっちの気持ちなど知らずに瞳の奥を覗き込んでくる。


「いや、一ノ瀬さんと話せて嬉しいなって思っただけだよ」

「あははー、相変わらずだねえ」

 お前も少しぐらい動揺してくれたらいいのに。


「ところでさ……、私のことは梨香でいいよ?」

「ああ、うん、それは断る」

 即答した。


「えー? なんでよ? 言いづらくない?」

「理由は内緒だ、とにかく俺は一ノ瀬さんと呼ぶ」

 とても下らない理由なので言いたくない。


「ただ、出来ればさ。

 中森や大場みたいに呼び捨てにしてもいいかな?」

「えっ……? うーん……高木くんがそう呼びたいなら別にいいけど」

 釈然としない表情だったが、これは助かった。

 脳内の呼び方と一致している方がしっくりくる。


「一ノ瀬は生徒会執行部に立候補してくれるの?」

 深入りされても面倒なのでさっさと別の話題を振る。


「うん、そのつもりだよ。

 私なんかで良ければって感じだけど……」

 その言葉は一ノ瀬らしくないな。


「大丈夫だよ、俺()()()でも立候補するんだよ?」


「高木くん……、それ、わざとでしょ」

 一ノ瀬はちょっと不愉快そうだった。


「一ノ瀬は『なんか』じゃありません」

「もう、わかったよ」

 少しむくれるように言った。

 別に意地悪するつもりじゃなかったんだけどな。


「そうだぞー、梨香。

 立候補してくれたら私も嬉しい」

 援護射撃は沙希先輩だ。


 なお、嘉奈先輩はさっきから横で寝ている。

 ……家に帰ってから寝れば良いのに、とツッコミは入れない。

 居心地いいよね、生徒会室。


「あはは、ありがとうございます」

 何故か俺以外の相手には素直だよな、コイツ。


 そんな取り留めのない会話をしていたら、あっという間に最終下校時刻が迫ってきた。


「高木くんー! ちょっと待って、私も駅まで歩くから」

 下駄箱で靴を履き替えようとする俺に向かって息を切らせて走ってくる一ノ瀬。


 我が校は交通の便がイマイチだ。

 最寄駅までは実に徒歩30分ある。

 バス停はあるのだが校舎から微妙に離れているし、10分置きにしか来ない。

 朝はともかく、夕方は歩いてもそれほど変わらないこともあるのだ。

 だから自転車通学している生徒が実に半数以上もいる。

 学校から自宅が遠い俺と一ノ瀬は、割と少数派なのだ。

 だから遅くなると良く一緒に駅まで歩いていた。

 お互いの家は逆方向だから駅から先は別々だけどね。


「ああ、一ノ瀬が嫌じゃなければ駅まで一緒に行こうか」

「誘ったの、私だよ? 嫌なわけないじゃん」

 不機嫌な顔じゃなくて、不思議そうな顔をしている。


「そういってくれると嬉しいよ」

「高木くんって時々、変なこと言うよね」

 そう言って、隣に来てくれた。

 嬉しい……、また想いが溢れ出る。


 駅までの道をふたりで並んで歩く。

 一ノ瀬は俺の右側を歩きたがる。

 だから俺はさりげなく右側の歩道へ彼女を誘導した。

 ……高校生時代はこんな気づかいも出来なかったな。


 道すがらでの会話に笑いは絶えない。

 なんてことの無い話でも一ノ瀬は笑ってくれる。

 何だか懐かしい、昔は良くあることだった。


 このありふれた時間がたまらなく幸せだ。

 薄暗いから、嬉しくて涙目になっても大丈夫。

 一ノ瀬が隣にいるだけで、胸の奥が暖かい。


 今の俺の願いは、彼女とどうにかなることじゃない。


 失われたこの時間をもう一度、味わえた。

 これだけで十分だ。

 むしろ、また狂ってしまう前に終わりが来てほしい。


 おい、神様。

 もういいぞ、これで十分だ。

 やり直した甲斐はあった。

 これ以上続けたって意味はない。

 だからもう、終わりにしてくれ。



 ……いつからだろう、彼女を独占したいと思うようになったのは。

 ずっと傍に居て欲しいと願うようになってしまった。

 そんな感情は嫌だった。


 想いが募るほど、彼女と一緒にいるのが楽しくなったのも事実だ。

 けれど、その想いは結局、お互いを蝕んだ。


 出来れば俺はそんな過去を繰り返したくない。


 今の俺は何も求めていないのだ。

 現状に、これ以上ないぐらい満足している。

 この先もずっとそういう自分で居たいと思う。

 彼女を求めなければ、傷つくことも、傷つけることもないのだから。

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