並走する過去 第3話:僕が笑う理由
体育祭、球技大会が終わり、夏休みも終わって新学期。
生徒会の仕事にもかなり慣れてきたと思う。
続く行事は文化祭。
文化祭執行部は夏休み明けから本番までの短い期間で大忙しだ。
この日は雨で部活が筋トレになったためこちらの手伝いをすることにした。
僕は文化祭執行部ではなかったが、生徒会執行部員は基本的にどの執行部にも出入り出来る。
喧騒の中、駆けずり回っている梨香さんがこっちを見た。
「高木くん? 今日は手伝ってくれるの?」
「うん、雨だからね。何かやることある?」
パタパタと走ってきて数十枚の折紙を渡される。
梨香さんは執行部の中でも装飾を担当していた。
文化祭執行部は人数も多く、やることが多岐にわたる。
他にも広報班や器材班、企画班などに分かれていて、それぞれ実務を行う。
なお、各クラスの取りまとめは文化祭実行委員の取り仕切り。
普通は文化祭実行委員が執行部の仕事もするものだが、我が校は自主性を尊重して執行部がメインとなっている。
「装飾につかう造花が足りてなくて」
「あー、そういう内職みたいなの、僕得意だよ」
といって折紙を受け取った。
「こうやって、折っていけばいいから……」
梨香さんはちょこんと隣に座って、折り方を教えてくれた。
「なるほど、割と簡単だね」
「じゃあ、よろしくね」
そのまま立ち去るかと思ったら、引き続き隣で作業を進めている。
不思議なんだよな、この人が近くにいると何だか安心する。
中学の頃に百瀬さんに抱いた恋心のようなドキドキする感じとはまるで違う。
胸の奥が温かい、なんだか変な気持ちだ。
「梨香さんって、誰とでも仲良く慣れて凄いよね」
「えっ!? そんなことないよ」
僕が彼女を見かける時はいつも数人の人に囲まれている。
人を惹きつけるような魅力がある人なのだと思った。
「私ね……、実は人見知りなんだ」
「いや、それは嘘でしょ」
初めて会った時の態度を思い出す。
人見知りとはとても思えない。
「1回話せば大丈夫なんだけどね、初対面はちょっと苦手なの」
知らない事実だった。
「いや、でも僕と初めて会った時は……」
「あの時は、頑張ってたから!」
なるほど、打ち解けやすいように配慮してくれてたのか。
「いや、頑張れば出来るっていうのもすごいと思うけど」
「あーうん……。
でもほら、変わりたいなら一歩を踏み出さないといけないでしょ」
少し、意外な気がした。
梨香さんなら今のままでも十分だと思ったからだ。
「梨香さんみたいな人でも変わりたいとか思うの?」
「ふふっ、私はみんながそう思っていると思うよ」
笑われてしまった。
「高木くんは?」
「えっ?」
「変わりたいとか思わない?」
そんな風に聞かれるとは思っていなかったな。
「……思うけど、どうしていいかわからないかな」
「それで生徒会に入ったんだ?」
「まあ、そんなとこかなあ」
華やかな生活にあこがれて、という下らない理由が言えなかった。
出来上がった紙の花を段ボール箱に放り込んで新しい紙を取る。
「私は生徒会に入って良かったと思っているよ」
「ああ、それは僕も同じかな」
確かに生徒会執行部に入って僕の考え方は大きく変わったと思う。
「高木くんに会えたしね」
その言葉に思わず、はっとなって彼女を見る。
こういう時、彼女は瞳をそらさずに見つめ返してくるのだ。
思わず顔が赤くなった。
……と、同時に彼女の口元がほころぶ。
「あはははは!」
と、大きな声で笑いだした。
「か、からかったなあ!」
思わず席を立って抗議する。
「だってえー、高木くんってば素直なんだもん」
梨香さんも席を立って僕から距離を取った。
素直……か。そんなことを言うのは君だけだよ。
「でも、高木くんに会えてよかったのは本心だよ。
拓斗も大場くんも、生徒会の人はみんないい人だもんね」
少しだけ逃げだしたくせに、今度は近寄ってくる。
「それに、高木くんが近くにいるとなんだか安心するし」
「っ!」
再び顔が真っ赤になった。
そして彼女は両方の手で僕の両腕を掴む。
距離が近い、梨香さんの甘い匂いがして思考が停止しそうになる。
「くっくっくっ」
何かをこらえるように吐息を漏らす。
……この人、苦手だ。
「あはははは!」
そして再び盛大に笑い出した。
両腕を掴む手の力が強まる。
笑いをこらえるために人の腕を掴まないでほしい。
「はーはーはー……」
「呼吸困難になるほど面白かった?」
「うん、最高!」
完全に弄ばれた。
でも、するりと彼女の両手が離れると、なんだか寂しい気持ちになった。
彼女は何事も無かったかのように作業を再開している。
「まあ、僕も梨香さんの近くは安心するよ」
そういって、席に着いて作業を再開する。
ちらりと見た、彼女の横顔は。
少しだけ赤くなっていた気がした。
――後日。
文化祭が近づくと執行部の方は輪をかけて忙しそうだった。
刷り上がったパンフレットを見ると、文化祭執行部の忙しさが良くわかる。
これだけものを作るのにはかなりの時間が必要だったに違いない。
校内の装飾も順調に進んでいた。
あいかわらず梨香さんは駆け回っている。
転びそうで少し心配だ。
彼女は何もない所で躓くことがある。
……まあ、その場合は大抵、周囲にいる人に掴まって事なきを得るのだけど。
本当に元気な人だ。
この日はすこし久しぶりに生徒会室へ向かった。
この時期は生徒会執行部員だけではなく、文化祭執行部からも多くの人が生徒会室に来ている。
混雑しているから、あまり寄らないようにしていたのだけど、たまには顔を出さないとね。
文化祭が忙しい今は定例会も行われていないため、1週間ぐらい来ていなかった。
「おはようございます」
部屋に入ると斉藤先輩が手招きをしている。
それに応じて、隣の椅子に腰を掛けた。
「高木、久しぶりだね。今日はどうした?」
出迎えてくれた斉藤先輩はお茶を飲んでいた。
「ええ、たまには顔を出さないと、と思いまして」
「そうかそうか、ゆっくりしていけ」
「お茶入れようかー?」
言ってくれたのは岩倉先輩だ。
「あ、じゃあ頂けますか?」
普段なら自分で入れるところだが、今日も生徒会室は人が多い。
なにせ部屋が狭いので、これだけの人数がいると動くのも億劫だ。
岩倉先輩が立ち上がって、すぐ後ろの棚からマグカップを取り出す。
生徒会室の棚には資料や漫画本の他に、ポットやお茶が入った棚がある。
生徒会執行部員は大抵、自分用のカップをその棚におさめてあるのだ。
「はい、どうぞー」
ティーパック入りのマグカップにお湯を注いで渡してもらった。
「ありがとうございます」
会長席に座った神木先輩とその隣の吉村先輩が必死でポスターに判子を押していた。
校内および校外に掲示出来るのは生徒会本部と文化祭執行部長の判が押されたものに限る。
しかも、掲示できる場所も指定されているという厳しさだ。
各クラスの文化祭実行委員が入れ替わり立ち代わり生徒会室に訪れては掲示物の許可をもらいに来ていた。
「あれじゃ内容確認するのも一苦労ですね」
「まあ、この時期は仕方ないよー」
お茶をすすりながら他人事のように見ているのが少し申し訳ない。
「岩倉先輩は暇なんですか?」
「にゃっ!? 暇じゃないよー!」
「私と嘉奈は器材班だからね。
手配は済んでるけど、後で届いた物品の確認にいかなきゃいけないの」
「それまで休んでいるだけなんだからね!」
……まあ、たしかに執行部員でこの時期に暇ってことはないか。
あまり関わっていない僕がちょっと異端なだけということだ。
「何か手伝うことありますか?」
「大場君と拓斗が体育館で舞台の準備してるから行ってあげたら?
力仕事多そうだし」
「なるほど……、じゃあ後でそっちに行ってみます」
といって、マグカップを傾ける。
なお、奈津季さんは窓際でめくり台に括り付ける文字を書いていた。
珍しく髪の毛をシュシュで縛っている。
少しだけ垂れた前髪が色っぽい。
周囲が熱気に包まれている中、彼女の周囲だけは空気が澄んでいるようだ。
……あの子、毛筆もいけるんだ。
墨と硯ではなく、筆ペンだが真っ白な紙に美しい文字が描かれていく。
下書きのようなものも見当たらない。
すげー、プロみたい。
コンコン。
珍しくノックから開いた扉の先には先生の姿。
「業者から荷物が届いたぞー。
踊り場に広げておいたから確認してくれ」
「わかりましたー!」
返事をしたのは神木先輩だ。
「行くよー、嘉奈!」
そういって、リストをもって立ち上がる斉藤先輩。
「あ、まって沙希ちゃん!」
追いかけるように出ていく岩倉先輩。
ふたりが居なくなると、ちょっと居心地が悪い。
文化祭執行部員の中には良く知らない人も結構いるからな……。
僕も大概、人見知りなのだ。
やはり梨香さんが人見知りだというのは眉唾に思えてならない。
お茶を飲み干すと、先輩ふたりのマグカップも持って手洗い場に向かった。
女子が口を付けたものを勝手に持っていくというのはアレかもしれないが、生徒会室では日常茶飯事だ。
回し飲みも普通にするし、なんて言うか家族みたいな感じである。
3人分のコップを洗って、ペーパーで水気を取る。
生徒会室の棚にコップを戻したら、体育館へ向かった。
一瞬、このまま部活に出ようかと思ったが、さすがにそれは薄情である。
教室に戻って体育館シューズを取り、渡り廊下を通って体育館へ向かう。
教室ではクラスメイトが文化祭の準備をしていたのでちょっと気まずい。
まあ、運動部かつ生徒会執行部なので大抵のことは見逃してくれる。
当初はクラスで人気者グループに所属したいとか思っていた。
だが、こうなるとクラスにいる時間がほとんどない。
今思えば人気者グループに所属なんて、馬鹿げていた目標だな、と思う。
別にそうなったところで何も楽しいことなんか無さそうだ。
それに、僕ごときが人気者になど慣れないと悟った。
……神木先輩を見ていると、自分の低能さを実感する。
来年の自分があんな風になるなんて、とても思えない。
体育館に着くと大場と中森が舞台袖で何かをしているのが見えた。
「おーい、手伝おうか?」
と声をかける。
「こっちー!」
ところが返事は別のところからやってきた。
「梨香さん!?」
体育館の2階にある細い通路の上に立っている。
さっきまで1年の廊下を走り回っていたと思ったのに。
なお、彼女はジャージの上からスカートを履いているので期待するような眺めではない。
「暗幕貼るの手伝って!」
それはさすがに女子1人では重労働だな。
「ちょっと待ってて」
梯子を上って通路に上がる。
手すりの隙間が大きいので結構怖い。
体育館の暗幕はカーテンのようなものなので固定を外して広げれば良いだけなのだが、サイズが非常に大きいのだ。
「これ重いよー!」
遮光用なので厚みがあり、かなりの重量がある。
「片側持ってて。ちゃんと踏ん張ってよ」
そういって逆側をもって一気に移動した。
「おー、さすが男子」
珍しく感心した声で言った。
「中森にやってもらえば良いのに」
「高い所、苦手なんだって」
アイツ……。
暗幕同士はある程度重なり合うようになっているので外の光はほぼ遮光できる。
だが、念のため養生テープで目張りしておいた。
なお、ガムテープははがす時に体育館の壁の塗装が剥げたり、暗幕を傷つけてしまう恐れがあるので使用禁止だ。
一通り作業を終えたら、通路から降りる。
「拓斗ー!」
梨香さんは一目散に大場と中森の方へ走っていった。
本当に元気な人だ。
遠くからでも笑い声が聞こえてくる。
少し遅れて、中森達のところへ到着する。
どうやら舞台袖に運び込んだ器材をプログラム順に出しやすくするための配置を検討しているようだ。
これは結構難しそう。
「高木くんはどう思う?」
「重いものほど近くに置いた方が良いと思うよ」
プログラム順に置いておく、というのもわかりやすい。
でも、移動に時間がかかるものほど舞台に近い方が良いだろう。
「なるほど……」
「あとは養生テープに番号を書いておけばわかりやすいと思う」
「1-1/3」「1-2/3」「1-3/3」とテープにマジックで文字を書いた。
「これで、出す演目と出さなきゃいけないものの数と順番がわかるでしょ」
そういって貼り付けていく。
「おお、これいいね。後は配置か……」
そして、4人で器材を移動した。
「結構時間かかったねー」
梨香さんは相変わらずニコニコしながらそう言った。
「肩が痛い……」
普通に汗だくになったが、何とか動線を確保しつつ器材を配置できたと思う。
「大丈夫? 拓斗?」
そういってバンバン肩を叩いていた。
「だから、痛いって!」
「あははははは」
薄々感じてはいたが……、梨香さんはドSだ。
でも、天真爛漫な笑顔に負けて全て許してしまいたくなる。
全くもって、質が悪い。
「後は舞台に印付けるだけか。こっちはやっておくよ。
ふたりは先に生徒会室に戻ってて」
そう言ったのは大場だ。
「んー? いいの?」
「梨香さんは装飾班だし、高木君はそもそも執行部じゃないしね」
「まあ、そうだけど……」
別に生徒会室に戻ってもやることがあるとは限らないんだけどなあ。
「それじゃあ、いこっか!」
そういって梨香さんは僕の手を引く。
こういうところは本当に天然だ。
「私、高木くんに手伝ってほしいことあるんだよねー」
こっちを見ながら後ろ向きに歩く。
「ああ、それなら手伝うよ」
「ありがとー!」
こっちを見て話してくれるのは嬉しいけど、転びそうで怖いんだよな。
「うわっ!」
案の定、彼女は見事に躓いた。
咄嗟に引かれていた手を掴んだ引き寄せる。
「おおっ!」
都合、抱き寄せる形になってしまった。
「あははは! ありがとう!」
どこまでも楽しそうな人だ。
手を離してふたりで歩きだす。
そのままだと何だか誤解されそうなシチュエーションだった。
「それにしても、梨香さんって良く笑うよね」
「えー、そうかな? 普通だよ」
両手を後ろに組んで軽やかに歩く。
「なんだか毎日、楽しそう」
「楽しいよー」
ふと、梨香さんは足を止めてこっちを見る。
「高木くんは楽しくないの?」
それは難しい質問だ。
確かに日々は充実してるけど……楽しいとか幸せだとかは思わない。
「僕は……良くわからない」
最近は、色々と上手くいかないことが多い。
才能の無さが悔しいのだ。
神木先輩を見ていると自分の不甲斐なさばかりが目立つ。
期待されるのは嬉しいけど、役不足なんだ。
「楽しもうと思えば、何だって楽しいよ」
「えっ?」
「楽しもうとしなきゃさ、楽しいもの楽しく感じないと思うんだ」
少しだけ俯いて、梨香さんはそう言った。
「なんだか哲学的だね」
「だってー、そう思うんだもん」
そういって再び歩き出す。
「楽しいから笑うんじゃない。笑っているから楽しくなるんだよ!」
「何それ、偉人の言葉?」
「うふふー。私の言葉」
後ろ歩きしながらこっちを見る。危ないよ。
「なんだそれ」
「あははは、いい言葉でしょ?」
そう言って無邪気に笑う。
「ねえ、高木くんはさ。楽しもうとしてる?」
梨香さんは真面目な顔になってそう聞いた。
渡り廊下に吹いた風で彼女の髪がなびく。
その姿は、たまらなく綺麗だった。
神木先輩とも奈津季さんとも違う。
梨香さんの美しさだ。
思わず赤くなって目をそらす。
梨香さんはそらした目の先に顔を突き出して強引に目を合わせた。
「何で目をそらすのー?」
「梨香さんって……」
「何々?」
「意外と、容赦がないよね」
「ええー! そんなことないよ!」
その反応に、思わず笑ってしまった。
「ふふっ、あははは!」
何が面白かったのか。
僕は珍しく大笑いした。
ふたりで歩く、体育館から生徒会室までの短い距離。
一体、僕たちは何度、笑いあったのだろうか。
僕が笑う理由は、楽しいだけじゃない。
君が笑うから、僕も笑う。
そして、僕が笑うと君も笑ってくれる。
特別な事なんて、無くても良いんだと気がついた。
僕にとって大切なものは、こんな何気ない時間なのだろうと思えたから。




